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【特大長文】「断りたい」から始まった、ミイコさんとの鳥取奇跡の旅記~夢は必ず叶う~




突然


あれは1月(多分)。

ある人から、突然私の記事にコメントがあった。

「出雲大社に呼ばれている気がするんです! その時、お会いできませんか?」

その言葉に、戸惑わなかったと言ったら嘘になる。

私も今年の初詣で出雲大社に行ったばかりだった。

そして、そのご縁が変なところに結びついて、昔からの知り合いとの関係を切り捨てた直後であったからだ。

この記事にも書いたけれど、私が出雲大社に行った次の日にLINEが来て、なんとなしに

「出雲大社に昨日行ってきて(疲れてるんですー、察しろや)」

と話したら、

「それは僕の恋の為の運命なんです!」

って、盛り上がられた訳ですな。

私は20年くらい昔やっていたブログ友達とまだ付き合いがあるのだけど、やはり、山陰外の人からしたら、「出雲大社」は特別に感じるようだ。

「行くなら写真だけでも送ってほしいな」

など、今までもお願いされたことはあった。

私は、占いや天然石、また、神社参拝も好きなのだが、スピリチュアルな事が苦手である。

占いも天然石もスピリチュアルなものだろ? と言われればそれまでなのだけど、同じニンニクを使った料理も、ペペロンチーノも出来れば二郎系ラーメンも出来るように、私には違うものなのだ。

まあ、ともかく、そんな折のお誘いであり、その事でメンタル体調両方崩れていた私は、当たり障りのない返事を返したのだと思う(どの記事にコメントがあったか分からなくなったので確認出来ない)。

