小説 うろんな商い
砂浜に行ける人は、社長に一人前と認められた人だ。
私が初めて「砂浜に行ってこい」と言われたのは、仕事をはじめて半年くらい経った頃だった。いえ、なにもわかりませんしと思ったが、言い返したら社長に逆らうことになるから、ウィンドブレーカーをひっかけ、ハイカットスニーカーを履いて出掛けた。戻ってきたとき、スニーカーの中には面白いくらい砂が入り込んでいた。
その時の仕事の出来がどうだったか全然覚えていない。怒られもしなかったんだと思う。懐かしい。ただ、今もこの仕事のコツを身に付けられたわけではない。
「ただいま帰りました」
外との寒暖差に、さっと眼鏡が曇る。温かいと感じるのはもっと寒い外から帰ってきたからで、事務所はずっといると底冷えする。プレハブに毛が生えたような建物だから仕方ない。
「いいのあったか」
社長が社長室とは名ばかりの、出入り口脇のパーテーションで区切られた一角からひょっこり顔を出した。
「どうでしょう。玄関に置いてありますよ」
事務所の土間にある小さい洗面台は冷水しか出ないので、砂だらけのかじかんだ手は更に冷えた。ずっと保温しっぱなしのコーヒーは酸化してまずかったが、手を温めるのには役立った。社長は自ら私の収集品を抱えて事務所内に戻ってきた。
「まあまあじゃないか」
作業台にそれらを並べる。私は一個一個、色々な角度から見たり、色合いを確認したりしてからでないと収集袋に入れられないが、社長はほんの数秒見ただけで、これが売れるものか、そうでないかを見分けてしまう。それが男か女かも。
流木に男とか女とかあるんですかと、社長に聞いたことがある。うちの会社は流木やらシーグラスやら、元手のかからないものを拾って売っている、詐欺のような、乞食のような商売だと思い始めていた頃だった。
「あるんだな、これが。男か女かはっきりしねえものは売れねえんだよ」
社長、それは今の時代、言ったらあかんやつです。その気持ちが私の表情に出てしまっていたらしく、「んん? 不満か?」と社長は言った。しかし彼の表情はさほど険しくなかった。
「じぇんだーふりーって言うんだっけか。でもなあ、俺のこの法則は今のところ外れなしだしなあ。まあ大目に見てくれよ」
売れる、売れないはうちの会社の都合だし、売れなきゃ給料払えねえからな、と社長は言った。
「男の流木は、女性が買ってるんでしょうか」
「さあ。商品をアップする時は、わざわざ『これは男です』『女です』なんて書かねえし。購入者の情報も調べればわかるけど、品物を送ったら住所も名前も忘れちまうしなあ」
パソコンには顧客リストが残っているはずだ。むろん、それを聞いたからといって、過去の履歴を遡って検証するような面倒なことを私はしない。
流木の男と女を見分けるのは難しかった。ごつごつしているとか太いとか、白い中に黒い筋や裂け目が数条入っている、いかにもなものを「男」と判断するのは容易かったが、「女」なのに節くれだっているとか、「男」なのにどこかたおやかなものもあって、最終的な判断は社長にほとんど委ねていた。
それは私だけではなくて、三年先輩の山辺さんも、パートだけど歴の長い木原さんもそうだった。判断をほとんど間違わないのは、社長の右腕の膳さんだけだと思う。木原さん以外は寡黙なたちで、私はたとえば山辺さんの正確な年齢や住所すら知らない。
そうやって選り分けられた流木は、砂を落とされ、廃浴槽で洗われ、鍋で茹でてアク抜きと殺菌を施される。さらに天日干しされたそれに、さっき取ってきましたといった風情が残るように、しかしあまりに汚らしい黒ずみはなくなるように、程よくやすりをかける。そうすると、流木は全体に白っぽい清潔な棒になる。ここまですると、砂浜に落ちていたごみが製品になるのだ。
なかでもいい性質のものは、柔らかい布でこすって光沢を出したり、少しオイルを染み込ませて磨いたりする。そのままオブジェとして金属製のスタンドに取り付けて売られる他、片側に穴を開けて糸を通し、輪っかに数本つなげてチャイムにすることもある。風に揺れるとかららん、しゃららんという澄んだ音がする。
