あいうえお表に隠された重大な歴史|あいうえお表に学ぶ「悟り」までの過程
こんにちは。えめです。
今回は、勤勉タイム。
えめの勉強過程を晒していくコーナーです。
禁断のオタク部屋へようこそ。
今回の謎解きは
あいうえお表はなぜ作られたのか?
ー作者が隠した重要なメッセージとはー
えめは精神科訪問看護師ですが、精神科はたまに(よく?)わけわからないことが起きます。
そういう不思議現象と精神症状を見分けるのも私たちの仕事。
そうすると、気づいたら勉強内容がそっち系になることがあります。
なので、勤勉コーナーは「そういうもの(怪しさ満点)」として、精神科オタクが勤勉タイムに没頭しているのを眺める『娯楽枠』でお楽しみいただければ幸いです。
では、
謎解きの世界へ、どうぞ。
あいうえお表に隠された1000年前の心の知識
(以下前回記事ハイライトなので、前回読んでくださった方は目次から次の章へお進みください)
前回記事で、あいうえお表の ワ行“空白” の謎 について深堀しました。
古いひらがなの「ゐ」「ゑ」を入れたとして、
一番後ろの真ん中の "情報の空白"
がどうしても気になる。

子どもからの質問がきっかけに、あいうえお表の違和感が気になった私は、「ゐ」「ゑ」も含めた、ワ行それぞれのひらがなの元になった漢字の成り立ちを調べてみることに。
すると、あいうえお表の並びになにか意味があるように感じてきました。
確認のため、
他の行も同じ法則で並んでいるのか、調べてみたところ、
人が生まれ、心の成長をしていく様子を
“あいうえお” 一つ一つを使って表現している可能性が浮上。
「ライフサイクル…?」
心の発達(=ライフサイクル)は精神科看護師である私の専門分野。
専門ゆえにわかります。
これがどれだけ異常か。
あいうえお表が出来たのはおそらく平安時代。
心の成長発達、ライフサイクルについて世界基準で発信が行われたのは、代表的なもので、私もお世話になっているエリクソンのライフサイクル理論。1950年です。
なのに、あいうえお表は1000年以上も前に、こんなにも詳細に、心の発達(ライフサイクル)について理解し、最近の知識より詳しく、こんなにも構造的に表現している。
なぜ…?
そして、最後の “情報の空白” の周辺を読み解くと、一つの仕掛けが浮かび上がってきました。
「植ゑる(新たに増える)」
「据ゑる(そのまま維持停滞)」
「飢ゑる(崩壊)」
停滞期に、やることやれば発展期に移行。
頑張ってるけど未達成ならそのまま維持。
一定の締め切りまでに必要な行動してなかったら終わる。

やっぱり後ろの真ん中の “空白” は「Wun」で、「 運 」。
「ん」ではなく、「まだなにが入るかわからない」余白の「空白」なんだと思います。
この仕掛けには、1000年以上の単位で、何者かがずっと動いてきた形跡が読み取れ、その方達が、強制もせず静かにそっと、こう問いかけているように思えました。
「今回、あなたはどう生きる?」
さて、演出と胡散臭さで「見るのやめようかな」ってなってる方がいると思うので、ハイライト演出はこれくらいにして、サクサク今回も、あいうえお表の解読をしたいと思います。
あいうえお表|1000年前の心の知識|幼少期の成長と成人期の発達|アダルトチルドレン
前回、ア行だけさらっと解説しているのですが、今回は「誰がなんの目的であいうえお表を作ったのか?」という時代背景まで一緒に読み解いてもらいたいので、恐縮ですがもう一度、ア行からはじめたいと思います。
当記事では赤ちゃんで生まれて、
成人して「悟る」までを解説します。
「悟る」はタ行です。
わかります?
おかしいでしょう?
「悟りの境地」って言うけど、
あいうえお表が「あ」から順番に心の発達の経過を表現しているなら、タ行が「境地」なのは中途半端なんです。
まだ折り返してもない。
そうなんです。
「悟り」は20代で終えるような、精神発達、人生の中で全然「境地」でもなんでもないもの。専門的に、タ行くらいで正解。
おかしい。
「進んだ文化である中国の漢字を使ってひらがなを作った」という歴史認識でしたが、なんで悟りが境地ではない事を知ってる?おかしい。
これ、あいうえお表を作った人、何か言いたげです。
表現は必要性があって行われますからね。
作者の気持ちを読み解いてみましょう。
今回記事は、
あいうえお表を作った人達が言いたい本音
こちらを着地点にしますので、
太字を追って精神発達過程を子育てや部下の教育の参考にしていただきながら、
何があったんだろう?
