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『不眠症のドラゴン氏と放逐された貧弱術士』第一話

【あらすじ】
 主人公のメリー・シープフィールドは、初歩的な火球の術しか使えない、貧弱な魔法使い。
 恋人が殺されてしまったのを理由に、パーティーから解雇されるメリー。
 途方に暮れる中、スキルアップをして転職しようと思い立つ。
 風変わりな魔道士、ダントの手ほどきで、『誘眠』の術を会得したメリーは、新たなパーティーに迎え入れられる。
 しかし、そのパーティーも、ドラゴンにあっけなく壊滅させられてしまう。
 ドラゴンは、ひっきりなしに襲撃してくる冒険者達のせいで、強いストレスに晒されており、不眠症になっていた。
 ドラゴンのことを可愛そうだと思ったメリーは、『誘眠』の術に磨きをかけるべく、奮闘することになる。

【第一話本文】

 ――二〇五X年、ある日の、国連本部。

 地球上に存在する、国連への加盟非加盟を問わない、全ての国と地域の首脳達が、一堂に会していた。

 誰しもが、奇妙な微笑みをたたえていた。圧倒的な絶望に対して、何らの手も打ちようがない現状に、打ちひしがれるのを通り越し、ただ、笑うしかなかった。

 あくまで便宜上、議長役を買って出ている、アメリカの大統領が、やはり、薄ら笑いと共に言った。
「ふー、しかし、審判の日、というものは、思いの外、あっけないものだね」
 控えめな笑いが起きた。次に、中国の主席が、同じく微笑みながら言った。
「胡蝶の夢、を説いたのは、我が国の荘氏だが、なかなか、言い得て妙だね。我々が蝶の夢を見ているのか、蝶が我々の夢を見ているのか? 哲学的なだけかと思ったら、その時が来ると、先見の明があったのかと思うよ」
 その次に、日本の総理大臣が、困り笑顔で言った。
「SDGsは、その場しのぎ、時間稼ぎの嘘としては、なかなか上出来でしたね。だが、もう我々には、未来、明日さえもない。将棋で言うところの、詰み、チェスで言うなら、チェックメイトです」
 さらにその次に、太平洋の島国の首相が、ため息と共に、苦笑いで言った。
「まったく、おたくら先進国の、意識が高い系の人間の傲慢さには、ほとほと呆れ果てましたよ。温暖化による海面上昇で、我が国が消滅したにもかかわらず、自分達は環境に優しいんだ、と、陶酔しきっていましたからなあ」
 それを聞いたアメリカの大統領は、申し訳なさそうな顔になったが、笑みは絶やさなかった。
「結局の所、SDGsとは、その、意識高い系の国民の傍若無人さへの、ただの免罪符になってしまいましたな。しかし、そんな事で気を揉む必要は、もうなくなりましたよ」
 やりとりを黙って聞いていた、ならず者国家の総書記が、口を尖らせた。
「だから我々に、核戦争をやらせてくれればよかったんだ。どうせなら景気づけに、全部壊してやりたかったなあ」
 それはまるで、やりたくてもできなかった、夏休みの自由研究への愉しみを惜しむような口ぶりだった。
「今にして思えば、それもよかったかな? とも思うね。なにせ、あれだけ残虐に人間を殺せるんだ、常々やりたいとは思っていたんだが……」
 同意するアメリカの大統領の答え方も、あたかも、親しい知人を、趣味の釣りに誘えなかったかのような、気楽なものだった。
「唯一の被爆国である、我が国からすれば、建前上は、容認できない発言ではありますが……もう、どうでもいいですな。何もかも、ご破算ですから」
 らしからぬオーバージェスチャーで肩をすくめつつ、日本の総理大臣も、また笑った。

 そう。エコロジーの大合唱も、SDGsの推進も、全ては、全地球市民の目を欺くための、嘘に過ぎなかったのだ。結局の所、先に、太平洋の島国の首相が言ったように、温暖化は止まらず、環境は破壊し尽くされ、貧富の差もついぞ埋まらず、ただ、「意識が高い」人間達の横暴は止まらなかった。

 しかし、そんなことは、もはやどうでもよかった。「終わりの時」は、すぐそこまで来ている。
 アメリカの大統領が、疲れ切った声で、円卓の中央の、立体ディスプレイに問うた。
「到達予定時刻は、あと何分だ?」
「もう、五分もありません」
 映像の向こうの、アメリカ宇宙軍の兵士が言って、目の前に十字を切りつつ、「アーメン」と付け加えた。

