報告書に無いものを数える〜遺族の読解、三日間で三本〜 辺野古転覆事故・第52稿
第五十一稿で、併走を宣言した。遺族が報告書を番号付きで読み進めるなら、この連載も番号付きで併走する、と。宣言した翌日には、併走の相手が走り終えていた。
八月七日、調査報告書を読んで① 責任について。八月八日、② 根拠のない盲目的な信頼について。八月九日、③ 「教育内容は対象外」。一日一本、三日間で三本。全三回と予告された読解は、予告どおりの速度で完結した。
三本を並べて読むと、設計が見える。①は、報告書が引き受けなかった責任について。②は、報告書が見つけられなかった根拠について。③は、報告書が調べなかった領域について。つまりこの三部作は、二百十八頁の報告書に書いてあることではなく、書いていないことを三方向から数えている。無い責任、無い根拠、無い調査対象。この連載が四か月半やってきたことと、同じ作業である。
この稿では、三本の要点と、そこに現れた遺族の書き方の型を記録する。
① 無い責任
一本目の主題は、報告書冒頭の一文である。報告書は、学校法人の安全配慮義務違反を認定した。同時に、法的責任の追及を目的としない、と明記している。
義務違反はある。しかし責任の追及はしない。この線引き自体は、第三者委員会という制度の標準的な作法であり、第四十九稿で書いたとおり、委員会は会見で、懲戒などの個別の責任は法人の仕事だと、ボールを法人に返していた。
遺族は①で、この線の存在を確認した上で、題を、責任について、とした。報告書のコメントで、個人の責任の重さについてもう一歩踏み込んでほしかった、と注文をつけた遺族である。線の手前で止まった文書を、線の名前で読み始めた。そして①の末尾に、会の設立報告を置いた。責任の所在の明確化を目的に掲げる組織である。報告書が引き受けなかったものの名前が、そのまま組織の目的になっている。この接続は、第五十一稿で書いた。
② 無い根拠
二本目が扱うのは、報告書百五十一頁である。学校が船長にすべてを委ねた理由を、報告書は、根拠のない盲目的な信頼、と表現した。そして、その信頼がなぜ生まれたのかを教員たちへの聴き取りで探った末に、こう結論づけている。牧師であることや平和活動に従事する人との印象を基礎とする漠然としたものとしかいいようがなく、何らかの客観的ないし合理的な根拠は見出せなかった、と。
なぜ信じたのか。調査委員会にも、分からなかった。報告書が自ら、分からない、と書いた場所である。
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とある地方都市の某外科医のひとり言
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