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117.ローマ6:11b キリスト・イエスにあって

11,同じように、あなたがたもキリスト・イエスにあって、自分は罪に対して死んだ者であり、神に対して生きている者だと、認めなさい。

ローマ人への手紙6章11節;新改訳聖書2017版

 ここでローマ人への手紙に出て来る「キリスト・イエスにあって」という言い回しはちょっと不思議。

 マタイ10:20の「あなたがたのうちにあって話される、あなたがたの父の御霊です」も同じ。ここでは「あなたがたのうちに」神の御霊がおられるという意味だと、はっきりわかります。

 前の段でキリストと私たちが一つとなっていることを聞いていなかったら、「キリスト・イエスにあって」という言葉が、私たちがキリスト・イエスのうちにあることをイメージするのは、私には難しかったでしょう。

 でも単純に、私がキリスト・イエスのうちにあって、キリスト・イエスと一つにされて、自分は罪に対して死んだ者であり、神に対して生きている者だ、と、パウロは言っているのです。

 キリスト・イエスの庇護のもと、とも言えるでしょう。王なるキリストの統治の下でもあるのです。また大祭司なるキリストの祈りの下でも。

 キリストに属する者となった結果、多くの祝福が周りを取り囲んでいるのも、神に対して生きていることの現れです。

考えてみましょう:あなたはキリスト・イエスに属している者であって、だから神に対して生きる者とされた、と、確信していますか。



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