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164.ローマ8:16−17 キリストと共に栄光を受ける

16,御霊ご自身が、私たちの霊とともに、私たちが神の子どもであることを証ししてくださいます。17,子どもであるなら、相続人でもあります。私たちはキリストと、栄光をともに受けるために苦難をともにしているのですから、神の相続人であり、キリストとともに共同相続人なのです。

ローマ人への手紙8章16-17節;新改訳聖書2017版

 奴隷と子どもの大きな違いは、相続者かどうか。

子どもであるなら、相続人でもある、とパウロが言っている通りです。

神の子どもですから、神の相続人です。


 ここで驚くようなことをパウロは言っています。

「キリスト共に共同相続人」。

神からキリストが受け取るものを、私たちは共に受け取ることになる、というのです。

何を共に受けるかと言うと、「栄光」。


 イエス・キリストが十字架にかけられる前に語った言葉があります。

「人の子が栄光を受ける時が来ました。まことに、まことに、あなたがたに言います。一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままです。しかし、死ぬなら、豊かな実を結びます。」(ヨハネ12:24₋25)


 十字架の死と復活が、イエス・キリストが栄光を受けると言われる出来事でした。

それと同様に、私たちは苦難をキリストと共にし、さらにキリストと共に栄光を受けるのです。

私たちの今の時の苦難は、この世にあって肉において生きていることからくる苦難です。


 ただ苦難を我慢して、というのではない、神の栄光を受ける時が来ることを楽しみにできることが、御霊に導かれている生活です。

考えてみましょう:キリストが父なる神から受けるべき栄光を、自分も共同相続人として受けられる、って、まるで一緒に王座につくようなイメージですが、有り得ない事が起ころうとしている奇跡だと思いませんか。

(写真は、「ソト・メダン」というスープの定食。ソトは民族・地域ごとに違う食べ物。)



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