219.ローマ10:4-5 掟によって生きるはずだったのに
4,律法が目指すものはキリストです。それで、義は信じる者すべてに与えられるのです。
行う人は、その掟によって生きる」と書いています。
イスラエルは、どうしたら生きることになるか。
モーセの律法を追い求めて極力実行しようと努めていたイスラエルは、律法に到達しませんでした。
律法によっては人は生きることはできなかったのです。
そうすると、不思議なのはモーセの言葉です。
「律法の掟を行う人は、その掟によって生きる」とあったのは、間違いだったのでしょうか。
律法によっては人は生きることはできない、というのが結論ですから。
問題は、人間には神の律法の掟を行う力がなかったことです。
文字に記されていることだけに限ったら、表面的には実行できているように見えるかもしれません。
でも実際には無理なことでした。
なぜでしょう。神の言葉は字面だけを追うものではないからです。
文字に表されている心を追わなければなりませんでした。
人間同士の会話ならそれは当たり前のことですが、書物として千数百年も前から手元においていたユダヤ人には、書かれている掟に目が行ってしまい、神の心を見失ったのです。
そして、キリストを拒否したイスラエルは、律法に到達できませんでした。
考えてみましょう:字面だけ、言葉尻にとらわれて、人の心を見失ったことはありませんか。
