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【実態】指定校推薦に『逃げる』生徒に共通する特徴【後悔】

ショッキングなタイトルで恐れ入ります。
しかし、多くの方々の反感を買い、フォロワーを失うこと覚悟しながらも、言っておかなければならないことがあるのです。

私が個別指導塾に勤務していた頃です。
担当する生徒の中には、指定校推薦を狙っているという生徒が毎年必ず数名いました。

そして、彼らは毎年同じような行動を見せ、似たような考えを言葉にしていました。

まずは一人ずつ、その顛末をお話したいと思います。


自称進学校女子Aの場合

彼女は地域3番手校(典型的な自称進学校)に通い、一生懸命部活動に取り組んでいました。3年10~11月まで大会が続く部だったので、早い時期から一般受験を避け、できれば指定校で合格を決めたいと言っていた生徒でした。自称進学校においては、そういった考え方こそが大学受験の常道です。

夏休み前には学校からの指定校推薦の打診が始まり、友人たちは次々と「指定校推薦」を決心していきます。そんな中、彼女も明治大学文学部の指定校推薦に手を挙げて、定期考査をしっかりとこなして校内選考の結果を待つこととなりました。

多くの場合、指定校推薦は事前に希望者に対して個別に調整をかけるので、高校の進路指導委員会や学年会では候補者が被ることは少ないのですが、彼女は最後まで譲らなかったのです。

結果、彼女は校内選考で負けました。

半年間、(自称進学校レベルの)定期考査の勉強しかしていない彼女にとって、明治大学一般入試への学力をつけることはもはや不可能です。

「詰み」です。

彼女は学校との相談を経て、志望校を地方国立大に変更し、センター試験(当時)対策を始めました。自称進学校においては、一般入試を受験する生徒は、いわば「負け組」と言っても過言ではありません。半分以上は進路が決定している環境で、モチベーションを保つのは至難の業です。

やはり手遅れでした。センターで平均点に届いたのは国語だけ。地方国立大学入試は、ほぼセンターで決まってしまうような配点比率なので、二次は玉砕覚悟で受験しましたが、不合格でした。

彼女が進学したのは、難易度がない、地方の女子大です。

2年終わりには偏差値が60あった生徒です。その生徒を腐らせ、人生を変えてしまったのは、他でもない「指定校推薦」だと思っています。


二人目:2番手校女子B

彼女は部活動には所属しておらず、真面目に勉強をしてきた生徒です。3年5月に入塾してきました。当初から「指定校で立教大学に行きたい」と明言していて、定期考査と、英検2級を目指して頑張りたいということでした。

彼女は授業日以外に自習にくるような気配は一切見せず、それまでの成績も定期考査の結果も、自ら報告することはありませんでした。週に1回60分、決まった時間だけに顔を見せるレアキャラでした。

私は彼女の都合と要望に合わせ、英検対策や古典、世界史の定期考査対策をしながら時間が過ぎていきました。

数か月後、無事に立教大学経営学部の指定校枠を勝ち取った彼女は、結局英検受験をすることはありませんでした。授業中にも眠そうな表情を見せながら11月まで通い続けましたが、12月初めに合格が決まると、まだ契約上の授業回数は残っているにもかかわらず、それ以降は一度も顔を見せることはありませんでした。最初の数回は親が「休みます」と電話連絡をしてきましたが、その後は全く無断欠席です。最後まで全く存在感がないまま、フェードアウトしていきました。


三人目:3番手校男子C

一人目の女子生徒と同じ自称進学校の生徒です。彼はサッカー部に所属し、明治大学理工学部の指定校を狙っていました。定期考査の成績は良好で、評定平均は4.7~4.8、学年順位も常に上位10%には入っていました。6月に部活動を引退し、指定校推薦をもらえることはほぼ確定していたので、英検2級の勉強をしていました。学習意欲は全く感じられませんし、模試を受験すると英語の偏差値は50前後です。

彼は無事指定校の校内選考を勝ち取り、9月の英検に合格すると、その後は彼も一度も顔を見せることはありませんでした。当然のように無断欠席です。2月に親とともに挨拶に来たそうですが、私には顔を見せてくれませんでした。

一体何なんでしょうか、この現象は。毎年指定校でMARCHをもらう生徒はいたのですが、そのほぼ全員が、指定校推薦が決まった瞬間から勉強することはなくなり、無断で最後まで休み続けるのです。さらに問題なのは、それを親が許しているということです。

そんな生徒ばかりを目にしているので、当然私は「指定校推薦」に対していい印象を持てるはずがありません。


四人目:トップ校女子D

彼女は運動部マネージャーとして6月まで(一応)部活動に所属していましたが、活動はほとんどしていません。1,2年時は数学で通塾していて、私は担当していませんでしたが、3年になり、志望校を立教大学(学部不問)と決めたので、私が担当することになりました。

彼女も定期考査の成績は良好で、280人前後の学年で、順位は英語国語ともに50位前後。模試の成績も60半ばでした。
さらに彼女は、学力偏差値だけでなく顔面偏差値もコミュ力も高く、スクールカースト最上位的なキャラでした。定期考査3週前になると必ず自習に顔を出し始め、後ろ姿を見るだけでわかるような集中力のオーラを発していました。

言うまでもなく、彼女は何事もなく立教大学経済学部の指定校推薦を勝ち取りました。これまでに挙げた他の生徒とは違うのは、その後も彼女は定期考査前にはしっかりと自習を継続していたという点です。しかもそれだけではありません。彼女は「簿記を勉強したい」という意欲を持ち、私も簿記2級は合格経験があったので、私がわかる範囲で簿記にも触れ始めました。

