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性別不詳になった私の男性性と女性性のお話し

医学的とか脳科学的とかいう専門的なことは分かりませんが、私はずっと男性的な論理的思考に偏った人間でした。

20代で女性失格⁉

20代で女性生殖器系の病気で手術をして、薬で生理を止めることになり、子どもは難しいと言われました。女性ホルモンであるエストロゲンの分泌が抑えられると、中年以降の症状である「更年期障害」が副作用として現れます。

20代で女性失格の烙印を押されたような気になりました。

それにより、
子どもはムリかも?と打ち明けてあっさりフラれ恋愛を諦めました。
生理がないと女の子の大変さが分からず同性を気遣えません。
そのうち誰かを好きになるとかいう気持ちも忘れます。
恋愛映画やドラマのドキドキやせつない気持ちが理解できません。
悲しみや感動などの感情がなく悔しいとき以外泣かなくなりました。

身体と心が別姓というワケでも、同性愛者でもないので、男性にも女性にも心が動かず、かと言って「男性」ではない私は「女性のフリ」をするしかありません。

男性に嫌悪感を抱きながら、女性特有の交流をメンドクサイと思いながら接しているので、誰とも信頼関係を築くこともできません。

そんな、なんとも中途半端な状態で20年弱を過ごしてきました。

ひとりの人間として自分は何者なのか?

そんな考えがあればよかったかもしれません。でも残念なことに当時の私はこうなってしまったことを嘆くことしかしませんでした。

  • もう女としてダメなんだ。

  • いや女としてだけじゃなく人生終わったかも?

  • なんで私だけこんな思いをしなくちゃいけないの?

  • 仕事を一所懸命やってもいいことない。

  • なににも期待せずに生きるしかないのかな…。

入院生活のみじめな週末

手術後、婦人科に入院していたとき、産科と同じフロアだったのですが、週末が来るのが憂うつでしかたありませんでした。産科に入院している人は多くが出産を控えています。もちろん、なんらかの病気を併発しているなど深刻な人もいますが、幸せな入院患者が多いのが唯一産科の病室です。

週末になると産科病室は賑わいます。出産を心待ちにする旦那さんと、もうすぐお兄ちゃんお姉ちゃんになるちびっ子たちがお見舞いに来るからです。

同じフロアで、賑わっている声だけが聞こえる婦人科病室は、シーンと静まり返っています。当時は本当にみじめだと感じていました。「誰でもいいから今すぐ!お見舞いに来て!」そんな風に祈るような気持だったのを覚えています。

「女性」という着ぐるみから人間へ

それから20年近く、私は「女性」という着ぐるみを着て社会へ出て、女性を軽蔑し男性と戦いながら生きてきたように思います。

今思えば、軽蔑は女性としての劣等感の裏返しであり、戦いは異性である男性への憧れの裏返しだったのかもしれません。

いくら頑張っても女性になり切れない私が、男性のマネをして男性と戦っても上手くいくはずがありません。でも20年という時の流れは、世の中の性別に対する捉え方を徐々に変えていきます。

それによって私は「女性の着ぐるみを着た性別不詳の人間」ではなく、着ぐるみを脱いだ「ひとりの自分という人間」という視点を持てるようになりました。

これは働いていた会社の年齢層が若かったため、早くから男尊女卑が企業文化になかったことも要因のひとつです。

よみがえった「女性」

「ひとりの人間」。ようやくそんな視点が持てるようになった性別不詳状態から20年後、異性として強烈に魅かれる男性と出会います。

すると、とっくに失ってしまったと思っていた「女性」が、一気にどどどーっとよみがえってきました。

よみがえった「女性」とは何かというと「感情」です。相手の言動でドキドキしたりせつないとかキュンキュンとか嫉妬とかも、それまでほとんど感じたことのないコントロール不能な感情たちです。

喜ばしい出来事かと思いきや、ここから新たな試練が始まります。

20年間「ない」と思っていたものがよみがえった所で、うまく使いこなせるはずがありません。車の運転だって20年しなければ怖いものです。ましてや私は仮免許中から運転しなくなってしまったようなものです。

分からないなりにアプローチを試みますが、とにかく感じたことのないフワフワやどす黒い感情が入り乱れる中でのことです。どうしていいのか全く分からず、自分から生まれてくる感情に振り回されまくってしまいます。