何を言いたかったんだろう?
と、これを残してくれた人の気持ちを一緒に考えてみてください。
「あ」の意味:赤ちゃん
「あ」安
文字の成り立ち
家の中で「両手をしなやかに重ねひざまずく女性の象形」
意味
ゆったりと落ち着いている、何の心配もない、わかりやすい、落ち着いていて無理・不自然さがない、心がゆったりと落ち着く、甘んずる、侮る、責任がない、わかりやすい、おもむろ
「ア」阿
成り立ち
「くま(湾曲して入りくんだ所)」
意味
おもねる(自分の気持ちを曲げて従う)、奥まって隠れた所、陰になって暗くなっている所、丘、寄りかかる
「あ」を調べると、赤ちゃんをイメージする意味がたくさん。
「安」は安心の安。
エリクソンさんの課題に照らすと第1の課題「基本的信頼」と言えるでしょう。
みなさんの馴染みがある言葉に置き換えると「愛着形成」。
これが腹落ちしていないと「愛着障害」になります。
「ア」はわかりにくいですが、成り立ちから見て、子宮をイメージさせるものではないでしょうか。
それと同時に「ア」の「阿」は阿吽の「阿」はじまりを表す言葉です。
「あ」の「安」は「アン」と読みますね。
シュメール文明に「はじまり」の意味を持つ神様「アン」がいます。
やっぱり「はじまり」。
※↑メソポタミア神話の表題になっていますが、記事内にアンの説明があります。
「い」の意味:試行錯誤
「い」以
「農具:すき」の象形
~を使って(手段・方法・材料)、~のために(理由・条件)、使用する、理由、おもんみる(いろいろと思いをめぐらす)、おもえらく(考えるには、思っていることには)、~とみなす
「い」の意味を見ていくと、「あ”ー」とか言いながら、手に取ったものをあちこちにダンダンと当てたり舐めたりする赤ちゃんの姿を彷彿とさせます。
フロイトの理論で「口唇期」っていうのがありますが、口が持つ神経は豊富なので、手や口で世界を確かめている様子とも言えます。
ここで運動神経系も発達し、自分を現実的にコントロールする技術に発展していきます。
「イ」のイメージは、初めて火を持った人の壁画みたいな、「い」のようにかわいいイメージではないですが、両方とも、道具や手段を使い始める様子を意味した字です。
また、「イ」は伊勢の「伊」でもありますね。
(触ると怖いのでここでは割愛します)
「う」の意味:自分の現在地
「う」も「ウ」も元の漢字は同じ「宇」です。
「う」宇
家屋の外で、またぐように覆う部分「軒(のき)」を意味する会意兼形声文字
のき(軒)、家、無限の空間、天、ところ(所)、辺り、心、魂、物事を成し遂げようとする心の働き
これは1歳半くらいまでで脳が認識する、「自分」のGPS。
宇宙の中の、地球の中の、この空の下の、この家の、軒に「自分」は存在する。自分は幽霊みたいに実体のない存在ではなく、この身体の容れものが「自分」で、こういう名前で呼ばれている。
3D世界において、「自分」がどのポジションにいるか把握していることは思ったより大切なことです。
これを認識し忘れているのがASD、アスペルガーになります。
アスペルガーの方が、なんか言ってることは正しいんだけど、「あなたは何する人なの?人を動かそうとしてばかりで神様なの?」とこちらが感じる挙動を取るのは、「自分」というアバターを脳内の「世界」にインストールしていないからです。
※ここ重要なので、頭に引っ掛けといてください。
「宇」の神様もいます。
宇迦之御魂神(うかのみたまのみこと)。
宇宙を表す神様だそうです。
「え」の意味:しつけ
「え」衣
「身体に着る衣服のえりもと」の象形
上着、式服(儀式の際に着る衣服)、着せる、身につけ行う
「エ」江
「流れる水」の象形と「握る所のある工具:のみ、又は、さしがね」の象形(「工作する」の意味だが、ここでは「公(コウ)」に通じ(同じ読みを持つ「公」と同じ意味を持つようになって)、「おおやけ・みなが共にする事」の意味)
え(海や湖などの陸地に入り込んでいる所。入江。
一見、関係なさそうにも見えますが、両者から「しつけ」のような要素が見て取れます。
エリクソンの発達課題2つ目、「自律性」を養うのに必要です。
しつけのやり方を間違えると「恥」「疑惑」が生まれ、「失敗できない子」になるのでご注意を。
全部が神様いるわけではないのか、私が勉強不足なのか、「エンリル」とかになるのか、ここから、神様考察はポツポツになるので、考察ある方はDMやコメント欄でお知らせくださいませ。