そんなふうに次の目標に向かって勉強する中で、彼女の表情に変化を感じました。数か月前の集中力がなく、何か気になることがあるような、ある意味抜け殻のような表情に見えたのです。

詳しく話を聞いてみると、「周りが途轍もなく必死な受験勉強をしている今、自分にはその目標がなく、むしろ早く決めてしまったことで罪悪感すら持っている、取り返しのつかないことをしてしまった気分」と話してくれました。

それは当然です。だって周りは2月25日まで、人生をかけた戦いを続けるわけですから、早々と指定校で決めてしまった同級生を相手にしているヒマはないですし、話も合いません。彼女は定期考査の勉強だけでかなり質の高い学力を身につけていたので、正直言うと、「指定校なんてもったいない」と言いたいところでした。

彼女は
「本当は早稲田とか行きたかった。合格できるかどうかわからなくても、最後まで挑戦したかった。」
そう言って涙を流しました。

彼女の表情を思い出すと、私は今でも涙がこみ上げてきます。



学校推薦、指定校推薦、AO入試、そして総合型選抜など、最近は多様な大学受験の選択肢が準備されています。

それによって生徒だけでなく、保護者・進路指導の現場でも、対応が迫られている…

かのように見えます。


実はそんなことはありません。受験の形式に振り回されているのは
「子どもに辛い思いはさせたくないし、自分も心配したくない」
「だからどれが一番我が子には適しているんだろう」
と考える、あまりにも我が子に甘い保護者たちです。

そして「受験の形態が増えれば商売のフィールドが広がる」と考えている業者が、保護者の不安の臭いを嗅ぎつけ、潜在的な顧客のニーズを掘り起こし、刺激し、マネタイズしているのが、現在の受験業界の実態です。

受験生は何も悩むことはありません。正々堂々と、志望校に向けた勉強を継続すればいいだけです。

そんなふうに不安に駆られた保護者たちは、子どもに対して「できれば指定校で早めに決めてほしい」という考えに傾倒し、時には強制さえしてしまいます。そうやって、平穏に「受験」を終えるのが保護者の理想なのです。

(ちなみに指定校推薦は「受験」ではありません。それについては別記事で話しています。)

よくある主張に「3年間努力してきたんだから、指定校で合格をもらって当然だ」というものがありますが、そんなものは何も実態をわかっていない人間が無責任に言い放っているだけの妄言です。

そもそも大学から高校にオファーされる指定校枠は、年度によって変化します。自分の志望大学・学部を選べることは保証されていません。つまり「志望がはっきりしていないし、それなりのところならどこでもいい」という生徒にとっての最適な選択肢になっています。

指定校推薦を選ぶことは、努力しないことを選んだのと同義です。努力しない人間が、指定校推薦で合格していくのです。

「早慶の指定校はどうだ?彼らはトップ校で最上位の成績だったから、数少ない指定校推薦枠を勝ち取った学力優秀な生徒ではないか」

いえ、彼らの多くは、元々東大、京大、一橋を第一志望にしていた生徒です。弱気な親や学校に徐々に懐柔され、「早慶なら指定校でもいいか」という妥協をしてしまった例が非常に多いです。

「高校生の努力を否定するなんて、なんたる大人だ!けしからん!」

私は高校生の努力を否定していません。
それを子供に選ばせている周りの大人の弱さ、汚さに一石を投じているのです。

高校生のほとんどは、一般受験という熾烈な競争に参加し、自分の限界に挑戦してみたいという欲求を持っています。それが若者の本能であり、特権なのですから。大学受験という極めて平等な条件で、自分という人間を試すことができるチャンスは、もう二度とやってきません。


「大人になってからでも、その気になれば挑戦などいくらでもできる」

大人たちは口ではこう言うかもしれません。しかしそんな理想論ばかり言っている自分は、実際挑戦できているのでしょうか。

「その気」になったことはありますか。

大学受験ほど、命を燃やし、輝かせるような努力ができる対象はありますか。

そのようなチャンス、時間は持てているのでしょうか。

「もっと高校の時勉強しておけばよかった」と、カッコ悪いことばかり言っているのではないですか?

その同じ後悔の種を、大人たちは子どもに無理やり押しつけ、ばら撒いています。

過度に失敗を恐れる保守的な大人たちが、自分が抱えている後悔を子どもたちにも背負わせ続ける負のスパイラルこそ、「指定校推薦」の実態です。

もちろん例外はあるでしょう。指定校で進学した親が、自分の子どもにも指定校を勧め、生徒本人も満足しているならば何の異論もありません。全ての指定校推薦に、真っ向から反対しているわけではございません。いちいち「~もいる」の話をしていたら何も言えなくなってしまうので、譲歩せず、偉そうに極論を話してまいりました。

諦めて指定校
勧められて指定校
勉強したくないから指定校

これらに当てはまらないなら、それは立派な進路選択です。


まとめ

生徒が「進路に迷っている」「受験に不安を感じている」ならば、大人がするべきことは、指定校推薦のような「楽な道」の助言をし、誘導することではありません。子どもが歩む道を整えること、または歩きやすい道を教えてやることではないと思います。

大人に必要なのは、子どもたちにあえて困難な道を歩ませ、自分がそれをしっかりと最後まで見守るという覚悟ではないでしょうか。先回りして罠を仕掛けておくくらいがちょうどいいと思います。

だからこそ、私は中途半端な高校から指定校で大学進学する生徒よりも、底辺校から難関校に挑戦する生徒や、通信制高校から、あるいは浪人を経てまで「自分が行きたい大学」に挑む受験生を徹底的に応援しています。

彼らのためならば、私自身の命を削ってでも、その努力を支えるために私の時間を使いたいと思っています。

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