結果、私の言動のなにかが原因で、なにも分からないまま相手を怒らせてしまいました。本当に気持ちのある人にフラれるって、こんなにも苦しいんだ…。こんなにも悲しいんだ…。そんなことも40代になって初めて知りました。

「男性性」と「女性性」

それでも論理的な思考の方が強かった私は、相手が「なぜ(怒った)かは自分で考えて」と言っていたこともあって、自分なりに原因を検証し始めます。

そんな中で知った単語が「男性性と女性性」です。

男性脳女性脳という脳のお話しでもなければ、男性女性という性別のお話しでもありません。

性別不詳と思い込んで自分自身をこじらせたことで、人生が上手くいかないことやフラれた原因が判明しました。それは、性別不詳とか女性の気持ちになれないからではなく、男性性女性性が関係する「人間性」が問題だったのです。

「男性性と女性性」とは、自分の中のエネルギーの種類と役割のことで、私たちは誰もが両方を持ち合わせています。そして2つのエネルギーを上手く統合させることで、自分らしさを見つけられたり望みを叶えられたりできるのです。

上手くいかない原因は?

恋愛が上手くいかない!なんてことになると、普通は相手との関係性や自分の相手に対する態度などに原因を見つけようとします。

ところが原因は自分自身の内側にあると、恋愛を含む人間関係の専門家たちは口をそろえて言っています。どういうことかというと、恋愛や人間関係などに対する学びに必ず出てくる基本的な内容が、自分自身を深掘りするということなんです。

「すべての原因は自分の中にあり、すべての出来事は自分が起こしており、その責任はすべて自分が負う。」

極論、そんな感じのことが、この世に起こるほとんどのことに当てはまるのではないか?というのが私の行き着いた結論です。

自分の責任って言うと、なんだかものすごく重苦しく聞こえてしまうかもしれませんが、捉え方は自分次第で自由に考えていいとも言えます。

男性性と女性性のバランス

つまり、私たちは自分の世界を自分の好きなように自由に創り上げることができる「現実創造の創造主」なのです。それを自分らしく創り上げるために必要な要素の一つが「男性性と女性性のバランス」です。

ネーミングに男性女性と入っているので、どうしても性別につなげてしまいがちですが、それほど関係ありません。私たちは誰もが自分の中に男性性と女性性のエネルギーを持ち合わせています。

ただ、その比率は性別に関係なく人によって異なります。バンランスをとると言っても、男性性と女性性のエネルギーが50%ずつ均等になることが理想というワケではありません。

ザックリ言うと、、、

  • 女性性=生み出すエネルギー:ありのままの自分を受け入れること

  • 男性性=確立するエネルギー:自分を高めて磨いていくこと

ありのままとは、今の自分(現在地)と理想の自分(目的地)の両方を指します。こうなりたいと願うこともありのまま、つまり素直な自分の願望だからです。

自分の中の女性性で、今の自分を受け入れ(好きになり)素直な願望を思い描き、男性性で自分を磨き(行動し)願いを叶えてあげるというのが、男性性と女性性のエネルギーバランスの取れた状態です。

これが世の中でいう「人間性が高い」と言うことのひとつであり、スピリチュアルで言われる「自己統合」です。

【小話】
ちなみに…
自分を高めて磨くのが男性性なので、外見を整えるためのメイクとかオシャレって男性性が担当しているんですよ!
そして、キレイに装った自分に嬉しくなってウキウキするのが女性性の担当です。
男性性と女性性の仲がいい人というのは、美しくしたりカッコよくしたりした自分を思いっきり楽しめる人ってことです♪

【小話】

原因はアンバランス

話を戻して、もう何年も経ってしまったのですが、強烈に魅かれた相手を怒らせてしまった原因が、今ならよく分かります。(当時は検証に検証を重ねても一切分かりませんでしたが…。)

お察しの通り、私の中の男性性と女性性がアンバランスだったのが原因です。自分を嫌い、ありのままを受け入れることなく(女性性の欠如)、相手に過剰に何かを求めていたのでしょう。

そして、私が利己的に思い描く理想像へ相手が連れて行ってくれるという期待(男性性を他人に依存)を、思いっきり相手にかぶせていたのです。

入院していた頃の私も、エネルギーバランスが取れていたら、幸せそうな妊婦さんたちと比較して自分を貶めるのではなく、その時描けた理想像のための行動をして満足できる入院生活を送れたはずです。