「お」の意味:できること と できないこと
「お」も「オ」も同じ漢字の「於」から作られてます。
「お」於
「鳥」の象形から、鳥の鳴き声の擬声語を表し、そこから、感嘆(感情を表す語)を表す「ああ」を意味する
ああ(感情を表す語、立派な行為や優れた技術に心を動かされる事)、場所を表す、時間を表す、場合・事柄を表す、そこから離れない
場所、時間、場合を覚え始め、自分ができないことを認識し、大人を尊敬できる。「すげぇ!もう一回!」と言う子どものようですね。
いろんなパターンを覚える時期でもあり、この大人への憧れから、エリクソンで言えば、3つ目の課題「自発性」、「自分のことは自分でする」というやる気が生まれます。
感動はやる気を起こす。当アカウントはこの親サイドの立場、感動させる側がテーマでもあります。
「か」の意味:ギャングエイジ
「か」加
重ねる、仲間を増やす、侮る、たかぶる、えらそうに振る舞う、その人にとって好ましくないことをする
小学生が集まって「やーいやーい」などと言いながら、悪ぶるの光景がイメージできます。心理学ではギャングエイジと呼ばれます。
社会性がついてきて、成長しあう反面、未熟同士の表面上の付き合いでもあり、関係性が簡単にひっくり返るので、どう仲間に入るかを悩む時期でもあります。
社会人になってもこの感覚が抜けてない人もいますが、小学生の振る舞いです。
「き」の意味:失敗して痛い目を見る
「き」機
木と細かい糸と矛と人の象形。きっかけ、終わる、作用
「キ」幾
きざし、かすか、それとなく、危うい
漢字において、糸は「運命」みたいな現象を示していることが多いです。
ギャングエイジで調子に乗って、運悪く痛い目を見たんでしょう。
あるいは何かを見てきっかけがあり、立ち止まって何かに気づいて調子に乗るのをやめたのかもしれません。
シュメール文明では「アン」と「キ」の神様から「エンリル」が誕生するそうです。
はじまり の「アン」と、終わる の「キ」。
ハーフ成人式の10歳くらいから子どもは様子が変わりますが、一つのサイクルの終わりを表しているのかもしれません。
「エ」はしつけでした。しつけのサイクル、親離れか…。
「く」の意味:人生の師に出会う
「く」久
灸を据える象形文字。長い時間、古くからの
灸というのは、悪いものを流すための治療。それを行うのは鍼灸師です。
師というのは、体系立ったものを口伝的に学術的に学んだ者を指して呼びます。
「く」はしっかりした大人、師に「けしからん」などと言われたところをイメージしたのでしょうか。
しつけから教育者が師に変わりましたね。
描写が細かい。
「け」の意味:感情コントロール
「け」計
刃物、口、針の形。つつしんで考える
「ケ」介
鎧の中に入った人。なかだちする。隔てる。それを原因とする。ひとり。
刃物、鎧、いつの間にか自分が何かを壊してしまうくらい力が強くなったことに気がついたんでしょう。
この体で子どもの時のように暴れたら嫌われる。力の使い方がわからないうちは、危ないのでみんなが距離を置きます。
まだ感情コントロールができない。
切ない表情の親と、自分の孤独。思春期です。
「こ」の意味:頭と心と身体がバラバラ
「こ」己
三本の線に糸。自分の利益だけを考える
「己」の三本の線というのは、三位一体など、頭・身体・心を表す記号でしょう。
うつ病ではよくこれがバラバラな状態が発生しています。
魂でバラバラをかろうじて繋いでるけど、脳の余裕はありません。だから自分の事しか考えることができません。
「け」暴れる力の抑制→「こ」バラバラ→「さ」とつながります。
「さ」の意味:中二病、躁・妄想状態
「さ」左
南を向いた時に東にあたる方向。急進的な思考があること。食い違う。ものごとの正しい順序に背く
「サ」散
強い衝撃とともに肉を切り分ける。整理しないで広げたままにしておく。バラバラになる。集中力がなく、役に立たない、仕事なくブラブラしている
バラバラ、ガチャガチャ、矛盾、暴走、妄想状態・暴走状態の躁状態です。
まだ中学生くらいなら中二病な感じで済みます。
でも昔はもう働いてた頃合いなので、社会人で妄想暴走をやられると、しんどい。作者の溜め息が聞こえてきそうです。
「左派」の由来はここから来たのかもしれませんね。
それより、南を向いた時に東って、遠回しですが、西ですよね?
