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クラクションは霧の中で 4話

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(睦月三十歳 朔二十五歳 零十九歳)

 小学校に行かなくなったあの日から、僕は人の嘘がすぐに分かるようになった。僕のよくないところはその嘘を全部ぶちまけてしまわないと気が済まないってところで、本当にこの性質には我ながら困らされたものだった。
 気まぐれに学校に通っていた朔ちゃんと違って全くもって学校を拒否した僕の社会性を案じてか、母さんはいろんなコミュニティを控え目に提案してくれたけれどそのどれもが二回と続かなかった。今度こそ黙っていよう、ちゃんとやろう、と思っていても気付いた時にはあたりは夜の湖畔みたいにしんとして、それでいて焼き払われた荒野みたいに救いようがない状態になってしまう。僕はどうやら核心という一番ついてはいけないところをつくのが得意らしい。だからもう、なるべくコミュニティだとか社会というものとは関わらないでいようと、じきに決めたのだった。
 実のところ、僕は自分をどちらかと言えばまともな人間だと思っている。これはわりと、本気で。たとえば一つの集団として歩いている時、大きな集団の後ろ半分がだんだん遅れて二つに分かれかけたとする。僕はそういう時、前方と後方の集団の真ん中に立ってその集団をなんとか一つに保とうとするのだけど、その様子はどうも「集団の中で独りぼっちで歩く協調性のない子」になってしまうらしい。勘弁して欲しい。全く。協調性がないって言うけれど、一番和を貴び保とうとしているのは、僕だというのに。
 そういう意味でも、叔父さんと一緒にいるのは気が楽だった。僕たちの叔父さんはなんというか、とにかく嘘がない人で、自分の欲に忠実で(特に恋愛事に関して)、いい意味でも悪い意味でも僕に全く気を遣わなかった。彼は異国の地でも息をするように恋をし、平気で宿に一週間ほど帰らなかったりする。この旅の中で僕は「放っぽかれる」が随分と上手になった。もともと、そういう気質はあったように思うが。
 叔父さんの恋人は目まぐるしいスピードで入れ替わった。それは女性であることもあれば男性であることもあり、どちらか分からないこともあれば、随分と歳上だったり大分年若く見えたりした。人種、体型、顔立ち、すれ違い際に軽く挨拶するだけで分かる程度の人柄。彼らには共通するところなんてまるでなくて、そういう脈絡のなさを含めて、叔父さんの恋愛はほんとうらしく感じられた。
 自分とは全く性質の異なる叔父さんのその生活ぶり(というか恋愛ぶり)は物珍しく叔父さんが宿に帰ってくる時にはその数日、あるいは数週にわたるラブストーリーを聞いて朔ちゃんへのメールに書いた。彼はこちらが少し戸惑うくらいになんでもオープンに話してくれて、そのどれもが嘘みたいにドラマチックだった。僕たちの叔父さんは、恋をするのが上手だ。
 叔父さんとのそんな生活の中で一番驚いたのはタイのチェンマイにいた時、叔父さんのかつての恋人が日本からはるばる追いかけてきたことだ。僕と叔父さんはその時屋台で椅子ともただの木の枠ともつかないものに腰かけて朝ご飯を食べていて、目の前に突然仁王立ちする彼の顔を見上げながら僕はただぼんやりと日本人だな、と思っただけだった。
「お、ヤマザキくんじゃないか。」
 叔父さんは彼の顔を見るとまるで近所で隣人に会ったような調子で言った。それが実に五年ぶりの再会だったと後で聞いたが、叔父さんのその反応とそれに対するヤマザキさんのひどく傷ついた表情を見れば二人の関係性は明らかだった。ヤマザキさんはちら、と僕の顔を見て
「誰ですか。」
 とかたい声で聞いた。その張り詰めた顔で返事を待つ彼に叔父さんは
「甥っ子」
 とあっさり返事をするとジョークを啜りながら
「何か用?」
 と聞いた。さすがの僕もなんだかヤマザキさんが気の毒になった。
「朝ご飯はもう食べたのかい?もしかして屋台の朝ご飯は初めて?だったらまずこのジョークを食べてみるといいよ。おかゆをさらにドロドロに煮込んだ感じ。きっとヤマザキくんも好きだと思うよ。」
 黙り込んでしまったヤマザキさんに叔父さんはペラペラと喋る。彼はただその言葉を固い表情で聞いていた。
「これを、返しにきたんです。」
 少しして、ふいにヤマザキさんが一冊の本をかばんから取り出した。ボロボロで紙の焼けた、古本屋の軒先で百円ワゴンに入っていそうな文庫本だった。
「間に、僕の止まっている宿の住所と電話番号を書いた紙が挟まってます。」
