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グレート・ギャツビー、著者による序文の日本語訳

以下の文章は『グレート・ギャツビー』がモダン・ライブラリー社から1934年に再刊された際、フィッツジェラルド自身により書かれた序文の日本語訳です。

出版後、フィッツジェラルドは「あの序文は気に入っていない。軽薄で支離滅裂だ」として書き直しを申し出たのですが、結局その機会はなく、初版のみで絶版になりました。

フィッツジェラルドが『ギャツビー』に序文を付したのはこれが最初で最後です。


 小説の世界で職業人生を送ってきた者にとって、「序文を書いてほしい」という依頼は、さまざまな誘惑を伴うものである。今回、筆者はその誘惑の一つに屈することになった。できるだけ冷静さをかき集めて、われわれの中にいる批評家について論じてみようと思う。その際、本巻に収録されたこの小説のほうに、なるべく話題を寄せながら論を進めていくつもりだ。

 まず言っておかねばならないのは、私の本に対するメディアの反応について、私がぶつぶつ文句を言う理由はない、ということだ。もしジャック(私の前作を気に入っていた)が今作を気に入らなかったとしても、ジョン(前作を毛嫌いしていた)は今回は気に入ってくれたりするわけだから、結局のところは差し引きゼロになる。
 しかし私の時代の作家たちは、その点では大変恵まれていたのだと思う。というのも、フィクションについて延々と理屈をこね回すためのスペースが、紙面ページにたっぷりとある、寛大な時代に生きていたからだ。そのスペースは、おもにメンケン〔訳注 アメリカの文芸評論家。道徳的・教育的文学論を攻撃した〕によって作られた。彼が、彼の登場以前に批評としてまかり通っていたものに嫌悪を示し、自らの読者を獲得することで、そうした言論の場が生まれたのだ。
 彼の勇気と、文学への計り知れない深い愛情に、作家たちは励まされた。軽率にも彼を死にかけの獅子と見なしたジャッカルどもが、すでに群がり噛みついているが、私と同世代の人間で彼に敬意を抱かずにいられる者などまずいないだろうし、彼が第一線から退いたことを惜しまない者もいないだろう。
 新人作家のいかなる新しい試みに対しても、彼はつねに一定の姿勢で臨んだ。多くの誤りもあった(ヘミングウェイを初期に過小評価したことなど)が、装備をつねに整えていたので、道具を取りに戻る必要があったことなど一度としてなかった。

 そして今、彼がアメリカ文学を放擲 ほうてきし、それ自身の成り行きに任せてしまった以上、彼の代わりを務められる者は誰もいない。もし筆者が、少年時代から研鑽を続けてきたこの専門職の価値について、政治的な石頭連中〔訳注 文学作品の価値を、政治的な要素から判断する評論家。典型的にはプロレタリア文学への礼賛〕の教えに真剣に耳を傾けねばならなくなったなら――そのときは、いいかね、諸君ベイビー。このページ番号を控え、夜明けに私を撃ち殺してくれたまえ。

 しかし、ここ数年でそれ以上に落胆させられるのは、書評者たちがどんどん臆病になっていっていることだ。安い原稿料で酷使された彼らは、もはや本そのものに関心がなくなったようにさえ見える。そのせいか近頃では、小説界の若き才能が、活躍の場がまったく与えられずに次々と潰えていく。まことに痛ましい。ナサニエル・ウェスト、マクヒュー、ほかにも多くの者たちがそうだ。

 主題テーマソングに段々と近づいてきた。つまりこういうことだ。この小説を読んでくれる人々に、現代の書評に対する「健全な冷笑的態度シニシズム」を持ってほしいのだ。
 どんな職業であれ、過渡の自惚れに陥るのでなければ、鎖帷子チェインメイルを着込むくらいは許されてしかるべきだろう。
 作家にとっては、自尊心 プライドこそがすべてだ。もしそれを、昼飯前に一ダース分の自尊心を踏みにじるような者に好き勝手にいじらせてしまうなら、タフな職業人であればとうに避ける術を身につけているような山ほどの失望を、自分で自分に約束しているのと同じだ。

