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今日も私は、心にネガティブモンスターを飼っている

最近、こんなつぶやきをした。

つまるところ、私は自己肯定感が地獄の底ほど低かったりする。

周りの人には意外と思われるかもしれないけど、心の中にはネガティブモンスターがいる。

つらいことがあれば落ち込むし、寝る前はひとり反省会が始まる。過去の失敗を思い出しては、なぜかつらい気持ちを反芻する。

以前は定期的に"後ろに引っ張られる"気持ちになって、仕事も手につかず寝込んだときもあった。

なぜ自己肯定感が低いのかを考えてみた

以前、友達コンプレックスについてのnoteを書いたが、私は特に友達関係での悩みが多い。

思いかえせば、私の中で大きなコンプレックスが生まれたのは人との関係性だったと思う。

実はいままで、学校や会社ではあまり周りに馴染めないタイプだった。自他共に認めるマイペースだったりするので、移動教室で友だちに置いてかれた思い出もある(笑)。

今でこそフリーランスの友人に囲まれていると、なんだか私がまともな人間に見えることが多いが、社会一般から見ると、私は社会不適合者なんだと思う。

というか、社会という枠組みがとても息苦しく感じていた。

キラキラとした、いわゆるスクールカスト上位のグループに憧れるけど、そんな人たちとは話や価値観が合わないことも多く、学生特有のハブりや軽いいじめにあったこともある。

周りに合わせるのが苦手で、空気が読めなかったり、余計なことを言ったり……。

もちろん、総合的には中学も高校も大学も楽しかったし、友人にも恵まれた。でも少なからず失敗をしているので、その経験がずっと私の価値観の底にいる。

鏡を見るのが嫌いだった

もうひとつ、私は外見に対して大きなコンプレックスずっと抱えている。その原因を作ったのはモラハラの記事でも書いたモラハラ元カレのせいだ。

私は最近まで鏡を見るのが嫌いだった。今でも、何気なく鏡に映った自分の顔を苦手だと感じることもある。

何を言いたいかというと、自己肯定感の低さは過去に失敗をしたり、人に傷つけられたり、人と比べられたりした経験がもとになっているのではないか。

そして低い自意識が、生きてく中で人と比べて「自分はダメだ」と、自分で自分を傷つけていく

そう思うと、明るく見えている人でも実は心の底にネガティブモンスターを飼っている――なんてことも多いのかもしれない。

ネガティブモンスターもひっくるめて、認めてあげたい

ここまでつらつらと自分の自己肯定感の低さについて書いてきたが、ここ数年は少しずつ自己肯定感が上がってきている気がする。

それは「自分が好きになった」というよりも、「少しずつ自分を認めてあげてるようになった」ことが大きい。

たとえば外見の話。正直、ノーメイクの私の顔は見れたもんじゃないと今でも思っているけど、ばっちりメイクをして、好きなアイシャドウを乗せて可愛くできあがった日は「今日の私、顔面可愛いくない?」と口に出して言うようにしている。

仕事でも「今日はこれが終わった!えらい!」と、小さいことでもほめてあげる。

そんな習慣を繰り返すことで、少しずつ自分へのコンプレックスが薄くなってきているように思う。

「自分を愛してあげて」「自信を持って」――なんてことは言えない。私は今でも自分を愛せてないし、自分に自信がないから。

だけど、小さなことでもいいから、少しずつ自分を認めてあげる習慣をつけるといいと思う。

ほかにも「考えを言語化してみる」とか、自己肯定感を少しずつ上げるための習慣があるので、それはまた別のnoteで書いていこうと思う。

今日はそんな、自己肯定感が低い話でした!

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