 一週間、待ちます。彼は祈るようにそう言った。そして口を真一文字に結んだまま踵を返し、市場の雑踏の中に消えて行った。
「やる。」
 ポイ、と投げられた文庫本を慌ててキャッチする。裏返して表紙を見ると、それはニーチェの本だった。
「いいの?なんか……大切なものなんじゃないの?」
 僕が聞くと叔父さんはジョークの残りをかきこんでから言った。
「分からん。忘れた。」
 悲しいことに、その言葉が嘘ではないということが僕にはよく分かった。叔父さんは恋をするのが上手で、しかしその恋は時に人を傷つける。
 行くか、といって立ち上がる叔父さんに僕は急いでジョークの残りと揚げパンを口に放り込んで後に続いた。叔父さんと僕は、迷うことなく市場の中をスイスイと歩く。チェンマイでは安いアパートを借りて、二カ月ほど滞在していた。叔父さんも僕もチェンマイの埃っぽい活気だとか、人々の信仰の深さをとても気に入っていたが、そろそろこの町ともお別れになりそうだった。
「ヤマザキくんのああいうところ、結構好きだったんだけどねえ……」
 市場のざわめきの中に消え行ってしまいそうな小さな声で、叔父さんはぽつりと言った。けど、の後は続きそうになかった。

 叔父さんとの旅は刺激的で楽しかったが一つだけ懸念点があった。それは朔ちゃんをあの家に置いて行くことだった。
 五つ歳の離れたこの姉は一緒に歩いていると双子か、あるいは妹に間違えられるほど幼い見た目をしている。その中身は外見と違わぬ純粋さで、ひどく浮世離れしていて、危なっかしくてたまらない。おまけに僕が日本を発つ直前にどこぞの馬の骨とも知れないスノボ野郎と付き合い始めた、と言うものだから僕はよっぽど出発を見合わせようかとも思ったのだが、結局は睦月くんの「大丈夫だから」という言葉を信じて予定通りカターニア空港行きの飛行機に乗ったのだった。最初に向かったのは叔父さんの友人がいるというイタリア、シチリア州。機内で浮かない顔の僕に、叔父さんは白ワインを飲みながら「本物の海の碧が見られるところだよ。」と言った。「あとイワシのパスタがうまいんだ。」とも。僕はただ黙って夜の東京湾を見下ろすだけで、返事をしなかった。
 僕らは毎日一通ずつ送り合うメールの中でお互いの日々を報告し合った。僕は叔父さんとのおかしな毎日を、彼女は淡々と過ごす静謐で穏やかな毎日を。朔ちゃんは短大の教授のツテで翻訳の仕事を家でしていた。たまにメールの中に登場するスノボ野郎の様子から、彼があまりに退屈な男であることは明白だったが交際は一年近く続いたようだった。これだから睦月くんの「大丈夫」はあてにならない。
 僕は十歳上のこの兄がずっと苦手だ。しかし朔ちゃんは僕とも睦月くんとも平等に仲が良く、そして「三人一緒」を好んだ。僕らは多分、彼女のために三人一緒にいたし、彼女のおかげで三人一緒にいられた。僕たち兄弟が一緒にいるためには真ん中に朔ちゃんという強力で、決して衰えることのない両面テープが必要だった。
 僕たち三人は台風の過ぎ去った後の街を深夜徘徊する、なんてことがよくあった。朔ちゃんが、台風が好きだったからだ。台風が近づいて風と雨が強くなると彼女はバルコニーに出て傘をさした。
「危ないよ。朔ちゃん。」
 僕には彼女がそのまま風に乗って飛んで行ってしまいそうに見えて怖かった。そのぐらい、彼女は華奢で線の細い身体をしていた。しかし僕がそう言っても彼女は曇天の中で晴れやかに笑うのだった。
「どうして?こんなにも大丈夫なことってないわ。」
 いよいよ雨風が強くなってくると彼女はリビングにあるテレビ(普段はほとんど活躍することがない)で台風の針路情報を熱心に見ていた。台風の風速や、向き、位置、そしてわざわざ風の強いところに出向いて傘を吹き飛ばされそうになっているレポーターの映像を。変にテンションの高くなった彼女と、そんな彼女の濡れた髪を後ろからそっと拭いてあげるのが僕は好きだった。
 ある年の台風は特殊で、針路が東から西へと真横に動いていた。
「東から西に動く台風なんて、この世の終わりみたいで素敵。」
 地球史上最大、なんて馬鹿みたいな冠がついた台風はとにかく強大で、特に朔ちゃんのテンションの高い年だった。
 台風の間の僕は、といえば大体バルコニーの朔ちゃんを見守り、彼女の髪を乾かし終えると部屋で本を読んだりラジオを聞いたり、目を閉じたり開いたりして過ごした。朔ちゃんには絶対に秘密だったが、実のところ僕と睦月くんは台風が苦手だった。二人とも低気圧にすこぶる弱いたちだったのだ。
「零、 散歩に行こう。」