しかし、3月16日。

「月末に行きます。少しだけでも会いたいな」

と、連絡が来てしまった。

そう、その時の本当の本音を言えば


「来てしまった」

であったのだ。


後悔


とろとろとした動きしかしない私の脳が、普段からは想像出来ない早さでこの問題を処理しようとする。

最初は、体調を理由にお断りをしようと、返信を書き上げた。

本当にまだ、体調不良であったし、嘘ではない。

書いて、その文面を読み返し、送信しようとした時、

「ほんとにいいのかよ」

と、頭の中で声が響く。

先程話した、20年以上の付き合いのある、ブログの友達達にも、一度も会えていない。

LINEも住所も知っている(互いにプレゼントを贈り合うので)が、今後も、会うことはないんだろう。

そして、ここで、私だけの問題が揺さぶり起こされたのであった。

「あの時みたいに、なってもいいのか?」

あの時、というのは、一昨年の10月のことである。

当時やっていたゲームで知り合った友達が、鳥取、しかも米子に仕事で来るのだという。

普通に、米子のおすすめのお店を聞かれたので、いくつかピックアップして教えた。

何しろ私は米子最大の繁華街の隅に住んでいるので、店は色々知っているのだ。

だが、その時、私はそのゲームをやめようと決めていた。

楽しいことも多かったけれど、辛いこともたくさんあったのだ。

ある目標を達成したら、やめよう。

密かに決めていた目標を達成してしまった日、私は友達にチャットした。

「今日でこのゲームのアカウント消す」

「そうか」

「今までありがとう」

「こっちこそ、本当にありがとう」

あれは満月の日。

私は庭に出て、月の光を浴びながら、ぽつぽつとチャットを打ち返す。

「米子旅、楽しんでな」

「接待兼ねてるからな、朝から泥酔旅行や」

「頑張れ」

「飲み屋街の近くに住んでんだよな、探し出して行ってやる笑」

おどけて言う友達に、つい涙がこぼれそうになる。

「本当に色々迷惑かけてごめんな、君がいたから、ここまでやってこれた」

「それはこっちもや。体に気をつけてな。絶対、無理すんじゃねーぞ」

「うん。本当に、さようなら」

数ヶ月の付き合いではあったのだけど、悩みを共有していた私達の関係は、終わってしまったのだった。

……それから半年後。

しれっと私はそのゲームに復活したのだ。

体調不良で安静が続き、退屈だったのが理由だが、友達を探したらまだいたので、チャットで連絡を取り合い、すぐに新しいチームを作って、今も仲良くやっている。

しかし、去年の夏、私達は深刻な喧嘩をしてしまう。

心の距離が近くなったため、遠慮がなくなった私の発言にカチンときた友達と、チャットで言い争ったのだ。

その時に、

「本当は、あの時会いたかった。もう西日本に行くことなんてないと思うし、会って、1杯奢らせて貰って、話がしたかった」

そう告白された。

しっかり者で忘れていたが、友達は17歳年下。私の弟と同い年である。

若いなぁ。

若いって素晴らしいけれど、感性が鋭い分、ありとあらゆる場所に地雷か隠されていて、自分がどんな出来事に傷つくか、その事を見分ける経験が浅い。

傷つく勇気もまだある年頃か。

360度、全てに防護幕を張って、傷つかないように必死になっている私とは違うんだ。

腹の底から本音で言い合った私達は、更に仲良くなったけれど、友達が米子に来ることはもう難しいだろう。

私は、その事をまだ、後悔している。

今回も断って、また、後で本当に会いたいと思った時、気楽に会いに行ける距離の人ではない。

その人には関係のない、私個人の、自己満足の贖罪であったのだけれど、私は、作っていた返信を消し、こう打ち直した。

「ぜひ、お会いしたいです」


計画  


そこからはトントン拍子で、どこで会おう、鳥取B級グルメって何があるんだろう、気安い女友達の話が始まる。

しかし、その人の計画を聞いて、私は硬直した。

29日の昼頃に出雲に。出雲大社含めて周辺の観光をしてから、米子に宿泊。出来たらこの日に水木しげるロードのライトアップが見たい。

30日に、汽車で鳥取砂丘に行って、その後米子に帰ってから、私とスタバでお茶をしたい。

31日は、米子を出て出雲から帰路へ。

うーむ。

人口の少なさトップの鳥取県なのだけど、鳥取は横にびよーんと長いのである。

出雲から米子へ来て、そこから水木しげるロードにも汽車を使う予定のようだったが、境線って遅くまで通ってないような気がする。

行っても、帰って来れない……

また、お土産屋さんを楽しみにされている感じだったのだが、水木しげるロードは、もともとはただの商店街なので、17時くらいには店が閉まる。

ライトアップと、お土産、両方楽しみたいなら、2日はいるのだ。

そして、米子から鳥取砂丘。

行けるだろう、鳥取駅からシャトルバスも出ている。

だが、鳥取のダイヤの悪さを他県民はご存知ない。

バスの発車が7時10分、とすると、汽車が駅に到着するのは7時12分だったりすることがとてもよくある(意味ねー)。

また、山陰本線は単線で、朝晩はともかく、昼は下手したら2時間に1本、しかも1両しかないのでむちゃくちゃ混んでいる、快速がなぜか各駅停車、そんな頼んでもないアトラクション付きなのであった。

全部特急で済まされるのかなー?

特急、日にそんなに出てたっけ?

勤めていた時はよく公共機関を使っていた。

そして、今はあの時より更にダイヤが減っていると聞いている。

……大丈夫かなー……

私は、北に相談をした。

「無理でしょ」

一言で否定される。

「その予定なら3日じゃなくて、4日の予定を組んで、1日目、出雲宿泊、2日目、米子宿泊、3日目、鳥取宿泊して、それぞれ観光するじゃないと」

ですよねー。

地方はどこでもそうだけれど、鳥取は車社会だ。

ちなみに、私の実家から最寄り駅までは車で1時間である。

普段住んでいて、特に観光や食べ歩きに興味のない私であったけれど、せっかく遠くから来てくれたnote友達(と呼ばせてもらう)に、鳥取を楽しんで欲しいじゃないか!

私は、北に切り出した。

「ねえ、あなたに運転手頼める?」


思惑


北を誘ったのは、運転手だけが理由ではない。

私は解離性記憶障害という病気を抱えているし、メンタルが脆い。

note友達と会って、何かあったら、怖い。

私の今までを振り返ると、会っている時はなんでもないように振る舞える自信がある。

そこは北にも太鼓判を押された。

だけど、note友達と別れた後、メンタルガタ落ちになる可能性がある。

記憶を飛ばして中海徘徊、わけの分からない買い物、自傷。

最悪を想定して、私は保護者同伴を願う。

「noteの友達がいいなら、俺はいいよ」

北の返事を受けて、note友達にもお願いした。

「お会いできるのは嬉しいんですが、運転手してもらっていいんでしょうか」

とても恐縮されたが、こちらの都合なのでむしろ申し訳ない。

しかし、車で行けるとなると、他にもいろいろ回れる。

「白兎神社って行ってみたいんです! あと、
そこから近いなら白兎海岸も見てみたいー」

「白兎神社の駐車場から見えますよ」

「あと、鳥取のB級グルメの、ホルモン焼きそばと、牛骨ラーメンと、イカ天そばにも興味あります!」

牛骨ラーメンは知ってるが、ホルモン焼きそばはどっちかって言うと岡山県北のグルメだし、イカ天そばってなんだ!?

本当の引きこもりだからその辺詳しくなくて、今回、むちゃくちゃ調べた。

ホルモン焼きそばは、米子というよりどちらかと言うと鳥取市内に店が多いようだ。

ちなみに、我が家は岡山津山の「ホルモンうどんのたれ」を使い自作します。


岡山資本のスーパーがあって、よいホルモンも買える環境なので、外食で食べたことがない。

イカ天そば、は少し悩んだけど、もしかしてこれのことだろうか?


子供の頃から行きつけのお店で、私は大好きなのだが、これのことなのだろうか?

ちなみに、乗っているのはかき揚げでなく、白イカ天だ。

牛骨ラーメンは、米子というより、鳥取中部、倉吉の方が美味しい店がありそう。

ただ、10年前こら急に「牛骨ラーメン」と名前がついたが、それまでも小さなお店の普通のラーメンは「牛骨」だったので、私にはそんなに珍しさもない。

また、私はとんこつとチャーシュー煮卵が嫌いなので(煮卵は克服)、基本的ラーメンを好まない。

北が子供の頃からよく行ってる、牛骨ラーメン屋さんにしようか?

