安い薬は来ない、高い薬は通る〜日本の薬価制度が完成させた選別構造〜
2026年度薬価改定で、薬価・材料価格は合計0.87%引き下げられた(薬価単体は0.86%、薬剤費ベースでは4.02%)。エンレストは25%、ロミプレートは40.6%、イラリスは25%。市場拡大再算定で、よく売れた薬ほど大幅に削られる構造が今年も貫徹された。
同じ年、5月13日の中医協ではゾルゲンスマ髄注1.67億円、アクーゴ7271万円、アムシェプリ5530万円が薬価収載された。希少疾患の再生医療等製品はほぼ満額で通っている。
「日本は薬価が安いから新薬が来ない」と言われる。同時に「日本は世界初の高額薬がすぐ通る国」とも言われる。矛盾しているように見えるが、矛盾していない。同じ制度の表と裏だ。
表と裏は同じコインだった
日本の薬価制度には、性格の違う二つの判断が同居している。
既収載品には引き下げ圧力 2年に1度の薬価改定で市場実勢価格との乖離を機械的に削る。市場拡大再算定で売れすぎた薬を狙い撃ちにする。長期収載品は後発品の加重平均価格まで段階的に引き下げる(G1ルール)。2026年度改定では長期収載品の薬価引き下げ開始時期が従来の10年から5年に短縮された。先発品の旨味は減り続けている。
新規収載品には原価計算方式 類似薬がない再生医療等製品や革新的新薬は、企業が提出する原価データに営業利益率と有用性加算を上乗せして算定する。原価の内訳は企業秘密の壁に守られ、中医協委員も実質的な検証は難しい。市場規模が極小なら、財政影響も限定的と判断される。
財務省・厚労省が見ているのは「総額」
なぜこの二重構造が成立するのか。理由は単純で、医療財政を守る側の関心は単価ではなく総額にあるからだ。
5530万円のアムシェプリは年133人、74億円の市場規模予測。1.67億円のゾルゲンスマ髄注は年26人、43億円。一方、月数千円の生活習慣病薬が1000万人に処方されれば、財政インパクトは桁が違う。
だから戦略はこうなる。既収載のメジャー薬は徹底的に削る。新規の超高額希少疾患薬は通す。総額の管理として一見合理的だ。
問題はこの戦略が連鎖反応を起こすことにある。
市場拡大再算定が壊しているもの
2026年度改定では13成分31品目が市場拡大再算定の対象になった。25%以上の引き下げが3品目。最大はロミプレート(特発性血小板減少性紫斑病=ITP治療薬、トロンボポエチン受容体作動薬)の40.6%。心不全治療薬エンレストと、クリオピリン関連周期性症候群治療薬イラリスがそれぞれ25%。
「予測を上回って売れた薬の薬価を下げる」という発想は、皆保険財政の論理としては理解できる。ただし副作用がある。
製薬企業の立場で考えれば、適応が広がって患者に届くほど価格が下がる仕組みだ。新薬開発で当たりを引いても、当たれば当たるほど後から削られる。期待収益の上限が制度的に設定されている。
加えて、2024年度改定までは「共連れ」ルールがあった。再算定対象品と同じ効能を持つ類似品も連動して引き下げる仕組みだ。1品目の成功が業界全体の価格水準を引き下げる構造になっていた。2026年度改定でようやく廃止されたが、製薬業界が「日本での新薬開発は割に合わない」と判断する材料は十分に積み上がっていた。
エンレストは心不全治療薬として臨床的に大きな価値を持つ。ガイドラインで第一選択に推奨される薬だ。それが市場拡大したことを理由に25%削られる。臨床的価値ではなく、売れた事実そのものが引き下げの根拠になる。
新薬を開発する側に「日本で当たりを引きたい」というインセンティブは、年々薄くなっている。
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