113.ローマ6:8 キリストと共に生きる
8,私たちがキリストとともに死んだのなら、キリストとともに生きることにもなる、と私たちは信じています。
新しい出会いがあり、そこからずっとその人と一緒に歩む生活が始まったら、それ以前とは違った生き方になる、ということは十分あり得ることです。
一緒に歩む人がキリストだったら、どうでしょう。
福音書の物語で読むだけの遠い存在などではなく、目には見えなくても共にいてくれる存在。
神を「信じる」とは、まずは、目には見えない神の事実を認めることです。黒を白だと思いこむことなどではありません。
手紙のこの部分は「恵みが増し加わるために、私たちは罪にとどまるべきでしょうか」という問いで始まっていました。私たちは罪の奴隷でなくなると同時に、キリストと共に生きる者とされているのだとわかると、あえて神に逆らう生き方に戻ることなどできないはずです。
天に引き上げられるまでずっとキリストと共に歩み続けられることを、一日、一日、望みを新たにしながら喜んで生きたいと思うものです。
考えてみましょう:あなたの一切の罪を負って赦してくださったキリストが、共に歩んでくださることを、信じますか。