北とそんな話をする。

倉吉で人気のあるお店は、私も何度か誘いを断れず行ったが、私には美味しくなかったし、私が美味しくないと思うものを人に勧めるのは気が引けた。

牛骨ラーメン屋さんを色々調べて、疲れた私は、ここでやっと思い出す。

「ラーメン好きで、あちこち食べ歩いてる望に聞けばいい」

なんてこった。

灯台もと暗しとはここことである。

親友に早速LINEすると、打てば響くような返信があった。

「汽車で行くのー? 車でー? それならこの店が美味しいし、アクセスもいいよー」

あっという間に5つくらい候補を上げてくれる。

その中に北がよく行く店があったので、そこでいいや。

どうにかお店が決まって、私と北は安心した。

あと、今回知ったのだけど、スタバにはご当地スタンプというのがあって、note友達はそれを集めているのだと言う。

うちから徒歩1分でスタバがある。

私は詳しくないのだけど、本当は米子のもう1つのお店の方が行ってみたいとのことだ。

北とも電話で何回も話し、そちらのお店に行くことを提案した。

29日、note友達、出雲大社含む出雲観光。夕方、米子へ。

私とnote友達は気兼ねなく話せる自信があったが、北は全くの他人だ。

30日の長距離ドライブでいきなり会うより、29日の夜、スタバで会うのはどうだろう?

うちの近所のスタバは歩いてこれるが、本当に行きたいスタバは、車で行くのが楽だし。

そこで顔合わせをして、翌日は朝6時から動き、鳥取観光をしてもらう。

note友達にとってハードスケジュールになるけど、どうかな? と思ったのだけど、その話をすると喜んでくれた。

私はnote友達に鳥取を楽しんで欲しいし、北はプランさえ組んで貰えたら運転は全然好きだし、求められる事を喜ぶタイプだ。

よし、決まった。

それから2週間、私がしなければならない事、それは安静だけ。

何があっても体調維持する。



正体


29日、私は午前中、北に精神科の定期通院に連れて行ってもらい、それから行きつけの八百屋でお買い物などしていた。


note友達から、

「今空港、これからそちらに行きます」

と、読んでいるだけで楽しみが待ちきれない様子が伝わるLINEが来て、思わず微笑む。

私と北は、夕方まで予定もなく、あ、仕事用のパソコンが壊れたので、間に合わせで弟のお古のパソコンを貰ったのをセッティングしてもらう。

無駄に高いグラボをつんだゲーミングPCで、ノートパソコンしか使ってなかった私は快適さにクラクラした。

北が作業してる間、ベッドの上で伸びたり縮んだり、「安静」を守る私である。

note友達からLINEがあり、何やらトラブルがあり、米子到着が1時間遅れるそうだ。

恐縮されたが、何しろ私は自宅でまったり、北がセッティングしたパソコンのスペックを調べてはしゃいでいるのを見ているだけなので困りはしない。

それより、北と

「初めての土地で、一人きりでトラブルって怖いだろうな」

と心配していた。

そして、ぐてっと過ごした私達は、note友達との待ち合わせに遅刻する。

3月29日って金曜日だったのだけど、夕方の駅前通りはむちゃくちゃ混んでいたのだ。

「舐めてたなー」

「うん」

「君、自分が遅刻することを嫌うけど、今どんな気分?」

「やめて。そこを考えたらとてつもなく凹みそうだから、シャットダウン中」

「了解」

LINEで、

「遅れます、何分に着きます」

「すみません、あと2分追加」

「……今赤信号」

鳥取のメリーさんとなった私。

こんな出だしで、note友達は怖くなかったのだろうか?

私なら泣く。

前日までの夏日が嘘のように冷えた、夕闇迫る駅のロータリーに、私と北はやっとたどり着く。

目印がないので、駅前セブンで待っていて貰ったnote友達を、私は車を飛び出して行って探した。

お互いの服装を教えあっていたので、比較的、スムーズに出会えたと思う(遅刻はお願い無視して)。

「なぎさーん!」

「ミイコさん!」

すでに20人ものnoterさんに会うという、生まれながらの引きこもりの私からしたら偉業を達成されていた、ミイコさんと顔を合わせた瞬間、私たちは手を叩き合い、破顔した。

行動力のかたまりのように感じていたミイコさんは、パーッと明るい、キラキラとしたオーラ(私見えないけど)をまとっているような方だった。


北がミイコさんに感じた印象を書いておくと、

「顔が小さくて等身が高い、すらっとした元気な人」


ミイコさんは、ありがたくも私がはじめて出版したKindle本を読んで、ダイエットを始められた。

ここで、告白をすると、私は去年入院して、絶対安静が長く続いた。

メンタルの不調まで重なり、私は拒食症になってしまったのだ。

体重はベスト体重からさらに10kg減り、とうとう精神科医から、「ダイエット」を禁じられる。

そこからホルモン剤やら鬱の薬など出されて、今度は3ヶ月でなんと26kg増。

血液検査、血圧などが全く正常値なため、過体重のまま年越しをした。

ミイコさんから連絡があったのは、少しだけ体調良くなって、軽い運動が許可されわずかばかり体重も落ちてきた時だ。

2年間、158cm、55kgから53kgを維持していた私は、太っていた時の服をほとんど捨てている。

ウォーキング用に古い服を数枚残していただけで、まともな服を持っていない状態だ。

私の本で、ダイエットをはじめようと思ってくれ、そのお礼に会いたい、と仰ってくれるミイコさんに会うのは、申し訳ないような今の私の体型。

新しい服を買おうかな? などと思ったが、私はnoteで、自分を赤裸々に書き出してきた。

今更、大きなサイズの服を買い、取り繕って会うのは嫌だな、と思い、ありのままで私でお会いしたのだ。

ちなみに、ミイコさんに伝えた、私の見た目。

「丸々としたこけしみたいなのが私です!」


聞取


昔からの知り合いのように気兼ねなく、私達は話し続ける。

それは、北の運転する車でスタバに移動しても、止まらなかった。

米子初スタバ。出雲のは行った(笑)

私はお喋りが好きだ。

一番そばにいる北が無口なせいか、明るく笑いかけてくれるミイコさんに、色々な事を話した。

ミイコさんには、

「会ったら質問攻めにしてしまうかもー」

と前もって言われていが、受けて立つ! 

