168.ローマ8:20-22 被造物のうめき
20,被造物が虚無に服したのは、自分の意志からではなく、服従させた方によるものなので、彼らには望みがあるのです。21,被造物自体も、滅びの束縛から解放され、神の子どもたちの栄光の自由にあずかります。22,私たちは知っています。被造物のすべては、今に至るまで、ともにうめき、ともに産みの苦しみをしています。
神によって被造物が虚無に服し、滅びの束縛下にあることを、パウロは知っていました。
同時に、神の子どもたちの栄光の自由にあずかることをも知っています。
被造物にとっての「虚無」「滅びの束縛」はもとからあったものではなかったようです。
神によってエデンの園を追い出された一人の人アダムによって、この世に罪が入り、死が入ってからだったのです。
そして神の子どもたちの栄光が現れる時まで。
彼らは人間の罪の被害者でした。
自らを地上の神のようにみなして地を支配し始めた人間は、神の御旨を求めることなく身勝手な支配を続けてきています。
環境破壊が人間自身も影響を被る世界的な問題になってきているとおりです。
共にうめき、産みの苦しみをしてくれているという被造物に目を向け、まだ神を知らない人々に対して、創造者たる神に目を向けるように私たちも証しをしていければ、と思います。
考えてみましょう:古代にも文明が栄えた周辺は砂漠が広がっていったようです。現代でも自然環境の変化は続いています。自然のうめきを、私たちは聞き取っているでしょうか。
