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小説日本建国譚7「序6:もし朝鮮半島がなかったら?」

私の記事、小説日本建国譚2「序1:日本古代史の七つの疑問」の5)、6)で、中国や朝鮮半島と古代日本との関係についての疑問を挙げました。

私たちは東アジアの一員として、日本・韓国・北朝鮮・中国・モンゴルなどと仲良くしたり、喧嘩をしたりしながら歴史を作ってきました。
日常生活でも、隣近所とは必ずしも仲が良いわけではないですよね。
現在の国際関係も同じで、特に韓国とは関係がギクシャクした状態が長年続いています。

理由の一つは私たち日本人も内心わかっていて、日本が1910~1945年の間、李氏朝鮮を植民地支配したにも拘らず、その過去への謝罪が、少なくとも「被害者」側の心が晴れる形で日本側からきちっとされていないためです。

私のような「天然記念物」の老日本人には、明治以来の「日本人優秀論教育」が産み出した中国人・韓国人に対する蔑視意識が、それこそ戦後生まれにも、洗っても消えない「汚物の匂い」のように体に纏わり続けています。

日本人の中には「朝鮮半島が無くなれば良い」と思う向きもおられるでしょう。

そこで、では「もし」朝鮮半島が存在しなかったら、日本の現在の姿がどのようになっていたのかを、勝手に妄想して見ました。

最終氷期に日本列島に到達した旧石器時代人は、その後氷期が終わり海面上昇に伴い、4周海に囲まれ孤立状態になりました(縄文海進)。
彼らの後裔と考えられる縄文人は日本列島で、狩猟採集を主に紀元前一万二千年くらいから生活していました。
そして紀元前千年頃から弥生人と呼ばれる人々が稲作文明を帯同して大陸から渡来したとされています。
面白いことに、稲作と結核は一緒に渡来したとの研究結果があります。
長江周辺の5千年前の人骨に結核の痕跡が見つかり、日本でも約二千年前の鳥取県青谷上寺地遺跡でも確認されています。そして研究者によりますと、韓国やベトナムでも水田稲作の導入期に結核が確認されているそうです。

ところで、私たち現代日本人は、先住土着の縄文人と、大陸から渡来した弥生人との混血だそうです(・・・当たり前のようですが)。

ここで、もし朝鮮半島が存在しなかったら、弥生人・稲作・結核が日本列島に渡来しなかったと考えられ、私たち現代人は縄文人の遺伝子が濃厚な容姿をしていたと考えられます。

また、日本列島に稲作の到来が弥生時代でなかったとしたら、いつ頃になったでしょうか?

想像がつかないのですが、縄文人は狩猟採集とは別に、アワ・ヒエの栽培もしていたということですので、食生活は維持でき、その生活が相当長く続いたと考えられます。
その分栄養面では不足気味で、人口増加も緩やかだったのかもしれません。

稲作の到来は、14世紀の明の時代、官民ともに積極的に海外交易で進出したため、この時代だったのかもしてません。

では、文明の伝播はどうでしょうか。

現在の日本文化の基礎は中国文明です。

中でも「漢字」は日本列島に「書き言葉」文化を生みました。

それまで文字を持たず、「話し言葉」だけでコミュニケーションを取っていた社会に、記録を残すことが出来る「漢字という文字」が遅くとも7世紀には入ってきたのです。

当初は固有の言葉(口語)と漢字(文字)の整合性を取るために苦労し、試行錯誤の結果「万葉仮名」を編み出し、それが「ひらがな」に変わり、さらに「音・訓」が整備され、そして、漢字を生かした日本の文字文化が完成しました。

朝鮮半島でも同様に、土着の「話し言葉」と新着の漢字「書き言葉」の整理に戸惑い、生み出されたのが「ハングル」だったとされています。

漢字の導入と同時に、儒教・中国仏教など「思考」「哲学」の基礎となる中国文明も導入されました。
その結果、日本列島でも思考の高度化が進み、広範な国の統治が可能となり、生活慣習や価値観も複雑化・高度化しました。

