「私は、ただ“生きて”いる」── 働く、遊ぶ、旅する。それはすべて、感じること。
ある冬の日、静かな森の中にいた。
風の音しか聞こえない場所で、ただ立ち止まって深呼吸する。
空気が肺の奥に届くたび、「あぁ、今、生きてる」と実感する。
私には拠点がいくつかある。
東京、白馬、そして時々訪れる地方。
いわゆる多拠点生活をしている。
仕事は、オンラインで完結する日もあれば、対面での講座やコンサルもある。
「非日常」と「日常」
「オン」と「オフ」
「働く時間」と「休む時間」
私の暮らしには、これらの線引きがあまり存在しない。
白馬のスキー場で滑り、雪山に登り、山菜を摘み、富山の海でホタルイカを掬い、オンラインで仕事をし、都心で講座を開き、地方の顧問先へ伺い、対面の仕事が空けられたら、また自然の中へ。
自然と都市を行き来する多拠点の暮らしは、
どこか特別に見えるかもしれないけれど、
私にとっては、それが普通。
白馬での生活は非日常感があって良いですね!と言われることもあるけど
非日常と日常の線引きはなく、どっちも私の毎日。
「仕事とプライベートのバランスを取らなきゃ」
そういう発想自体が、私にはもうない。
「旅するように暮らす」「遊ぶように働く」
そんな言葉がぴったりなライフスタイルかもしれない。
でも、もっとシンプルに言うなら――
私は、ただ “生きて”いるだけ。
生きるとは、五感をフルに使って感じること。
景色を見て、風を感じ、香りをかぎ、音に耳を傾け、身体で動く。
誰かと深く関わり、感情を共有し、場をつくる。
学びを届けたり、対話を重ねたり、創造の種を耕したり。
心が動く瞬間に立ち会う。それは仕事であって、同時に遊びでもある。
むしろ、どちらかにラベルを貼る必要は、もうないのかもしれない。
つまり私にとって、「働く」も「遊ぶ」も、ただ「生きる」という一つの営みの中にある。
自分の感覚に素直に、
自分の感性を信じて、
今日も私は、“ただ生きている”。
そんなふうに暮らしていると、「やる気」や「努力」みたいな言葉すら、あまり使わなくなる。
ただ、自分のリズムで、心に従って、生きている。
それだけで、エネルギーは巡るし、自然と人とのご縁も広がっていく。
自分のいる場所。
関わる人たち。
感じたい景色。
これらを、他人の価値観じゃなく、自分の感覚で選び取っていく。
それが私にとっての「豊かさ」であり、「生きる」ということ。
誰かの価値観で“ちゃんと生きる”より、
自分の価値観に従って“いまを生きる”。
それだけで、世界の見え方は変わる。
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