ものすごいおしゃべりな人間だと思われたろうなー。

でも、それが私である。

私のnoteの記事は、ほとんど「である」といった口調なので、もう少し肩苦しい人間をイメージされていたらしい。

天秤座B型、接遇接客業しかしたことのない私のコミュ力が輝く時だった。

ミイコさんは、目をキラキラさせながら、私のしょうもない話に相槌を打ってくれる。

そして、くるっと北に振り返り、

「なぎさんのお話を聞いてると、北さんはなぎさんからなにも受け取ってないことになるじゃないですか? でも、それで長く付き合っていけるとは思えないんです。北さんは、何をなぎさんから何を受け取っているのか、それがとても気になります」

おおー、ド直球きましたー。

想定内の質問であったが、ここで来たー! と私は思い、北は苦笑いする。

「僕は自己肯定感が低い人間で、誰かの為になるなら、それでいいのかって思うところがあるんです。この人(私)と親しくなった時、この人はメンタル崩壊寸前で、たまたま仕事が暇だった僕が手助けして、そのままというか」

「それだけでこんなに長く?」

私と北の付き合いは、19年目に入る。

「そうですね……ひとつ言えるなら、回収したいというか」

「回収?」

「報われたいというか。これだけの時間、これだけの手間を割いて、僕はこの人を支えてきました。今、僕が手を引くと、この人はただ、ダメになっていくだけだし、僕の時間も、ムダになる。それを、回収したい」

私のように口から出る言葉からその意味を後付けするのではなく、ミイコさんの問いに、誠実に答えようと、考えながら北は話す。

「自己犠牲が美徳とも思わないんですが、この人が回復して、本当の意味で自立する、それを見なければ、僕の苦労が報われないから」

「あなたもなにかの精神疾患だと思う。私の主治医も私よりあなたの方が面白い研究対象と思ってそうだもん」

「まあ、ちょっと病んでるとは感じてるよ」

ミイコさんは、北と私のやり取りを、丸く目を見開き、納得したようなしてないような顔で真剣に聞いている。

私と北との出会い、お互い気に食わなかった同僚期、なんでも話し合える友達期、そして、ベッタリ私がまとわりつく依存期(継続中)。

こちらの本に、その辺の事を書いてある。

そして、私の親友、望の話もした。

去年生まれた、望の赤ちゃんゾッコンLove中の私は、この日の為に、引かれないように専用アルバムを作っていたのだ。

スマホにある望の赤ちゃんフォルダは、私の画像データの中でも一番重い。見せるにはマニアックなものもある。

「これがじゃあ、望さんとあの彼氏との……」

「「違います」」

私と北のセリフが被る。

私の親友、望の物語はこの本を読んでもらうとして、巻末で結ばれた彼氏とは、その後別れた(ネタバレおつ)。

書いている当時、すでに別れていたのだが、実は、その彼氏の方とも私達は友達なので、あえてあそこで話をしめたのだ。

人はいつもゆれうごく。

いい方にも、よくない方にも。

望は、その彼と別れた後、彼女の人生の中でもはじめての熱い恋をして、破れた。

そこから色々な出会いを繰り返し、今の旦那さんと結婚したのだ。

その旦那さんや、お姑さんとも何度も交流させて頂いているが、とてもよい人達だ。

そして、私と北と望、その別れた彼氏である敏也は、未だに友達付き合いがある。

「そんな事になって、今もお付き合いがあるって、すごいですよね! 人間関係なんて、長くなればなるほど、離れて行くことが多いじゃないですか。不思議だなぁ」

ミイコさんは感嘆するように言う。

そこで、時計を見ると21時を過ぎていたので、この日は解散した。

次の日は6時米子出発なのだ。

ミイコさんをホテルへ送っていこうとした北が、スタバの駐車場で間違えてドライブスルーに吸い込まれていったのは、ここだけの話にしてやろう。



遅刻


この旅で、ミイコさんからお願いされたことがあった。

「なぎさんの焼いたベーグル食べたい」

最近は、手作りの物を嫌う人が多いので、私が手料理を振る舞うのは、北、望、敏也くらいである。

ベーグルはパンの中でも手間のかからないものだし、私は気軽にOKした。

29日の夕方に焼けばいいかな?

だがしかし、それを北に伝えると、

「パンは焼きたてじゃなきゃ意味がない」

ですよねー。

私も北も、売ってるベーグルが美味しくなくて、納得いかず私が手作りしだして好物になったのだ。

試作まで作り、時間を計った。

朝、3時に起きれば出来るな。

「ミイコさんにサプライズか」

「もちろん」

こんな事を話せば、恐縮されて止められるだろう。

だけど!

私が焼きたいの! 美味しいのがいいの! 私がやりたいの!

「いや、止めやしないよ」

北は呆れたように笑う。

ミイコさんと別れた後、スチャッと寝て、2時半に起き(これは予測不能な弟の仕事トラブルで)、朝から優雅にパンを作り出したのだ。

こねおけ!

ベンチタイムおけー!