 この小説はまさにその好例である。ページのどこにも大物や大事件の名前がなく、題材も(当時、英雄とされていた)農民たちを扱っていなかったために、批評とは無縁の安易な判断ジャッジが下された。それは単に、自己表現の機会に乏しい人間たちが、己を表現しようとした試みに過ぎなかったのだ。
 人生に対する鋭く簡潔な態度を持たずして、どうやって長編作家たる責任を引き受けられるのか、私には謎でしかない。また同時に、批評家がわずか数時間の読書で「この本には、現代社会におけるあれこれの側面が十二個ほど足りない」などと巨大すぎる注文をつけ、それをどうして若い作家の恐ろしいほどの孤独の上に押しつけられるのか。それも理解しがたいことだ。

 この本の話題にさらに近づくために、ある女性の話をしよう。彼女は英語でまともな手紙ひとつ書けそうにない人物であったが、本書を「近所の映画館に行くような感じで読むだけの本」と評した。まさにそうした類の批評が、今、多くの若手作家たちを出迎えているのだ。
 彼ら作家たちが(成功の度合いはあれど)懸命に生きようとしてきた「想像力の世界」に対する正当な評価は、もうそこには存在しない。その世界は、かつてメンケンがわれわれを見守っていた時代に、彼がしっかりと支えてくれた世界でもあるのに。

 本書が再刊されるにあたり、著者としてひと言述べておきたい。この作品を書き上げるために費やした十ヶ月の間ほど、自らの芸術的良心を純粋に保とうと努めたことは、かつてなかった、と。
 読み返してみれば、どのように改善できたかは見えてくるだろう。だがそれでも、真実(あくまで私が捉えたかぎりの真実)から逸脱したという後ろめたさは感じていない。真実――というより、真実に相当するもの、すなわち想像力における誠実さを追求した試みである。
 ちょうどその頃、私はコンラッドの『ナーシサス号の黒人』の序文を再読したばかりであり、また一方で、批評家たちからは理性を失いかけるほど揶揄されていた。彼らの言い分は、私の扱う素材〔訳注 フラッパー、金持ち、ジャズ、パーティー、といった要素〕が、成熟した世界の成熟した人間を描くことを妨げているというものだった。しかし、なんてこった! それが私の持ち札であり、私はそれでやっていくしかなかったのだ。

 本書の執筆にあたって、削ぎ落とした部分(物理的にも感情的にも)だけで、もう一篇の長編小説が書けてしまうほどだ!
 私はこれを正直な作品だと思っている。つまり、効果を狙って自分の技巧をひけらかすことは一切しなかったし、もうひとつ自慢すると、感情的な側面はあえて控えめに表現し、左の眼窩から涙が漏れ出たり、登場人物の頭の後ろから大きな作りものの顔がぬっと覗き込んできたりするような事態は避けた。

 もし作家の良心に照らして後ろめたいところがなければ、その本は生き残る――少なくとも、作者自身の想いの中では。反対に、後ろめたいところがあれば、作者は批評の中から、自分が聞きたい言葉だけを探して読み取ってしまうだろう。
 ついでに言えば、もし作家が若く、学ぶ意欲があるのなら、たいていの批評には価値があるものだ。たとえそれが不当に思えるものであったとしても。

 筆者は生来作家向きの人間であり、想像の世界に深く浸る以上に、自分が効率よく成し遂げられたであろうことなど、何一つ思いつかないほどだ。筆者と同じような気質を持ち、自らの内面的な探求を言葉にしようとする人々は他にも大勢いる。彼らが発するのは、次のような言葉だ。

――見ろ――これがここにあるんだ!

――僕はこれを、この目で見たんだ。

――そう、これはこんな感じだった!

――いや、こうじゃなかった。

「ほら! これが前に話したあの一滴の血だ」

――「待って! あの娘の瞳のきらめきがここにある。あの娘の瞳の記憶から、いつだって私のもとへ戻ってくる、あの反射がここにあるんだ。

――もし作家が、洗面器の屈折しない水面に、ある顔をふたたび見いだすことを選ぶなら、あるいはもし、そこに映った像を、わずかな汗でいっそうぼやけさせることを選ぶなら、その意図を汲むことこそが批評家の仕事であるはずだ。

――「こんなふうに感じた人は、今まで誰もいなかったはずだ」と若い作家が言う。「でも、僕は確かにこう感じたんだ。僕は戦場へ向かう兵士にも似た誇りを抱いている。そこに勲章を授ける者がいるのか、あるいは戦いがあったことを記録する者がいるのかさえ、わからないままに」

 だが、若者よ、これもまた覚えておいてほしい。孤独で孤独で仕方がなかった人間は、君が初めてではないということを。

F・スコット・フィッツジェラルド
メリーランド州ボルティモアにて
一九三四年八月

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