ここは日本海に面した砂浜だから、どうしても寒々しい音に感じるけれど、都会のマンションとか、内陸の盆地、太平洋側のどこかの家の軒下に吊るされていたら、きっと程よく空気を涼しくさせるだろう。
チャイムが遠いところで鳴っているのを想像するのが、私は好きだった。事務所に一人でいて、やすりがけをしているようなとき、私はまだ売れていないチャイムを何個か天井のフックに吊り下げて、その音を聞きながら作業した。
収集と同様、やすりもただかければいいというわけでもないことに気づいたのは最近だった。
男の流木だからといって、あまり荒々しさを矯めないでいるとセックスアピールが過ぎた。
一方、女の流木をことさら滑らかに磨きすぎると、その流木の持つ歪み、小さなひっかかりが消えて、平板すぎる、魅力のない姿になった。
社長はこういうのも需要があるからとあまり気にしていないようだったが、特にやすりをかけすぎたと感じた日はなかなか寝付かれなかった。なにか、取り返しのつかない過ちを犯したように思ったのだ。大量の注文が入って、通り一遍のやすりがけをした日の方が充実感があった。
「ひとりのとき、こんなことしてたのか」
今日は帰社しないと言っていた社長が事務所に戻ってきた。
「あっ、すみません」
慌ててチャイムをおろそうとする私を制して、社長は言った。
「いやいやいいんだ、こいつらもたまに風を通してやらにゃあ。作業を続けてくれ」
「すみません、ありがとうございます」
社長は取引先からもらってきたという饅頭を私にくれたので、結局手を止めて二人分のお茶を淹れた。お茶が通過したところから、体が温まっていくのを感じる。饅頭は田舎風のもので塩気が効きすぎていたが、とても甘くて目が冴えるようだった。
「まあしかし、お前もここに馴染んでくれたな」
そうですか、ありがとうございますとも、まだまだですとも言えないで黙っていたが、社長は「やっぱり俺の見る目は鋭いってことだな」と一人で納得していて、さっきの問いは答えなくても良かったのだとほっとした。
「まああれだな、淋しい人間だからな、おまえは」
「淋しい?」
思わず聞き返してしまった私に、社長はうんうんと頷いた。確かに陽キャと言われるよりはそっちの方が合っていると思うけれど、社長が淋しいという言葉を発するのが意外だった。
「いや、これも俺の持論なんだけどね。流木拾いは、淋しい人が向いてるんだよ。流木の淋しさに共鳴するのかなあ」
「でも私、まだどれを拾っていいか分からないんですけど」
「いやいや、案外筋がいいよ。こないだ木原さんも言ってたし、俺も保証する。さあ、食べたら砂浜に行ってきてくれ。また注文が入りそうでね」
向いていると言われてなんとなく浮き足立ってしまったが、砂浜に出ると、どれを拾うべきか、あるいは拾ったものが女か男かを、確信を持って判別することはやはり出来なかった。
そもそもこの流木は、一体どこからやってきたんだろうか。地理か理科かの授業を、もう少し熱心に聞いていれば良かった。
私は、女のようだが、細すぎて売り物にはならない枝を取り、真ん中で折ってみた。断面は沢山の気泡がそのまま閉じ込められたようになっていて、エアインチョコ、あるいは麩菓子のようだった。
今度は男か女かわからないので捨てられるだろう方の枝を折ってみた。そちらの断面には隙間などなく、ぎっしりしている。折り方が悪いので、棘や繊維質が飛び出てガタガタだ。
……うちの会社が売っている、これは本当に流木なんだろうか。
私は突然恐ろしくなって、折った枝と「流木」を投げ捨てた。そしてこの疑問はもう二度と抱かないようにした。
この日以来、私は流木の男と女を間違えることはなくなった。その生の最後で、私が彼らにほんの少し何かを加え、何かを取り去ることの意味を掴めないまま、私はこの仕事を五年続けた。
同じ世界の別の場所の話 ↓
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