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赤ちゃんがNICUにいるママへ。何もできないって、自分を責めなくていい

※この記事は、私自身の出産・育児の体験談をもとに書いています。
※医療的な判断や専門的なアドバイスを目的とした記事ではありません。
※お子さんの状態や成長、治療について不安がある場合は、必ず医師や専門機関へ相談してください。
※本文には、早産・超低体重児出産・NICUでの経験に関する内容が含まれます。つらい記憶を思い出す可能性がある方は、無理のない範囲で読んでください。

赤ちゃんがNICUにいる間、
私は何度も「私は母親なのに、何もしてあげられない」と思っていました。

保育器の中にいる小さな体。

たくさんの管や機械。

触れることすら慎重で、
抱っこも簡単にはできない。

赤ちゃんが生まれたら、抱っこできるものだと思っていました。

胸に抱いて、顔を見て、泣き声を聞いて、
「生まれてきてくれてありがとう」と言えるものだと思っていました。

でも、私の次男は553gで生まれました。


産まれてすぐの次男の写真。本当に小さかった。
肌は茶色く透明感があって、腕や脚は私の指の太さほどでした。

しかも、地元ではなく、
飛行機で行くような旅行先での出産でした。

生まれてすぐNICUに入り、
私はただ、保育器の外から見守ることしかできませんでした。


「病院にいるなら安心」でも、親の心は安心できない


周りからは、悪気なく言われることがあります。

「病院にいるなら安心だね」
「先生たちが見てくれてるなら大丈夫だね」
「今は医療が発達してるから」

もちろん、その通りです。

先生や看護師さんたちは、本当に一生懸命に赤ちゃんを見てくれています。

私も何度も助けられました。

でも、それでも親の心は簡単には安心できません。

病院から電話が来るたびに、心臓がぎゅっとなる。

面会に行く前から涙が出る。

赤ちゃんの体についている管を見るたびに、胸が苦しくなる。

小さな体で頑張っている我が子を前にして、
「頑張って」と言うことすらつらくなる日がある。

安心したいのに、安心できない。

大丈夫だと思いたいのに、どうしても怖い。

私はずっと、そんな気持ちの中にいました。


母親なのに、何もしてあげられないと思っていた


NICUにいる次男を前にして、
私ができたことは本当に少なかったです。

搾乳した母乳を届けること。

面会に行くこと。

保育器に手を入れて、そっと体に触れること。

先生の説明を聞くこと。

無事を祈ること。

それくらいしかできませんでした。

そのたびに思いました。

「母親なのに、何もしてあげられない」

「もっとお腹の中にいさせてあげたかった」

「私のせいなのかな」

誰かに責められたわけではありません。

でも、自分で自分を責めていました。

小さく生まれた子の親は、
きっと一度は考えてしまうんじゃないかと思います。

あの時こうしていれば。
もっと早く気づいていれば。
もっと安静にしていれば。
旅行に行かなければ。

考えても答えが出ないことを、何度も何度も考えてしまう。

でも今なら、あの頃の自分に言いたいです。

「何もできていないわけじゃなかったよ」

そう言ってあげたいです。


面会に行くことも、祈ることも、ちゃんと母親だった


当時の私は、
「抱っこできない」
「お世話できない」
「ミルクを直接飲ませてあげられない」
そんなことばかりを数えていました。

だから、自分は母親らしいことができていないと思っていました。

でも今振り返ると、違ったと思います。

面会に行くこと。

小さな手に触れること。

母乳を届けること。

先生の話を聞くこと。

病院からの電話に怯えながらも、ちゃんと向き合うこと。

ただ祈ること。

それも全部、赤ちゃんを思っているからできたことでした。

何か特別なことをしていなくても、
泣いてばかりでも、
不安で押しつぶされそうでも、
赤ちゃんのことを思い続けている。

それだけで、ちゃんと母親だったんだと思います。


退院したら不安が終わるわけじゃなかった


私は当時、
「退院できたら安心できる」
と思っていました。

でも実際は、退院してからも不安は続きました。

