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135.ローマ7:8 戒めが欲望を引き起こす

8,しかし、罪は戒めによって機会をとらえ、私のうちにあらゆる欲望を引き起こしました。律法がなければ、罪は死んだものです。

ローマ人への手紙7章8節;新改訳聖書2017版

 戒めは、まずは罪を犯さないように予防するために語られるはずです。そしてもし罪を犯してしまった人がいたなら、それを悔い、改めさせるために語られるはずなのです。

 それで社会は正常に動いているはずでした。

 ところが、パウロは驚くべきことを語ります。

 前の7節でも気になるような言い方をしていました。「実際、律法が『隣人のものを欲してはならない』と言わなければ、私は欲望を知らなかったでしょう。」

 欲するなと言われたから、欲するようになってしまう。

 つまり、「罪は戒めによって機会をとらえ、私のうちにあらゆる欲望を引き起こしました」。

 まるで、戒めが眠っていた子を起こすように罪を叩き起こし、欲望へと向かわせてしまっている、というのです。

 それでは、戒めを教えても人は罪を回避するよりなおさら欲望に向かってしまうというのなら、罰則をますます強化したらいいのでしょうか。

 生涯にわたって地獄の恐ろしさを徹底して教え、体罰を加えてからだで学ばさせなければならないというのでしょうか。

 宗教規律を破り、組織に従わないことに対して、強い戒規を施行するような宗教ももちろんあります。

 しかし、規律に対するしつけを厳しくすることによって、人間のからだに生まれながらに深く根を張って蝕んでいる罪の常習性は、外部からの矯正だけでは変えられず、返って刺激してその人を苦しめるだけだ、ということがパウロの教えから読み取れます。

考えてみましょう:律法を厳格に適用しようとする宗教のやりかたにこの世は慣らされているのですが、あなたはその罠にハマってしまってはいませんか。



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