裁く者が、裁かれている 佐藤二朗騒動第10稿 語れない者への私刑
この騒動で、佐藤二朗は100分のインタビューに応じ、連日Xで発信してきた。橋本愛本人の発信はゼロ。そして認定を出した弁護士が公の場で発した言葉は、一つしかない。「弁護士法上の守秘義務との関係で、取材をお受けすることが難しく、申し訳ございません」。週刊誌の直当てへの、この断りだけだ。
いま、その語れない一人に、攻撃が集中している。
証言の階段
順を追う。佐藤は新潮のインタビューで、フジの弁護士による聴取をこう語った。「脅しのように聞こえました」。これは知覚の報告だ。自分にはそう聞こえた、という。本人の内心の記述としては、誰にも否定できないし、否定する必要もない。
その言葉がXに出ると、AIの自動要約が「脅迫めいた聴取を告白」と書いた。聞こえた、が、あった、に変わる。出来事への昇格だ。この要約は関連トピックの最上部、個々の投稿より先に読まれる位置に表示される。
数日のうちに「脅迫疑惑」「恐喝疑惑」という表記が流通し始めた。疑惑という言葉は、検証すべき容疑が存在するという宣言だ。誰も検証していないのに、容疑だけが立った。
そして四日目には、こうなった。この弁護士は日本テレビの国分太一の案件にも関与していたらしい、あの認定も同じ手口だったのではないか、国分も声を上げ直すべきだ——。一人の記憶の中の一文が、階段を四段のぼって、別の事件の再審運動になった。
各段で変わったのは事実ではない。主語と助動詞だけだ。聞こえた、めいた、疑惑、だったのではないか。検証はどの段にもない。あるのは、前の段を前提として引用する次の段だけだ。伝聞が引用を重ねるたびに硬くなり、最後は判例のように扱われる。この間、騒動の経緯をまとめた投稿は、大きいもので200万、600万という表示を集めている。階段は、人が見ていないところで組まれたのではない。その流量の、数百万人の目の前で、一段ずつ組まれた。
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