成形して発酵おけー!

さて、着替えるか……

その瞬間、私はある事に気がついてしまった。

寒いので発酵は、オーブン機能を使っている。

余熱の時間、計算に入ってないー!!

北も起きて、支度を終えている。

「約束の時間に間に合わないかも」

「え?」

「15分くらい、遅れる可能性が出た」

「まあ、時間的な余裕は十分あるし、朝は少し遅れても……2日続けてこちらが遅刻になるけど」

「やめてー」

余熱が終わり、茹でたベーグルをオーブンに突っ込んだのが5時40分くらい。

私も着替え、北も玄関前にスタンバイさせ、私はカウントダウンしていく。

「あと3分で焼き上がります! 」

「うーい」

「あと1分50秒後ー!」

「どこのパン屋だ」

笑いながら北は私の荷物を持ち、靴を履いた。

焼き上がりのベーグルを雑に包み、保温出来るバッグに突っ込んで、私はミイコさんにLINEする。


「すみません、15分くらい遅れます……」


奇跡


私は、待ち合わせで遅刻するのが死ぬほど嫌いだ。

待つのは気にならない。

自分が待たせるのがどうしてもダメで、常に15分前行動の人間なのである。

それが2日続けて遅刻なんて、どうしてだろう。

こんな機会は滅多にないのに、なんでうまくいかないんだろう。

悔やんでいると、腕の中のベーグルはホカホカで、それは私を慰めてくれるように、微かによい匂いを放っていた。

ホテルの前でミイコさんと無事合流し、その明るい笑顔に心からホッとする。

「時間は余裕あるのでどこか停めて朝ごはんにしましょうか」

北の言葉を合図に、私はミイコさんにベーグルの入ったバッグを渡す。

「えー! ベーグルですか? ……あれ? 温かい……。もしかして焼きたて? それで遅れたんですか!?」

ミイコさんは一瞬だけびっくりされて、でもとても喜んで下さった。

適当にコンビニに入り飲み物を買って、それを駐車場代に、そこでベーグルとコーヒーの簡単な朝ごはん。

(鳥取県民はこれでしょ)

当日の朝焼いたベーグルの写真は撮れる余裕もなかったので過去作。北はこの「ヘソベーグル」は納得いかないらしい。知るか。

(私がヘソベーグルを愛してる理由の本)

「これこれー!」

ミイコさんが嬉しそうに、まだ温かいベーグルを食べてくれた。

北に焼いてあげるのも久しぶりで、黙々と食べている。

「雨がやまないな」

北がフロントガラスを見つつつぶやく。

予定では晴れの予報だったのだけど、ずれ込んだのか深夜から雨が降っていた。

「でも、これから天気よくなる予報だから、鳥取砂丘に着く頃にはやんでるじゃない?」

「可能性は高いな、空は明るいし」

雲が薄い。

気象ニュースを見ると、徐々に晴れる予報だ。

お腹を満たした私達は、鳥取砂丘に向かった。

予定通り、砂丘には8時につく。

予定通りでなかったのは、私と北の遅刻と、天気である。

鳥取市に入っても、雨は振り続けていた。

自動車道を降り、砂丘へ続く細い道に入っても、やむ気配がない。

朝早いこともあり、駐車場に車はまばらで、冷たい雨と相まって淋しい印象であった。

「あ、でも少しだけ雨弱くなってる」

「そうですよね! 馬の背登れなくて、少しでも見れたら……」

北とミイコさんの会話を皮切りに、車の中で様子を見ていた私達は、外へ出たのだ。

その瞬間、激しく肩を叩く冷たい塊が降ってくる。

「え!?」

「雪?」

「あられだー!!」

3月30日、数年ぶりだ、こんなこと。

20年前に4月に雪が降って、汽車が止まったことがあるのだけど、多分それ以来の春の雪である。

私と北は呆然としてしまう。

ミイコさんは、鳥取砂丘に来ること、馬の背を登れることをとても楽しみにしていらしたのだ。

天気予報も毎日チェックし、晴天は望めないかもしれないが、雨、ましてやあられが降るなんて、思いもしなかった。

しかし、ミイコさんは、大はしゃぎで手を伸ばし、あられをすくう。

「見て見て! すごい! こんなに大きい!」

すごいな。

noteで記事を読ませていただいたり、コメントのやり取り、初対面の印象で、ミイコさんがパワフルで前向きであろうと頑張っていらっしゃるのは感じていたけれど、本当にどんな逆境でも、挫けないんだ。