 三十年の時をかけて、地球に迫り来ているのは、巨大な「歪み」だった。
 半径およそ七千キロメートルの、球形の「歪み」。
 ブラックホールではなく、全人類の叡智を結集しても、「異次元の歪み」としか分からない。
 その「歪み」が、今まさに、地球を「丸呑み」せんとしていた。
 解析を試みた宇宙学者の答えは、呑まれたが最後、「一巻の終わり」だった。
 つまり、あと五分未満で、地球は終わるわけだ。
 パニックに陥るのを防ぐため、全人類には伏せられていた事実。
 その「歪み」は、一般市民には、まるで分からないものなのだが、少しでも宇宙に興味があれば、すぐに気付けるものだった。しかし、「それ」を知った者には、いち天体愛好家のレベルでまでも、厳しい箝口令が敷かれた。情報統制が奏功し、一見平穏なまま、「その時」が来た。

「感謝の心を忘れた人間ほど、醜いものはないから……一同に言おう。みんな、ありがとう。楽しかったよ」
 アメリカ大統領の言葉を受け、万雷の拍手が沸き起こった。
 長い拍手だった。
 ずっと続いた。
 それはもう、ヤケクソのようだった。

 そしてその日、世界は、終わった。

 ――レジム暦三八五七年。

 メリー・シープフィールドは、ドラゴンが嫌いだ。
 なぜなら、任務の途上、パーティーのメンバーであり、恋人であった戦士のレントを、ドラゴンの炎の吐息で殺されたからだ。しかも、その最期ときたら、あまりにあっけなかった。なにせ、吐息を浴びた瞬間に、恋人は、骨だけになって死んだ。別れの言葉さえ交わせない終わりだった。
 最愛の恋人を、いともたやすく奪い去った存在を、そうそう簡単に許せるはずはない。メリーの悲願は、ドラゴンの根絶だった。

 ただし、そんな目的が、たやすく達せられるはずがない。この世界に存在しているドラゴンは、合計四頭なのだが、それぞれが、地、水、火、風の四大元素を司り、その力は圧倒的だ。国としても太古の昔、それはもう千年ほど前から討伐を命じてはいるものの、今に至るも、誰一人として達成した者はいない。

「お前、用済みだよ。クビだ」
「ええっ!?」
 街の酒場にて、リーダーの戦士、マックスが告げた言葉に、メリーは絶句した。
「ど、どうして?」
 クビということは、少なくとも新しいパーティーの一員にならない限り、無職になると言うことだ。メリーは彼女なりに尽力した気持ちがあるだけに、突然の解雇通告は、到底受け入れられなかった。だが、カタブツと横柄と現実主義を、足して三で割ったような風体のマックスは、文字通り、荷物を降ろしたような口ぶりで言った。
「お前、使えないんだよ。レントの恋人のよしみで、仕方なく俺達のパーティーに加えてやってたんだが、あいつが殺された今、お荷物を抱え込む必要はないってことさ」
「そ、そんな! わたしが、お荷物? ひどくないですか!? わたしは、そんなつもりは……!」
 抗議の意志を示すメリーだったが、残念ながら、実際、彼女のスキルは貧弱だった。なにせ、初歩中の初歩である、弱い火球の術しか使えない。確かに、全くの役立たずではないが、他の冒険者達と比べて、どうしても見劣りするのは事実だった。
「冒険者を続けたけりゃ、他を当たれよ。それがダメなら、実家に帰れ。俺は、お前の性格上、後者が無難だと思うけどな。ま、せめてもの慈悲として、手切れ金はくれてやるよ」
 マックスは、小さな革の袋を、メリーに渡した。中身は、メルス金貨五枚だった。はした金では決してないものの、最低限の生活を心がけても、三ヶ月持てばいい方だった。
実家に帰れ、というのは、現実主義的な提案ではあったものの、メリーには納得できなかった。とは言え、リーダーの決定は、誰にも覆せない。解雇は確定し、ギルドでの所定の手続きを経て、彼女は無職になった。

