第5節 「正義の味方」の裏面―川内康範の哲学とその射程
川内康範が「正義の味方」という言葉に込めた謙抑的な哲学――正義その
ものにはなれず、あくまでその「側」に立とうとするに過ぎないという自己規定――そして「正義の味方」という言葉自体が川内の造語ではなく、徳富蘇峰・内村鑑三の著作や『黄金バット』にすでに用例が存在するという事実は、第8章第1節ですでに詳しく確認した通りである。
この謙抑的な自己規定を踏まえたとき、本章で見てきたショッカーのような悪の組織もまた、単純な「悪そのもの」としてではなく、それぞれの内部
論理においては、自らの使命を「正義」として自任していたはずだ、という逆説が浮かび上がる。「正義の味方」と「悪の組織」は、どちらも自らの
行動を何らかの「正義」に基づいて正当化するという構造そのものは共有しており、両者を隔てているのは、その正義を「自分自身がそれそのものだ」と僭称するか、あくまで神仏の「助っ人」に留めるかという、謙抑の有無である。ショッカーの幹部たちが体現した文明批判の身振りも、突き詰めれば一種の「正義」の自任であり、川内が退けた「正義そのものになる」誘惑に、そのまま呑み込まれた姿だと言える。この対比は本書独自の比較にもとづく仮説であり、川内自身がショッカーとの対比を語ったわけではないことを断っておく必要がある。
なお、この謙抑的な自己規定を、川内自身が生涯変わらず貫いたわけでも
ない。2007年の「おふくろさん騒動」を経て、川内は世相を鑑み、小説版『月光仮面』の再版にあたって「憎むな、殺すな、赦しましょう」の結句を「憎むな、殺すな、訊問粛正(ただ)せよ」へと改めている[i]。「赦す」
から「訊問粛正す」への変更は、無条件の赦しという理念そのものが、老境の川内にとってもなお、単純に貫き通せるものではなかったことを示して
いる。
「正義そのものにはなれない」という自己規定と、「毎週新しい怪人を
倒される」という量産の要請から生まれた組織悪―本章は、この両極から、特撮における「悪」がいかに時代とともにその姿を変えてきたかを見てきた。ショッカーの発明、幹部という物語装置、怪人の身体に刻まれた寓意と制約、そして共感できる悪役の登場。これらはいずれも、単純な勧善懲悪という建前の下で、絶えず揺れ動いてきた。次章では、この悪役たちと、それを演じ、あるいはその身体を実際に動かしてきた者たち―スーツアクターという職業―に光を当てる。
[i] 石橋春海「川内康範生前インタビュー」『'60年代蘇る昭和特撮ヒーロー』コスミック出版、2013年、128頁。ちなみに、「おふくろさん騒動」とは、川内康範が作詞し、森進一が歌唱した楽曲「おふくろさん」に、森が川内に無断でイントロ前に語りを追加して歌唱したとして、川内が森に対して同曲の歌唱を禁止したことで2007年に発生した騒動である。「川内氏が激怒「おふくろさん騒動」てん末」日刊スポーツ2008年4月7日参照。
