人生はPlayでありGameではない*日日是幸日
Playは出来映えを競い、Gameは相手を打ち負かすことで決着をつける競技である。人生を競技に例えると、PlayであってGameではない。というよりGameであってはならない。人生は他人を蹴落とし、打ち負かすWin-LoseのGameの人間関係であってはならず、共に切磋琢磨し、Playerとして互いにWin-Winの「幸福」を讃え合うものでありたい。
Playerであれ、Gamerにはなるな
今から40年以上前、大学を出て新卒入社後、
新人研修でのことです。
当時のトップが演壇に立ち
新人の私たちに話してくれました。
「君たちは同期入社の仲間だ。これから
競い合って、大いに切磋琢磨してほしい。」
「生き物は皆競争しながら生きている。
人間もみんな競争している。」
「ただし競争の仕方を間違えるな。
競争にはPlayとGameの二種類ある。」
Play(プレイ)
=出来映えの競争、Win-Winの競争
例)陸上競技、水泳、体操等の採点競技
Game(ゲーム)
=勝ち負けの競争、Win-Loseの競争
例)格闘技、球技等
「社内の競争はPlayであるべきだ。
切磋琢磨しながら、知恵や情報は共有し、
お互い助け合う、それがPlayだ。」
「社内でGameをやるということは、
有益な情報が有っても秘密にする、
ノウハウを相手に教えない、
相手の足を引っ張る、陥れる。
そういう不健全な行動を取ってしまう。」
「残念ながら、そういう不健全な
社内Gameが横行している会社もある。
そんな会社は伸びないし社員も成長しない。」
人生はPlayのステージ
当時のトップは社内での望ましい競争として
切磋琢磨による私たち新人の成長を期待して
話してくれたのですが、
これは人生でも全く同じです。
自分も他の人びとと同じPlayerとして
「幸福」な人生の出来映えを競えばいいのです。
人生はPlayであることが望ましく
他人との関わりはGameではない。
というよりGameであってはならない。
個々の現実の局面では、必要に応じ
Gameを迫られることはあるにしても、
基本はPlayの関係を結びたいもの。
しかし、なかなかそうなれない
のが人間の性の悲しさ。
哲学者のショーペンハウアーは
「嫉みは人間自然の情である。とはいえ嫉みは罪悪であり、かつ同時に不幸である。だから嫉みはわれわれの幸福の敵として、悪魔として、これを一生懸命に退治するがよい。セネカ は『我々は我々のものを他と比較しないで喜ぼう。自分以上の幸福を見て苦しむ者は、決して幸福になれない』と美しい表現を用いている」
と言っています。*関連記事↓
Playはプラスサム,Gameはマイナスサムの幸福
他人の「幸せ」を自分のことのように喜び、
祝福し合える"Play"の関係であれば、
それぞれの「幸福」の総和は
プラスサム(合計が増幅)となるでしょう。
ところが他人の「幸せ」を妬み、
不幸に陥れようとする"Game"の関係であれば、
互いの「幸福」を削り合う関係ですから、
それぞれの「幸福」の総和は
マイナスサム(合計が減少)になってしまいます。
Win-Winでそれぞれの「幸福」を
夫婦、パートナー、家族の「幸せ」を
願わない人はいないでしょう。
近しい他人とも人生を切磋琢磨し、
Playerとして互いの「幸福」を喜び
讃え合うものでありたいですね。
これは家族や友人、知人のみならず、
地域社会、国家間でもあてはまります。
とりわけ国家間は殺伐とした
"Win-Lose"の"Game"が続いており、
気分が暗くなりますが、
せめて自分でコントロールできる
自分との周りの人との関係ぐらいは
良き"Win-Win"の"Play"の関係
でありたいものです。
最後まで記事をご覧いただき、
誠にありがとうございました。
今後も幸福に関連する記事と併せて、
諸々関連することを投稿してまいりますので、
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イーハピネス株式会社 代表取締役 松島紀三男*プロフィール*
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