『私の話』第6話 ママ、と呼べなかった日々
母が入院したその晩、
「苦しいから手術をしてほしい」と電話がありました。
けれど医師からは、
「原因がはっきりしない上に、今の状態では手術は難しい」と告げられていました。
私は「もう少し様子を見よう」としか言えませんでした。
今思えば、
あの時もっと母の気持ちに寄り添う言葉をかけてあげればよかった。
その後悔は、今も心のどこかに残っています。
入院から、わずか二日後。
母は、亡くなりました。
あまりにも突然のことで、涙も出ませんでした。
頭ではわかっているのに、
気持ちがまったく追いついていませんでした。
母は入院の直前、美容院へ行き、
シャワーを浴び、おしゃれをして病院へ向かいました。
それが、母らしい最期でした。
私には「苦しい」と電話をしてきたのに、
友人たちには「今回の入院は少し長引きそう」と、明るく話していたそうです。
突然の訃報に、母の友人たちは信じられない様子で、
「入院したと電話をもらったのよ」と口々に話し、たくさんの人が会いに来てくれました。
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母は、私を20歳で産みました。
高校時代の恋人を親友に取られ、
その反動で出会った男性、その人が私の父です。
詳しいことは聞いてませんが、父は母より2歳年上の遊び人でした。
そして何があったのか、母が手の甲を切り、何針も縫う怪我をしたことをきっかけに、
私が2歳のとき、両親は離婚しました。
その前から私は実家に預けられ、
働き盛りの祖父母に代わって、曾祖母が私の面倒を見てくれました。
母は時々実家に来て、洋服やおもちゃを持ってきてくれました。
それがとても嬉しかったことを覚えています。
小さな私はいつも、
声には出せないまま、心の中でそっと呼んでいました。
「ママ、ママ」
会いたいのに、甘えたいのに、
どうしていいかわからなかったのだと思います。
その癖は、今でもふとした瞬間に戻ってきます。
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実家は田舎の酒屋で、日用品も扱っていました。
お客さんは近所の人ばかりで、自然と人に愛想良く接することを覚えていきました。
母は四人姉妹の長女。
一番下の叔母は私より10歳年上で、みんなが私に優しくしてくれました。
母は天真爛漫で、
自分の信じた道を突き進む人でした。
そして——
そんな母が、再婚しました。

このあと、思いもよらない出来事が起こります。
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▶ 第7話「言えなかった気持ち」