突然ディスが入りましたが、誰の文句言ってるんでしょう。唐突な本音。
「し」の意味:自分探し
「し」之
立ち止まる足の象形と出発線を表す線から、一歩踏み出す形
ちょっと情報が少ないので、経験から補足しますが、「一歩踏み出す」は、「役に立たない感」が嫌であれこれ手を出して、例えば資格試験とか、自分探しの旅に出たり、よくある、挑戦・数打てば当たる戦法じゃないかと思います。
「け」あたりからずっと、エリクソン人生課題で言う「アイデンティティの確立」、自分軸の20代の壁に突入しています。
自分の癖や丈を知る。このフェーズでは数打つのはアリです。
「す」の意味:思い通りに動けない、べき論との戦い
「す」寸
脈をはかる形。、はかる、推測する、時
「ス」須
ヒゲ。当然〜する必要がある。願う。待つ。必要とする。
こちら、カタカナ時とひらがな時で作者達の意見が割れていますね。
「す」は身体の限界を察して、「なんでできないんだ自分、思い通りに動けよ」ってなりつつも、身体に無茶を強要するような頭や心が悪いのか考えている様子。
「ス」は「〜するべき」べき論で周りを動かそうとする。けど誰もしてくれない。
ひらがなは女子、カタカナは男子、みたいな文化があったらしいので、亭主関白な感じも含め、性別それぞれやりがちなパターンを表現しているのかもしれません。
「せ」の意味:生きてる意味
「せ」世
三十年の形。父の後をついで家長となり、その地位を子に譲るまでの約30年間。一生、過去現在未来、世の中、世間、時代
さあ、ここまで、すぐ怒り、役に立たず、自分に何も自信を持てず、自分がしんどくなったり、正しいことを言ってるのに何をしてもスベり倒す。
アダルトチルドレン的要素盛り盛りできましたが、そりゃ凹みます。
一生、世の中、時代、「自分はどうやって生きたらいいんだ?生きる意味って何?」と考えるタイミングでしょうか。
大丈夫。みんな通る道です。
「そ」の意味:理不尽
「そ」曽
蒸し器の形。強い疑問。大きくなっていく。
蒸し器がシューシューいってます。
この世はなんて理不尽なんだ!と。
「た」の意味:承認欲求
「た」太
両手両足を伸ばした形。周囲が大きい。気が強い、図々しい、はなはだしい、一番
「タ」多
一般的には、普通、褒める、価値あるものとして重くみる
図々しい、一番、気が強い、
価値あるでしょう?見て!俺を、私を、褒めて!
承認欲求的なイメージが想像できます。
一緒に仕事をしてたら「自分が回りからどう見られているかを気にするより、お客さんとか仕事の目標のほう、前を向いてくれ」ってなります。
太って、太陽……あとで話します。
「ち」の意味:悟る
「ち」知
自己覚知、さとる、みとめる、物事の道理を判断し処理していく
「チ」千
横から見た人+横線。物事がそれぞれ違っていること。999回おこなってからもう一度行うこと。
お疲れ様でした!
「コ」己の三本の線がバラバラだったのが一つになって、バラバラ調整の負荷がなくなって脳がクリアになりました。視界が開ける。
悟りです。
自分は世界の中の一部のちっぽけな存在だったことに気づき、自分が思ってることやできることは必ずしも人が同じように思ったりできたりしない、いろんな存在が世界にはあるんだと。
「あそうか、この世はものすごいシンプルだったのね。」やっと気づきました。
悟りとは、
「アイデンティティの確立」
「自分軸を持つ」
アダルトチルドレンを終了し、
20代の壁を突破した状態を指すことがわかりました。
でも、エリクソンさんは、
この後、さらに3つも課題があると言ってます。
読むだけでこんなに時間かかるんです。
「悟りの境地」と言ってる人は、
こんだけ頑張ったんだからもうがんばらなくていいだろう。
って考えるのではないでしょうか。
ここからいろんなものがズレていきます。
尺もあれなので、サクッと謎解きまとめましょう。
神道と宗教の関係
あいうえお表には仏教、儒教、道教の要素がちりばめられています。
対話者の双方が学習回路を開いていると、双方は共に学び合いながら成長していく。このようにして達成される調和を「和」という。「和」であることによってはじめて、本当の意味でのコミュニケーションは成立する。
こちらは儒教の「論語」の考え方を説明したものになります。
「和」は「わ」の成り立ちとなっている漢字です。
今回説明したように、「悟り」の仏教要素も入っています。
道教はややわかりにくいですが、「糸」や「水」に関連するもの、最後のワ行の運要素などは、流れを説明した道教っぽいものがあります。
これだけ中国要素てんこ盛りですが、
あいうえお表は中国から伝来した教えを元に作られたとは私は考えていません。
あいうえお表が作られたのは平安時代。
平安時代に切り替わる前に何があったか?
