118.ローマ6:12 死ぬべきからだの欲望
12,ですから、あなたがたの死ぬべきからだを罪に支配させて、からだの欲望に従ってはいけません。
古い人は死んだと認めなさい、新しいあなたは神に対して生きているのだと認めなさい、という勧告がありました。
それに続いて、「からだを罪に支配させてはなりません」「からだの欲望に従ってはいけません」とより明確な戒め、目的が語られます。
「からだ」は「死ぬべき」ものであって、なおかつ罪が支配していた時には「欲望」がそこにあるものです。
逆に言えば、罪に支配させるかどうかは、キリストを受け入れた私たち次第でもあるようなものが、今の「からだ」だということです。
私たちがいつまでも罪から逃れることができないような鋼鉄のように強い性質を、からだが持っているわけではないのです。
私たち自身が罪に支配されていた間は、当然のように神に反する行為に陥っていたとしても、古いそうした「人間」は、キリストと一つにされた時からもう死んでしまったのです。
ただ、「からだ」とか「肉」とか言われるものは、習慣性が強く、記憶に囚われやすい性質を持っているのではないかと考えられます。
習慣的に行ってしまっているものなので、無意識に行っていることもあるでしょう。
だから、罪に支配されていた頃の「欲望に従う習慣」をそのまま続けるのではなく、「従ってはいけません」との言葉に、ひとまず耳を傾けることから始めなければならないのです。
考えてみましょう:しっかり身についている習慣や好みを変えることは、あなたにとってやさしいことですか。罪の習慣についてはどうでしょうか。あなたがキリストにあっても変えることは絶対に不可能でしょうか。