 元々、親の反対を押し切って、冒険者になった身であるがゆえに、メリーは困り果ててしまった。ギルドへの登録自体は抹消されていないので、登録者のみが使える、無料の簡素な宿はある。最低限、雨露はしのげるものの、さすがに食事までは出ないがゆえに、自分で稼がなければならない。ディムス銀貨一枚の手数料を払いさえすれば、ギルド内の「求職掲示板」上で、写実的な似顔絵を添えて、半年間のアピールはできる。掲示の依頼はしたのだが、メリーのレベルでは、拾ってくれそうなパーティーは、他にいないように思われた。

 となると、スキルアップしかないのだが、誰かの元へ弟子入りしたくとも、謝礼が高額で、到底まかなえない。自分に火球の術を教えてくれた導師は、大変高齢だったこともあり、少し前に亡くなってしまっていた。その他、無償でスキルを教えてくれる物好きなど、探そうと思う時点で甘いことは、いかに彼女であれど、分かっていた。

 思案したメリーは、思い切って、実家へ帰ることにした。彼女の実家は、街、つまりワガン州都ネロンビアの中央部から、馬車で小一時間行った郊外にある。

 ネロンビアは、現在は普通の州都ではあるが、五百年程昔は、王都だった。当時の王が、馬で二日ほど離れた、ゴルダヴの街に遷都を決意した理由は、ただの政治的な力学の結果であり、このあたりは、日本が、京都から東京へ遷都したのと似ている。

 なんなら、という言い方もおかしいが、ネロンビア市民の気質としても、京都人に通じるところがある。つまり、古都の誇りを常に持っており、現在の王都ゴルダヴの民を、どこかしら見下している節がある。さすがに、皮肉にキレがあるところまでは似ていないが。

 ちなみに、そもそもの国、ユナクト国があるイメリーズ大陸自体、緯度的にかなり北の方に位置するため、一年を通じて、気候は冷涼で、温かい日というのは、まずない。街の北端に「風」を司るウィーデル山、東に「火」のフレムリ山、西には「水」のアヌクス山、そして南には、「地」のギアト山があり、それぞれの山系から、清涼で豊富な湧水があるおかげで、街中には多くの川が流れている。「四大元素を司るドラゴン」は、それぞれ、その山に住んでいるとされ、そういう土地柄も、ネロンビアが王都だったゆえんである。

 そんな環境を活かし、国自体は酪農が盛んで、特にネロンビアは、地名をブランド化した「ネロンビア産チーズ、バター」というのが、もはや盲目的「良品の証」となっている。イメージしづらければ、現代日本の場合、乳製品に限らないが、「北海道産」と頭につけば、一定の売り文句になってしまう感覚を思い出してもらえればいい。

 さて、メリーの実家であるが、平たく言えば、裕福な家庭だ。先述の酪農で財を成し、ネロンビア産乳製品などの中で、その品質の高さから、「シープフィールドマーク」が、市場で確たる地位を築いている程であり、王室に献上する製品も製造している。

 彼女の家庭はかなり厳格、かつ、いかに財を成しても浮ついたところが全くないので、家屋も一見すれば、少し大きめの民家だ。意を決し、メリーはドアの呼び金具を鳴らした。
「はい? あら、メリー?」
 顔を出したのは、姉のリンダだった。しかし、見目麗しく、確かメリーが家を出た頃には、縁談がまとまったはずの姉の、妹を見る目は、明らかに軽蔑のそれだった。
「た、ただいま、姉さん……」
「ただいま? どの口が言うのかしら? 父さんと母さんに散々心配を掛けておいて、勘当同然で家を出たワガママ娘が、ただいまですって?」
「そ、それが……」
「ふん、顔に書いてあることを読む限り、食うに困って、のこのこ帰ってきたんでしょう? おあいにくさま。あなたはもう、うちじゃ、死んだことになってるのよ! じゃあね!」
「ちょ、ちょっと姉さ……!」
 憤然とした勢いで扉が閉まり、それっきりだった。とりつく島もない、とは、このことだった。結局、乗合馬車の運賃が無駄になっただけ……はいいとしても、あまりと言えばあまりの姉の態度に、メリーは、今さらながらの反骨心を覚えていた。

 こうなったらもう、スキルアップをして、どこか別のパーティーに拾ってもらうしかない。魔法を教えてくれる導師はたくさんいるが、やはり謝礼が非常に高い。どんなに安くとも、月にメルス金貨一枚は掛かるのが相場だ。食事は自分で何とかしなければならないので、それを除外すると、世話になれてせいぜいが、二ヶ月程度だろう。
「二ヶ月ぽっちでスキルアップなんか、そんなうまい話、ないよねえ……」
 厳しさを前に、せっかく湧き上がった反骨心もどこへやら、がっくりと肩を落とす、メリーだった。