仏教伝来です。
そこから何かとがちゃがちゃして、乙巳の変が起き、大化の改新が起き、「十七条の憲法」で「和を以って貴しとなす」と宣言されました。
ここからは想像ですが、仏教が伝来したことで、
「私はもう悟りの境地に至った。」と中二病スピムーブをかまし、勘違いでめんどくさい動きをする人が増えたのでは?
界隈にいるのでよく見るのですが、多いんですよ。
悟りとか、神が見えたとかで、「ドヤッ!!」ってなって、独自の信仰権力圏みたいなものを作る人。ものすごくよく見る。
悟りの次のフェーズでも十分迷走する時期はあるのに、完成されたと思って、成長を止めて、わけわからないことをし始めます。
「大器晩成」じゃなくて「大器免成」。
大器は成らない。一生完成しない。一生成長し続けるんです。
あいうえお表で「ちゃんと成長の終わりあるじゃん」って思うかもですが、あいうえお表は2周目3周目4周目があります。
「個人」「組織」「国」「人類」と成長対象が変わりながら、果てしない成長コースが残されています。
少なくとも、タ行の「知」悟りは、1周目の3分の1程です。
「国」を管理する人は、あいうえお表3周目を終わらせて欲しいところですが、1周目の3分の1で満足されちゃ困るんです。
だから、1周目の「和」まで完了程度は大臣達に要求したい。
帝王学の使い手とも言える神道の日本のトップは、国の内外に全体像を示すように漢字を使って知識体系を「見える化」したのではないでしょうか。
今だったら、英語で、あちらの文化圏にわかる内容を使って、日本のコンセプト・ポリシーを示すようなもの。なかなか高度です。
神道と宗教の違い
教の悪いところは、「この考えが正しいんだよ」と教え広めるだけで、肝心の「そうなる方法」が体系化されていないところです。
トップが認めないと、達成されたかわからない、みたいな側面が発生します。達成の認識の違いがケンカの元になります。
一方で「道」がつく知識体系は、あらゆるパターンを観察し、それを体系化することで「そうなる過程」と再現性を示しています。科学です。
神道は「神様と友達になれる知識体系」と言えるでしょう。
海外からしたらぶっ飛んでるんでしょうけど。
「教」を作った最初の指導者は素晴らしい方なんだと思います。
教えそのものを否定をしないけど、使用者は、教の専門分野や立ち位置をわかって使った方がいい、と作者は考えているような気がします。
自分の立っている位置と相応しい立ち回りの確認|本当の分相応
発達課題を提唱している人、あるいは様々な宗教など勉強してきましたが、「う」の解説をしている人はいません。
あいうえお表の高度さは「う」にあります。
脳の意識構造を把握していて、脳が「自分」を設定し忘れることに気づく人はあまり多くありません。
頭の良い人は、客観視に長けていて、外の世界ばかりに集中するので、「自分」を置き去りにして、自分が幽霊、いや神様のように振る舞う、落とし穴にハマることが多いです。
外野から指摘する分には的確なことを言うけど、自分が実行するとなるとびっくりするほどポンコツになることがあります。
頭が良くても、神様のような振る舞いをして驕る。
そんな人が国のリーダーになるととんでもないことになる。
それも、注意したかったんじゃないかな、と思いました。
宇治。「う」を治せ。
「自分」を失ってしまってる人は現代に多くいるので、是非とも、反面教師に気をつけていきたいものです。
さて、長い解説を最後までご一緒いただきありがとうございました。
あいうえおは、30代の課題と40代の課題に合わせて、「和」まで2記事かけて全てを解説していこうと思っています。
「和の国」とは?を一緒に考えていただけると嬉しいです。
ここまでで面白いと思っていただけたら、コメント欄塞いでしまってるので、スキやDM等でお知らせいただけると、一緒に盛り上がれるのでうれしいです。
また、前回記事から着想を得てオリジナルの作品を作ってくださった方がいました。こういうのも世界が広がって大変ワクワクします。
sue(1000)様、作品ぞくぞくしました。お知らせいただき、また素敵な作品をありがとうございました。
文:えめ 精神科看護師(ライフサイクル専門家/脳科学)
さぁ。では、誰が書いたのか考察しましょう。
ここからは、内容的に裏でしかやれないことなので、日本の裏側を知りたい方は、お時間よろしければお入りください。
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