胸に来るものがあり、つい黙っていると、

「あられもやんだし、雲も少し少なくなりました。馬の背、見に行けるかも」

北が空を見上げ、言った。

「行きましょう!」

一応傘を持って、あと、砂がついた足を洗う時に使うために持ってきたタオルを頭に巻いて、私達は曇天の砂丘に入り込んだ。

貸切の鳥取砂丘。レア。

雨は弱くなったけど、風が強い。、

私達は傘を閉じて、歩き出す。

「雨が降っていてよかったかもしれない。晴れていたら砂が滑って歩きにくいんですよ」

「そうなんですね! なんかツイてる!」

北とミイコさんの会話を聞きながら、私は無言だ足を進める。

冷たい空気が肺を刺す。

ゆっくり歩こう。

無理をしたら発作が起きる。

ゆっくり、息を吸い、吐く。

ことさらに、足取りもゆっくりと。

結構急です

馬の背の中間まで来た時、私は発作を起きるのを、予感した。

「ごめん」

前を歩く2人に、強風に負けないよう、できるだけ大きく声をかける。

「ごめん、私、もうここで無理だ! 登って! 馬の背登って、上から見える風景の写真を撮って見せて!」

声を出すのもキツかったが、私は言い切った。

北とミイコさんは、

「わかったー! そこで待っていて!  見てくるね!」

そう言って、馬の背の頂上を目指していく。

若干の淋しさを感じたが、鳥取の旅は始まったばかり。

今ここで、倒れる訳にはいかない。

ここでまた、告白をすると、私はミイコさんにお会いする数日前、発作で救急外来を受診したばかりだった。

北は、私が「諦める」という決断をしたことを、目で頷いて、褒めてくれる。


直接、冷たい風を吸い込まないように、馬の背に背中を向けて、歩いてきた砂地を見ていた。

ずっと貸切だった砂丘に、ご夫婦らしいお2人が、寄り添って歩いてこられる。

ゆっくり、ゆっくり、歩を進める。

私を追い越して行かれる時、年配のご夫婦なのだとわかった。

急がず、でもしっかりと、微笑みあいながら、馬の背のてっぺんを目指していく。

そのお2人が目の前を通ったあと、私の胸から聞こえていた異音は、止んだ。

え!? っと思った。

吸入も酸素もステロイドもなく、ここまでいきなり、発作が治るはずがない。

だけど、空気は優しく私の肺を満たし、スムーズに排気される。

私は、再び、ゆっくりゆっくり、亀のように、カタツムリのように、馬の背を、登りきったのだった。

「来ちゃった」

「えー!! なぎさん、すごい!」

「大丈夫なのか」

喜んでくださるミイコさんと、鋭く私の状態を確認する北に、私は笑う。

「なんだか、楽になっちゃった。ゆっくりなら登れたの」

「すごいよ! なぎさん、これって砂丘パワー!?」

ミイコさんとハイタッチして喜びを噛み締める。

馬の背から見下ろす日本海は荒れていた。

だが、1部空が明るく、青空が見える場所もある。

「すごい! 奇跡!? 」

「いやあ……ほんとになんだこれ」

普段、「奇跡」なんてものは信じてない北も、戸惑ったように空を仰ぐ。

私達は来た道を降り、先程までてっぺんにいた馬の背を振り返った。


そこには、青空と、先ほど私を追い抜いていたご夫婦のシルエットが、絵画のように美しく、あったのだった。

私も北も、スピリチュアルなことは信じない。

しかし、目の前の景色は、言葉通り「奇跡」のようにしか思えなかった。

この天気は、私達が駐車場に戻り、お土産屋さんに着いた頃には、また荒天に戻ってしまう。

傘をさし、その傘が折れるくらいの強い風の中、砂丘を目指す人たちを見ながら、あれはなんだったんだろう、不思議な気持ちになったのだ。


旅路


鳥取砂丘から、白兎神社へ向かう。

天気は崩れたままだ。

しかし、白兎神社はそんなに大きくないし、小雨なら傘なしでも大丈夫だろう。

ついた時、やはり小雨が降っていた。

人も多く、傘をさしていない人もいたので、私たちはさっとお参りするつもりで、神社へ続く階段を登る。

前に来た時と砂像が変わっていた。なんと12年前!
そんなに来てなかったのか! 


手水舎、前はこのうさぎの像無かったな
社務所にゴツイうさぎが

さらっとお参りをすまして、社務所へ。

ここのお守りは、うさぎモチーフのものが多く可愛いのだ。

ミイコさんは熱心に選んでいらっしゃる。

北はお守り自体に興味がない。

私とミイコさんがお守りを見ているあいだ、北は反対方向を向いていた。

退屈なのは分かるけど、もう少し……と北を睨みかけた時、北が壁に貼ってある新聞記事を読んでいたと気づく。


2年前の新聞記事であったけど、それを見た私とミイコさんの興奮は、再び頂点にたっしてしまう。

「なにこれ! 日々人だ!」

「え? ほんとに? え?フェイクじゃなくて」

日本のベンチャー企業が月着陸船打ち上げるなんて、そんな事が起こっていたの!?

宇宙兄弟の世界だ!

少女漫画しか読まなかった私に、北が勧めてくれて読んだ、今は大好きな漫画。

ミイコさんも宇宙兄弟がとても好きで、あの素晴らしい世界を全ての子供達に届けたいと、本の寄贈の為、日夜努力されているのだ。

夢を語ることが恥ずかしいと思っていた私を、ガツンと殴ってくれた作品だった。

今のあなたにとって……
1番金ピカなことは何?

夢を追うどころか、人間としての尊厳をなくしていた時、この言葉を読んでしまう。

傷ついた。

私には、何もない。どこにも、ない。

金ピカのものなんて。

それでも私は宇宙兄弟を読み終え、言い表せない情動を胸の奥に感じたのだった。

私は何がしたい?

私の中の、金ピカのものはなんだ?