 しかし、夢を追って、危険を承知で冒険者になったのだ。そもそものキッカケは、死んだ恋人であるレントに、酒場で一目惚れしたからなのだが、メリーに言わせれば「安定はしているかも知れないけれど、退屈」な実家を手伝うよりも、冒険者の方が肌に合っている気がしていた。ただ、現実が非情なだけだ。

 そこで、メリーは思った。そうだ、焦って今すぐ結果を求めるから、行き詰まるんだ。もっと長い目で見れば、あるいは? 別に、冒険者としてギルドに登録しているからと言って、他の仕事を一切するなという規定も何もない。うん、まずは何でもいいから働いて、勉強のためのお金を貯めよう!

 鼻息も荒く、メリーはネロンビア中心部へ戻り、すぐさま、ギルドに相談した。少なくともこの国での冒険者というものは、国が指定する任務をこなすのが主だった役割だ。要は、お役所の指示に従うのがベースであり、報酬も国から出る。立ち位置的には、ざっくり言えば「一切の保証も援助もない、嘱託の公務員」が、一番ふさわしい。有事の際は軍に準ずる者として召集される事にはなっているが、ここ五百年程、戦争は起きていない。

 その五百年前の戦にしても、隣国との国境付近に大規模な銀山が発見され、所有権を争っただけの、比較的小規模なものだった。ちなみにそれまでは、単純に採掘量の差から、金貨と銀貨の価値が逆だったのだが、くだんの銀鉱山発見後、デノミネーションが行われ、「現代の我々の感覚に近く」金貨の希少性、要は価値が上がったという経緯がある。

 軍に準ずることもある、という面からも、冒険者の世間的なステータスもそこまで低くないのだが、危険であることには変わりがないので、メリーの姉のように、偏見の目で見ることも、珍しいことではない。そういう位置づけの職業なので、ギルドという場所も、どちらかと言えば、公共の職業安定所のような側面があり、食うに困っている冒険者達の、副業の相談、及び紹介なども請け負っている。

 幸いにも、担当してくれた職員が親切丁寧で、メリーは、ある食堂でのホール係の仕事を紹介してもらえた。接客の経験はなくても、彼女は育ちがよいため、性格は温和だし、その笑顔も、十分人当たりがよく、未経験であれど、軽い面接の後、採用と相成った。

 だが、事がそんなにうまく運べば、苦労はしない。性質というか、人間性的に、メリーはトラブルを引き寄せるタイプだったりする。実のところ、彼女が知らない、マックスのパーティーの解雇理由は、一緒に行動していると、やたらとモンスターが寄ってくるから、というのもあったのだが、メリーが知る事はなかった。

 その、厄介ごとを引き寄せる性質が、市中で出ると、どうなるか? メリー単独で行動している時、他人に道を聞かれるぐらいは序の口だ。彼女が勤務し始めるや、食い逃げやクレーマーの類が一気に増え、店側の余計な負担が、さらに増えてしまった。しかも、メリーがシフトではない日には、その手のトラブルが全く起きないので、因果関係を疑われるのも、無理からぬ話だった。

「君、疫病神かね!?」
「そ、それ、あんまりじゃないですか!?」
 でっぷり太って、いかにも貫禄ありげな、髭面の食堂のオーナーに難癖を付けられ、メリーはショックを受けた。
「君がいない時は平穏なのに、店にいると、トラブルが増える。気のせいじゃない。縁起でもないから、辞めてもらうよ!」
「そ、そこをなんとか!」
「働き口なら、よそをあたりな!」
 食い下がっても、全く無駄だった。結局、一ヶ月分の賃金、メルス金貨二枚とディムス銀貨五枚だけをもらって、メリーはまた、まったくの無職になってしまった。

 意気高らかだったところに冷や水を浴びせられ、メリーの勤労意欲は、一息に吹き飛んでしまった。まさしく、お先真っ暗だった。

 こんな状態で、スキルアップ、あるいは、その果てに見据えている、ドラゴンの討伐などはできるものか? メリーは、正しく途方に暮れていた。

【第二話】

【第三話】

#創作大賞2024 #漫画原作部門

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