体重は増えているかな。

ちゃんと飲めているかな。

発達は大丈夫かな。

目は大丈夫かな。

周りの子と比べて小さすぎないかな。

保育園に通えるのかな。

小学校に入れるのかな。

赤ちゃんの頃だけじゃありません。

保育園に入っても、卒園しても、
小学生になった今でも、
ふとした瞬間に心配になることがあります。

小さく生まれた子の育児は、
「退院できたから終わり」ではありませんでした。

不安の形が変わりながら、
ずっと続いていくものでもありました。

でも、それと同時に、喜びもたくさんありました。

体重が増えた。

ミルクを飲めた。

首がすわった。

歩けた。

しゃべった。

保育園に通えた。

卒園できた。

ランドセルを背負えた。

ひとつひとつが、私にとっては当たり前ではありませんでした。

だからこそ、小さな成長が本当に嬉しかったです。


周りと比べて苦しくなる日は、昔の我が子と比べるようにした


小さく生まれた子を育てていると、
周りの子と比べてしまうことがあります。

同じ年齢の子より小さい。

できることが少しゆっくり。

集合写真を見ると、身長差がわかる。

何気ない日常の中で、心がざわっとする瞬間があります。

「比べなくていい」
「その子のペースでいい」

そう言われても、
親だからこそ気になってしまうことがあります。

私もそうでした。

でも、少しずつ意識するようになったことがあります。

それは、周りの子とだけ比べるのではなく、
昔の次男と比べることです。

553gで生まれたあの子が、
今、ごはんを食べている。

歩いている。

笑っている。

学校に行っている。

ランドセルを背負っている。

そう考えると、
周りとの差ではなく、次男自身の成長が見えるようになりました。

不安が消えるわけではありません。

でも、少しだけ心が楽になる日が増えました。


今、不安の中にいるママへ


今まさに、赤ちゃんがNICUやGCUにいるママへ。

病院からの電話が怖い日があると思います。

面会の帰り道に泣いてしまう日もあると思います。

周りの言葉がつらく聞こえる日もあると思います。

「大丈夫」と言われても、
大丈夫だと思えない日があると思います。

前向きになれない自分を責めてしまう日もあるかもしれません。

でも、無理に前向きにならなくていいと思います。

泣いてもいいです。

怖くてもいいです。

不安でいっぱいでもいいです。

赤ちゃんを思っているから、不安になるんだと思います。

大切だから、怖いんだと思います。

何もできていないように感じても、
あなたはちゃんと赤ちゃんのことを思っています。

それだけで、本当にすごいことです。

今日、面会に行った。

今日、搾乳した。

今日、先生の話を聞いた。

今日、赤ちゃんのことを考えた。

今日、泣きながらでも一日を越えた。

それは全部、ちゃんと頑張っている証拠です。


私の詳しい体験を、別の記事にまとめています


私は、旅行先で突然破水し、553gの次男を出産しました。

NICUでの日々。

2度の手術。

我が子を置いて退院した日。

月に1回、新幹線で4時間かけて会いに行った日々。

退院後も続いた不安。

療育に通ったこと。

そして、小学生になった今のこと。

その全部を、別の記事にまとめています。

かなり個人的な体験や当時の正直な気持ちを含むため、有料記事にしています。

でも、同じように小さく生まれたお子さんを育てている方や、今まさに不安の中にいる方に、少しでも届いたらいいなと思っています。

読んでみたい方は、こちらから読めます。↓


最後に


小さく生まれた子の育児は、簡単に語れるものではありません。

不安が消えない日もあります。

周りと比べてしまう日もあります。

大丈夫だと信じたいのに、怖くなる日もあります。

でも、その不安を抱えながらも、
今日もその子のことを思っている。

それだけで、あなたはちゃんと頑張っています。

どうか、今この文章を読んでいるあなたと、
あなたの大切な赤ちゃんの毎日が、
少しでも穏やかなものでありますように。

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