……私は本が好き。

……私は文章を書くのが好き。


……私は物語の世界で、生きていたい。

今は言葉に出来ないほど
怖くて明日が見えないけど
一人で震える君のことを
信じてる
隣には僕がいるから

暗闇で沈んで何もかもなくしてもおかしくなかったあの頃。

私に差し伸べられた、北の、手。

そして、言葉にすることも出来ないと思い込んでいた、私の夢。

どんな形であれ、私は、文章を、物語を、書き続けたい。

あのどん底を抜け出して、noteでひっそりと文章を書き続け、そして、今、noteの向こう側にいたミイコさんと一緒に、夢の架け橋にたどり着いた人達に出会えた。

……「奇跡」は、足音を立てずに、忍び寄るんだ。

ミイコさんが、北の申し出を断って、汽車で鳥取砂丘にこられていたら、白兎神社には寄れなかった。

もちろん、この新聞の切り抜きを見ることはなかったのだ。

感動と歓喜が混ざってぐちゃぐちゃになった私達は、そのまま倉吉方面へ。

ちょうどよく、お昼時につく。

ミイコさんが食べたいと仰った牛骨ラーメンを一緒に食べるのだ。

ここにも、前日、ちょっとだけ私と北の計画の狂いが生じていた。

「牛骨ラーメンって、やっぱりこってりしたかんじなんですか?」

そう尋ねられたミイコさんに、北は、

「どちらかと言うと、あっさり目な」

「あっさり……」

もう、ミイコさんのワクワクが、しょぼんと沈んで行くのが見えるようだった。

牛骨ラーメンはこってりもある。

北の行きつけがあっさり目というだけだ。

ここは予定を変更して、望がオススメしてくれたお店に行こう。

ただ、むちゃくちゃ混むらしいんだよな、だから避けたんだけど、今から向かうなら、開店同時に入れる。

「京都ラーメン」というのぼりのせいで、牛骨ラーメン出していると知らなかった。

開店5分前に到着。

車の中で待って、開店同時にお店に入る。

にぎやかにメニューを見ながら、3人ともお店イチオシの、牛骨ラーメンの牛すじトッピングを選ぶ。

牛骨ラーメン発祥の地の人だから、何度も食べてきたけれど、今まで食べた牛骨ラーメンの中で、1番美味しかった。

あっさりした味わいが牛骨ラーメンだと思っていたけれど、豚骨のような癖もなく、でも濃厚なスープに、びっしりと牛脂が浮かんで蓋の役目をするから、かなりかき混ぜないと湯気も出ない。保温されているのだ。

私はチャーシューが苦手だが、ここのチャーシューは美味しくいただけた(牛すじトッピングなのにチャーシューも入ってた)。

牛すじもたっぷり、私の好きなアキレス腱多めで、トロトロしてするすると口の中に入っていく。

「美味しかったー」

お店を出て、私達は満足の伸びをする。

私達が入店してからあっと言う間に席は埋まり、待っている人もいたので、タイミングよく美味しいラーメンが食べられてよかった。


妖怪


最初のミイコさんの予定では、この後水木しげるロードに行く、で旅は終わる予定だった。

しかし、ルート検索して、そこまで時間がかからないなとわかった時、私はミイコさんをある神社にお連れしたいと思ったのだ。

それは、島根の端にある、美保神社。

私の住まいから車で30分ほどの場所にあり、私が1番好きな神社である。

出雲大社と両参りすることで、よいご縁にも恵まれる。

人とのご縁を何より大切にされるミイコさんには、なおさらオススメしたい場所である。

相変わらず雨はやまない。

お昼になったら、天気になる予報はどうした。

お喋りしながらも、イライラと空を見上げるが、そんなことで雨がやむはずもなかった。


松江水道を渡り、島根県に入る。

雨が強まる。

おいおい。

またタオル頭巾で参拝かー……

そんな事を思いながら、海岸線を走る北の車の中で揺れていた。

そして、美保神社がもうすぐ、という時、雨がやんだ。

「やんだね……」

「やんだというより、降ってなかったんだ。道路乾いてる」

「えー!? なんで、すごいー!」

各々の思い共に、美保神社に到着。


小さな港町にある神社は、表は海、裏は山で、常に清涼な風が吹いている、そんな場所だ。


「すごい、本当に空気が違う気がする」

ミイコさんは真剣な目で拝殿を拝む。

美保神社の御祭神は、

事代主神(ことしろぬしのかみ)

( 恵比寿様。大国主神の子供達)

三穂津姫命(みほつひめのみこと)

(大国主神の妻)

である。

どちらも、五穀豊穣、商売繁盛などご利益があるが、音楽の守護神でもあるのだ。

私は楽器や歌を歌うことはないが詩を書くので、他の神社より贔屓にしてしまう。

よい空気を吸い、浄化されたような気持ちで、私とミイコさんはお守りを見に行く。

私は地元なのでお守りはそんなに買うことがないが、ここの、チャームのついたおみくじが好きだ。

ミイコさん興味があるということで、2人で引いた。

ミイコさんの引いたクジには、カエルのチャームがついていた!


ミイコさんと言えばカエルだ!

「すごーい!!」

今日何度目だのすごーいが出る。

語彙力がなくなるほど、思いもしなかった事がおこり、私達ははしゃいでしまう。

ちなみに私は亀だった。


手前が今回の亀。チャームコンプしてるけど、今近くにあるのがこれだけだ。

私は鳥取砂丘で、亀のように、ゆっくり、ゆっくり、馬の背を登ったことを思い出す。

亀のようにゆっくり、だけれど確実に、前に進めばいいじゃないか。

おみくじも大吉。


1番気になる健康運。病気は見かけより重いことがある、が気なるが……


何となく神聖な気分で美保神社を出て、ようやく水木しげるロードへ。

日曜日の水木しげるロードは混んでいるだろう。

駐車場空いてるかな?

