「映画鑑賞はこうあるべき」という話
オロパタジンを飲むべきか、止めとくか・・・
目頭をシバシバさせながら、しばし思案していると
いきなりクシャミが出た。
「びぃやぁっっっくしょぉぉぉいいいぃぃ~~~!!!」
ティッシュボックスに右手を伸ばし2~3枚つかみ取る。
涙目を拭きながら洟をかむと「あれ?」っと気が付いた。
「いま、大きな声出てなかったか?」
クシャミをする時、大きなクシャミ声(?)が出てた。
そうか、花粉で刺激されると肺の空気が急速に押し出されて
その空気が喉を通して口や鼻から高速で放出されるのがクシャミ。
つまり左反回神経の切除で麻痺した左の声帯も高速で排出される
空気によって強引に震わされて「発声」しているわけだ。
つまりきちんとした位置に戻れば普通の息で声が出せそうだな。
これは来月の声帯修正手術がちょっと楽しみになってきたぞ!
【 ジェームズ・キャメロン曰く 】Xで拾った話
「映画館へ行って映画を観るっていうのは、
画面のサイズとか音響システムの精度というよりは
“マルチタスクをしないための決断”なんだよ。
そうすることで自分自身と芸術作品との間で
“全神経をスクリーンに集中させる”という契約を結ぶんだ」
私は映画を観るときはひとりで劇場に足を運ぶ。
それはまさにこのためだ。
家で動画配信を利用して映画を視聴するのは
それはそれでとても便利でよいサービスだと思う。
でも劇場で“映画を観る”という経験はまた別のモノ。
“ながら”とか “ついでに” “とりあえず”とは違う世界。
私は“わざわざ” 映画を観に行くタイプの人間だ。
ジェームズ・キャメロンと言えば
【 ターミネーター 】

【 エイリアン2 】


【 アビス 】

【 タイタニック 】

映画の見方は千差万別
“こうでなければ”という決まりはない。
でも“映画を早送りで観る人たち”が増えて
動画配信サービスは大きな成功を収めている。
映画館で映画を観る人の数は減少傾向だ。
ただこの先、従来の映画の形にこだわらない
新しい映像エンタメが創造されるのではないだろうか。
このまま衰退して消えていくとは到底思えない。
大勢の人がいる中で没入できる時間・空間を
リーズナブルな価格で提供してもらえるサービスは
けっして廃れないだろう。
※ちなみに昨今の「タイパ至上主義」や「映画を早送りで観る人たち」
について記述したnoteをアップしていますので、お時間のある方は
そちらにも目を通していただけると幸いです。

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