こういったエネルギーのアンバランスや欠如というのは、知識なんてなくても気配で相手に伝わってしまいます。恋愛だけでなく、パートナーや親子関係、職場や学校など社会生活の人間関係であっても同じです。

たまたま自分が性別不詳な状態になって、性別に過剰な反応をして学んだ結論であり、エネルギーという目に見えないものが関与しているので、本当かどうかを証明することはできません。

私は、女性になり切れず自分の中に女性らしさを渇望し、男性に強い嫌悪感を抱きながら男性らしさに憧れていた時期が長く続きました。それによって自分の中の男性性と女性性のアンバランスさが際立ったのかもしれません。

だからこそ、バランスのとれた状態がどれほど満たされたものなのかを強く実感し、感動や奇跡で溢れた日々を送ることができています。

多様性の今

ジェンダーレス、夫婦別姓や同性婚などが取り上げられて久しい現代、性別のカテゴリだけでは、何をするにも難しくなってきています。

制度や環境に対する男女平等も必要なのかもしれませんが、意識や思考という観点で性別を取っ払った「自己統合」を推し進めて人間性を高めることが、これからの世の中には必要不可欠と考えます。

私は子どもを強く望んでいたわけではなかったので、その点は良かったかもしれません。でも、世の中には望んでも授からない人たちも大勢います。逆に望まない出産もあります。また、自殺する10代の子どもたちの人数が2024年は統計以来過去最多になりました。

少子化問題も大切ですが、今存在している子どもたちの環境を整えることも大切です。そのためには、まず大人の自己統合が必要です。

ダイバーシティ国家!日本

自己統合して自分で自分を満たせる人間性の高い人が増えれば、周りの人たちとの人間関係も良好になっていきます。子どもだけでなく大人も含めた自殺やいじめ、虐待、孤独死などの大きな原因のひとつである「社会的(家庭内含む)孤立」の払拭にもつながります。

自分で生み出し磨くチカラは自分自身の大きな喜びや自信になり、ときに孤独を感じても自分で自分を支えることができます。それが団体や組織の中で補い合えれば、さらに大きなチカラでより大きなものを生み出し磨き上げられます。

たとえば、同性婚でも子どもを社会保障の上で育てることができたり、虐待やDVは裁くだけでなく公的な育成制度で更生できたり、なんてことになるかもしれません。そんな風に考え出すとワクワクです!

フレキシブルな本当の意味での「ダイバーシティ国家日本!」になることを、私の女性性でしっかりと理想として掲げつつ、まずは自己統合をさらに進める所存でございます♪

【コラム】
結局、男性性と女性性ってどう使うの?


私は理論的思考が強かったので、エネルギーとか言われても最初は理解できませんでした。ただ、理解できてもできなくても、私たちには男性性も女性性も備わっていて、なにかと使っているので意識するだけでも状況が好転しやすくなります。

まず、人間性を高める基本中の基本は「思考と言動の一致」です。
思考=女性性
言動=男性性


<例>願望や夢を叶える場合
自分はこう在りたい、こうなりたいという最終的な目的地決定=女性性
目的地を念頭に具体的な目標を立て実行する=男性性

↓↓↓
目標をクリアしながら目的地を目指す際のマーケティング
(細かい所は省略してザックリですが)
どうやって?(戦略的部分)=主に男性性
どんな気持ち?(心理的部分)=主に女性性


思考と言動が一致していれば、それはあなたの中の男性性と女性性がラブラブってことなので、そのまま仲良く協力して進んでください。

団体や組織(家族)など複数人の場合は、あなたの得意分野は男性性?それとも女性性?と考えてみてください。そして、自分が苦手なところは、それが得意な誰かにお願いします。

私たちは両方のエネルギーを均等に使えるほど器用ではありません。人間は協力して大きなことを成し遂げるため、又は幸せに暮らすために、お互いを補えるように敢えて不完全にできています。

つまり、ひとりでは不完全なのが「完全な状態」なのです。

必ず得意と苦手が存在します。好き嫌いかもしれません。いずれにしてもそれは千差万別です。だからこそ補い合ってシナジー(相乗効果)を生み出し、想像以上の大きな(幸せな)チカラを発揮することができるのです。

あなたの中の男性性と女性性はどんななのか?あなたの大切な仲間たちはどんななのか?それで、どんなことができるのか?なんてことを考えてみると、壮大な冒険が始まるかもしれませんよ♪

【コラム】結局、男性性と女性性ってどう使うの?

最後までお読みいただきありがとうございました。


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