中国文明が咀嚼・吸収された後、「国風文化」が生まれ、日本独自の文化的発展がなされました、それが平安文化から江戸文化へと繋がったのです。

現在、日本独自の文化は、朝鮮半島・中国とは趣の異なるものとなりましたが、しかしどこかで大陸文化と底通している部分があります。

日本には元々の文化の土壌があり、それは日本列島の気候・風土でした。

しかしその土壌に中国文明という栄養剤が注入された結果、文化は飛躍的に成長し花開いたのです。
すなわち、中国文明という滋養がなければ、その奥深さや幅広さは得られなかったと考えられます。

しかし面白いのは、中国の歴代王国は、「東夷の海原に浮かぶ島嶼でしかない」と、ほとんど日本列島に興味を示しませんでした。
漢民族でなく、モンゴル民族の元による「蒙古襲来」はまさに例外でした。

実は、中国文明は、名も無い無数の中国や朝鮮半島の民衆が持ち込み、そして彼らは日本列島の新な民として土着民と同化し、定住していったのです。

ではもし朝鮮半島が存在しなかったとしたら、漢字をはじめとした中国文明の流入はどうなっていたでしょう。

下の仮想地図を見てください、朝鮮半島を消しています。

フィリピンと日本列島の大陸までの距離の比較

図に示しましたように、フィリピンから中国大陸までは約600km、一方、もし朝鮮半島が存在しなかったら、日本列島から大陸までは更に遠く、約700kmになります。

フィリピンの文化には漢字の伝来など中国文明の影響はほぼ皆無です。

ここから言えることは、古代中国にとって、官民ともに600km以上の距離は人の交流には遠すぎたのです。

そして仮に、朝鮮半島が存在しなかったならば、日本列島もフィリピンと同様に大陸との人の交流が無かったと考えられます。

すなわち、漢字を始め、あらゆる中国文明が日本列島には到達しなかったと言えるわけです。

ではその場合、日本列島はどのようになったのでしょうか。

15世紀からヨーロッパで大航海時代が始まり、ポルトガル、スペインなどが太平洋にも進出してきて、1543年にはポルトガル人が種子島に漂着し、日本に鉄砲が伝来しました。
当時、日本は群雄割拠の戦国時代で、国は乱れていましたが、戦国大名たちは高度な統治手法でしっかりとそれぞれの国を治めていました。
当時の日本は、西洋の国々から見ても、高度に文明化され統治の行き届いた国で、彼らに付け入る隙を与えませんでした。
その根元は、古代中国文明を導入し、長い年月を掛けて培ってきた「国家を統治する知恵と能力」でした。

一方、フィリピンは、同時期スペインの植民地となりました。
更に、19世期中頃にはアメリカが太平洋に進出し、植民地獲得を目指した結果、1898年には米西戦争があり、フィリピンをスペインから奪っています。

仮に朝鮮半島が存在せず、日本列島に中国文明が伝来していなければ、15世期半ばから始まった大航海時代に、文明的に遅れた地域として、西洋諸国の植民地になっていた可能性は大きかったでしょう。

ペリーの黒船来航は1853年でした。
ペリー来航の目的の一つは、日本列島の植民地化だったのかもしれません。
日本列島はそれこそ51番目のアメリカの州になっていたかもしれません。

もっと悪いシナリオとしては、ロシア領になっていた可能性もあります。
ロシアは19世紀に極東進出の企みを持っていました。
明治政府が慌てて北海道に屯田兵を送り込んだ最大の理由は、ロシアが当時まだ手付かずだったこの地に興味を示したからでした。
日露戦争も、原因の大本はロシアの極東進出だったのです。
私たちはプーチン率いるロシアで、少数民族としてウクライナ侵略で、北朝鮮兵士のように、ロシアの尖兵として戦場に送られていたかもしれません。

別の最悪のシナリオは、日本列島がアラスカのように、米露のディールの材料に使われて、日本列島がどこかで分断され、北はロシア語、南は英語を話す地域にされていたかもしれません。

以上は私の単なる妄想です。

しかし、好き嫌いは関係なく、日本・中国・朝鮮半島は「半島」の存在により、同じ中国文明をルーツに持つ地域となって現代社会に至ってきたのです。

現在の「日本」はまさに「朝鮮半島の存在が作り上げた国」とも言えるのです。








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