心が悲鳴を上げた日|努力しても「得られない何か」があると思った。
誰しもふと、自分の「心の中に醜さ」を感じたことはあるのではないでしょうか。この記事は人の内面に関してかなり直接的な表現があります。私はあえて当時思ったこと、書き綴った日記をそのまま記事にしました。
感じ方は人それぞれだと思います。もし苦しくなったり、不快な思いをされたらすみません。
私は持病があり、人生の行き詰まりも、生きづらさも感じてきました。
私の願いとしては、同じように「心に鉛を抱えた方」に寄り添うことができたら、孤独を少し減らせたらと思っています。
なんだか今日は
むしゃくしゃしていました。
患者Aさんが
「eirinさんと結婚するの!」
と言っていて、
看護師さん方が
「eirinさん、eirinさんの意思、
関係ないからね」
と言っていました。
やっぱり私は
幸せになりたいのかもしれません。
なぜ、産休中の方の仕事を
全て私がやらなきゃいけないのか。
仕事をしながら、
イライラしてしまいました。
本当に私は最低な人間です。
どう生きていったら
いいでしょうか。
【振り返り】
実はこの記事の数日後のお話し。
私は疲れていました。
テレビで独身の方が、
産休や育休をとっている方の分の
仕事をして、
残業をしているニュース。
私はそこまでの残業はなかったけど、
一人だからなんでもできて当たり前だし、
でも私は必死に前向きに捉えていました。
そして外の世界を見なきゃと思いました。
今からすごい酷いことを言います。
当時はっきりと
こんな気持ちがありました。
どうして見た目もそこまででないのに、
あの方が結婚できて、あの方には子供もいて
若くて細くて身なりも綺麗にしている私が
結婚できないのか。
「私の方が綺麗じゃないか。
マッチングアプリでも
上位数%の人気会員じゃないか。」
「だから私にはアドバンテージがあるから
あの方が結婚するのを許す。」
非常に奇怪な納得の仕方をしていました。
だって私は、
私は話し方にも気をつけているつもり。
会話後の反省も1人でしている。
マシンピラティスで体型も管理して、
美人ではないけど見た目も整えているつもり。
それが結果として出ているはずなのに。
結婚したいわけではない。
子供が欲しいわけではない。
だから別にいいんだけど、
いいんだけど、
なぜだ?
てんかんだから?
ねえ、なんで?
なんでこんなに不快な気持ちになるのだろう。
こんなに精神科で
人の心をみているはずなのに、
私は、とてもとても、性格が醜い。
こんなに検査以外の他部署の仕事も
頑張っているのに報いがない。
私は自分の価値を信じて、
私は1人で生きていける。
仕事を頑張らなきゃ。
自分を律して
汚れた心を綺麗にして保ちたい。
自分の価値を落とさないためには
仕事を頑張る。
外に出て何かしらの刺激を得ないと。
そんな気持ちが
ブワっと込み上げてきて、
自分で自分の首を絞めていました。
ひどいことを言ってしまって
ごめんなさい。
一周回って痛感しています。
みなさん素敵です。
ただ私には
「努力しても得られない何かがある」のではと
感じた日だったのでした。
今は、どうだろう。
以前ほど尖ってはいないはず💦
だんだん、自分がどうしたいか
わかってきた気がします。
私は普段、患者さんや皆さんと「職種の垣根」を超えて“ラベル”を取り払った会話をしてきたつもりでした。しかし心が追い詰められた私は、皮肉にも「人気」というラベルにしがみつき、いろんな「肩書き」をもつ方と会うためにマッチングアプリを続けるのでした。
不思議な出会いがパラパラとありました。その度にチクリと心が苦しくなるのです。それは「自分を知る痛み」でもあり、「自分を信じて生きる」ための強さにもなりました。
私の出会いはいつも、異性との出会いではなく、自分が恐れるものと向き合うために、別世界の方と交流しながら歩む「心の冒険」のようでした。
最後に:ご結婚されている方、お子さんがいらっしゃる方、それぞれの人生があり、私はそんな多様なみなさんと交流ができることを嬉しく思います。当時の私は人それぞれの幸せの形を見る余裕もなく、自分の価値観に凝り固まって、ある種の「自分の理想像」を求めていたのだと思います。今の私は理想ではなく、「信念を持ちたい」と思います。
※登場する人物や会話は、心の記録をもとにした創作です。