私と北が水木しげるロードに来るのは、だいたい平日の午前中だから、駐車場に困ったことはないのだけど……

そう思いつつ、境港についたのだが、ここで北が、駐車場の場所を間違える。

「1本筋を間違えた」

「あるあるだね」

細い路地に入り込んでしまう。

後続車がいないので、延々とバックして道に復帰し、目的の駐車場にたどり着いた途端。

「雪だ……」

「吹雪いてるね……」

美保神社の天気、どこ行った!!

空は暗く、雪は激しい風に煽られて、散り散りに遠くへ飛ばされていく。

この天気でも、果敢に傘をさして水木しげるロードに向こう人もいたのだけど、私達は様子を見をした。

「でも、これってラッキーでしたよね!」

突然、ミイコさんはこう言う。

「北さんが間違わず駐車場につけていたら、私達、この天気の中、外に出ていたといことでしょう? そう考えると、朝、お2人が遅れて来てくださったおかげで、鳥取砂丘の馬の背も雨がやんでるタイミングで行けたじゃないですか! あれより早くても遅くても、雨か雪が降っていて、馬の背登れませんでした!」

おー!

これが本当の陽キャパワーだ!

私と北は、心の底から陰キャ(今こんな言い方するのかな)なので、あまりの神々しさに目を細めてしまう。

受取方って大切なんだ。

それだけで、アンラッキーが一瞬で「最大ハッピー」にひっくり返る。

車で少し待ったら、雪はやむ。なんだほんとに。


前からある店、新しい店。

北と2人なら寄らないお土産屋さんを周り、私は物珍しさでワクワクしていた。

地元民あるあるだと思うけれど、意外と地元民銘菓って知らない。

今度、神戸の友達が帰ってきたら、久しぶりに境港に来るのもいいかなー。

そんな事を思いつく。

ミイコさんは、水木しげるロードはお土産屋さん巡りが目的だったのだけれど、お目当てが手に入ったようでよかった。

水木しげるロードを歩いている時、少しばかり雪が降ったが、商店街の屋根の下にいて影響はなく、駐車場に戻る頃にはその雪はまたやんだ。

妖怪に化かされている気分であった。


希望


まだ16時前であったけれど、北はミイコさんをホテルに送ると言う。

その時は口にしなかったが、前日から出雲観光、早朝からの移動、荒天での鳥取砂丘が、女性の体に過酷ではないかと心配していたらしい。

(それは杞憂だったと、あとでミイコさんにお聞きした。1人米子を楽しまれたようでよかった)

また、具合は良さそうだけど、私の体調が気になったようだ。

ホテルまでの道筋も、私とミイコさんは色々な事を話す。

これからもnoteで交流はあるだろう。

でも、もうリアルには会えないかもしれない。

ありあまるようにあった時間は、砂時計の最後の1粒のように、落ちた。

ホテルの前で私達は別れる。

ミイコさんはずっと手をふっていた。

私も見えなくなるまで、手をふる。

さようなら。

元気でいてね。

また、noteで会おうね。

色んな気持ちを、手のひらに乗せた。

私の自宅に帰り、お茶を挿れ、ミイコさんのくれたお土産を北と食べる。

「すごい人だったな」

「うん」

「俺たちとは人種が違った……コロナの自粛で落ち込むなんて、考えられない」

そこかよ!


車の中で、ミイコさんが

「コロナの自粛中、お2人はどうでした? 私、結構落ち込んでしまって……」

そんなお話をされたのだ。

「僕達、元から引きこもりなので、何の影響も……」

「あー、クラスタとか、なんで横文字なんだ? って怒っていたね」

「ロックダウンとかな」

「そこなんですか!?」

そんなふうに思い出しながら話す北も、嫌な気持ちになっていないのは伝わる。

「元気もらったな」

「うん」

「それなら、君はもっと体調気を付けて、それを無駄にしないようにしろよ」

日が暮れる頃、北も帰った。

私は、一人になって、ぽつぽつと日記を書く。

ミイコさんのやり取り、会話、感情の動きを、なるべく取りこぼさないように、残しておく。

そして、ミイコさんの記事で知っていた、このメンバーシップに入ることを、その夜決めたのだ。

私は、北に守ってもらわなくは生きていけない弱い存在だ。

そんな私が誰かを助けようとするなんて、おこがましい。

このメンバーシップには色々なプランがあるけれど、継続しやすいのは、100円のプランだ。

そんな額、本当に意味があるのか?

自販機で、ジュースも買えない。

そんなふうに、「出来ない」事を数えていた私。

だけど、リアルミイコさんにお会いして、私のなにかが変わった。

すぐには大きく変わることはないだろう。

でも、最初の1歩を踏み出さなければ、始まらない。

私の100円が、みんなの100円になり、積もり積もって、100万円に。

ただの100円じゃない。

幸せな100円に。

ミイコさんに会うことを躊躇した私が、実際に会ってからは、ずっと楽しく笑っていたように、変化は、悪いことじゃない。

ゆっくり、ゆっくり。

亀のように。

最初の1歩を、踏み出そう。

私のなかの枷を、断ち切るきっかけを作ってくださったミイコさん、本当にありがとうございました。

もしもまた、お会いすることができるなら、その時はもっと元気で、もっと自分に自信のある、新しい「なぎ」で会いましょう!



鳥取の端から端まで移動した






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