好きをテーマにしたZINE、入稿しました
予定していた締切日に、「好き」をテーマにしたZINEを入稿した。見本誌もできていたので余裕があるつもりでいたが、ふたを開けてみれば、実際はかなりぎりぎりであった。
今週末は、子どもが出演させていただくコンサートがある。私はその記念品準備を担当する係のひとりであり、例年この時期は変更につぐ変更で落ち着かない。
週末はそちらにかかりきりで、ZINEを手に取る時間はほとんどなかった。それも想定のうちであったが、母としては再会につぐ再会の濃密なひとときでもあり、そうした時間を経て原稿を読み返すと、やはり手を入れたくなった。結局、最後の最後まで修正を続けることになった。
表紙は、見本誌のときのデザインをベースに、少しだけ手直ししてそのまま使うことにした。スマホで撮ったミモザの写真である。画面で見たときは、朝日が差し込む感じも構図もしっくりきていて、お気に入りの一枚だった。しかし見直してみると、肝心の花にはピントがきちんと合っていない。ミモザの繊細で美しい造形は、見事にぼやけていた。
加工も試みたが、もとの写真が昭和過ぎてどうにもならなかった。葉には比較的ピントを合わせる加工ができたが、主役はそこではない。本当は、もっと花の美しさが伝わる写真にしたかったし、もっといえば水彩で描いたミモザを表紙にしたいという思いもあった。
好きに作っていいはずのZINEなのに、不完全燃焼な気持ちが残る。「今の私のベストがこれなのか」と思うと、ため息も出た。自分にがっかりする気持ちもあった。
それでも、この写真が「好きな瞬間」を切り取った一枚であることに変わりはない。なので今回は、この写真を表紙にしようと決めた。2026年のミモザは、これが自分のベストである。ないものを嘆いても仕方ない。今ある「好き」を貫き、差し出す勇気を育むしかないのだと思う。
完成度という意味では、不安もあった。むしろ写真なしのほうがいいのでは、とさえ思った。しかし、見本誌を受け取ったときにふっと湧いた「これはかわいい」という感覚を、今回は信じてみることにする。
※
なぜ表紙の話をここまで書くのか? それは、原稿に対する感覚もまったく同じだからである。もっとブラッシュアップしたい、もっとテンポの良い文章にしたい。読むたびに気になるところが出てきて、まるでモグラたたきのようだった。
同じような表現が続いていることに気づくたび、自分にがっかりする。「印象深い」という言葉を、いったい何回使っただろうか。それでも、今気づけてよかったと思いながら、コツコツ手を入れた。
自分の原点に向き合って作ったものだからこそ、その一つの形として、堂々と出したいと思う。
寄せても寄せても波のように押し寄せてくる不安は、最後まで消えなかった。それでも、それを押しのけるのではなく、包み込んだまま完成させたという感覚がある。入稿後にあらためて読み返してみると、やはり一つの形にできてうれしかった。心配したり、うれしくなったりと、最後まで心の中まで忙しかった。
だが、そのために作ったのだ。自分で読んで、心が動いたものをきちんと残しておきたかった。体感できてよかった。とはいえ、使える時間から逆算したはずなのに、結局ぎりぎりになってしまった点は、次に活かしたいと思う。
これから、お知らせやニュースペーパーの作成、告知なども進めていきたいと思います。
5月の文学フリマ東京42に出店します!会場で手に取ってもらえることを、今から楽しみにしています。皆さまのご来場をお待ちしています。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
これからも、どうぞよろしくお願いします!