 ノックの音で目が覚めた時、身体はだいぶ軽くなっていて、その体感でもうすでに台風が過ぎ去ったのが分かった。返事をすると扉が開いて朔ちゃんと、おそらくさっきまで寝ていた様子の睦月くんが大分すっきりとした顔で立っていた。一瞬、目が合って互いに了解する。僕たちは折り合いが悪いにも関わらずとてもよく似ていた。
 深夜の街にはそこそこ嵐の跡が見えた。薬局に貼ってあったたくさんの電子マネークーポンのお知らせの張り紙は全部破れていて、道には自販機のゴミ箱の蓋がいっぱい落ちていた。明日はゴミ箱合わせをみんなでするのかな。そんなことを思っていたら前を歩いていた朔ちゃんが「明日はきっとゴミ箱合わせね。」と振り返って言うのでちょっと笑った。ちらりと横を見ると睦月くんも笑っていた。僕たち三人はこんな風に同じことを考えることがよくあったが、それを口に出すのはいつだって朔ちゃんだった。
 いつもよりだいぶ増水した川の近くを歩いていると大きな黄色い実が落ちていた。オレンジにしては大きい。あたりを見回してみても周囲にはそんな実のなる木はなさそうだった。一体、どこから。その実を拾い上げるか少し迷って、やっぱりやめる。その正体不明の実のために腰をわざわざ屈めるのが、億劫だった。
 遠くから絶えず聞こえている音が、救急車の音だと気付いた。ネット上では強大な台風に遠くないどこかで知らない誰かが大変な目に遭っていると伝える映像や文章があふれかえっていた。今も誰かが、誰かの命を必死に運んでいるというのに目の前の現実がどうにも噛み合わない。
「また、参加できなかったな。」
 ポツリと朔ちゃんがそう言った。今度は僕も、睦月くんも、笑わなかった。どこかに貼ってあったはずのクーポンのお知らせの紙が、水分をたっぷり吸って夜のアスファルトに張り付いていた。

「睦月が大変なの。お願い、帰ってきて。」
 今にも泣きだしそうな朔ちゃんの音声メッセージを聞いた時、僕はアイスランドのレイキャビクにいた。僕らが泊まっていたのはゲストハウスの屋根裏にあるこぢんまりとした部屋で、ベッドは他のどの国でも味わったことのない気持ちの良いスプリングがやさしく効いていて建物全体に張り巡らされた管を通る熱湯の温熱効果でほどよくあたたかかった。そのゲストハウスは主人であるおばあさんの作る朝ご飯が美味しくておまけに食堂にはいつも犬がいたので僕も叔父さんも大層気に入っていた。これは何か国か回って僕が個人的に思うことだが、寒い国は感じのいい人が多い。いい感じの人、じゃなくて、感じのいい人。それはもしかしたら、人の温度がなければ厳しい冬をこえることなんて出来ないからなのかもしれない、と思う。
 その日、僕たちはリングロードを車で走って(運転は僕。アメリカにいた時、信じられないくらいの簡単さで国際免許をとった)、ギャオや間欠泉を見に行っていた。世界中の大地が生まれるプレートの切れ目も、凍り付いた大地から吹き出す熱い水も、どちらも凄まじいものだったが地球規模で起こるその現象は僕の頭で理解するにはスケールが大きすぎた。すごい、のだと思う。ただ、知識と目の前にある現象がうまくかみ合わない。アイスランドは空気がきれいすぎて、遠くのものでもとてもクリアに見えるので距離感がバグる。そういうのも、関係していたのかもしれない。数分に一回、数十メートル規模の高さまで吹き上げる熱水を見上げながら、それよりもハットルグリムス教会から見下ろす朝焼けの中のレイキャビクのこぢんまりとした街並みの方が現実的で、大切で、僕は好きだな、と思っていた。
 ゲストハウスに戻ってスマホの電波が入ると、大量の不在通知と、音声メッセージが入っていた。そのメッセージをスピーカーで流した時、同じ部屋で一緒にそのメッセージを聞いていた叔父さんが静かに言った。
「そろそろ、帰るか。」
 僕は黙ってうなずいた。旅を始めて五年、結局僕たちは一度も日本に帰ることはなかった。その旅も、もう終わりだ。
 僕はもうすぐ二十歳になる。叔父さんの庇護下で旅をするのは大人になるまで、つまり成人するまでと最初から決まっていた。日本では成人が十八歳になるらしいという話も聞いていたが、叔父さんはあくまで「酒とたばこが許される年齢」が成人だと言い張った。
「イルマとお別れするのは、寂しいけど。」
 そんな軽口をたたきながら僕は未だにそのメッセージで告げられた事実を呑み込めずにいた。悲劇的な事実と、目の前にあるフカフカのベッド。事実と目の前の現象がかみ合わない。現象の対義語は、たしか本質だったな、と何故だかその時思い出していた。
「はやく、帰らなきゃ。」
 いろんな国、いろんな町へ行き、いろんな人に会った。そのどれも好ましく、僕の心を楽しませた。それでも結局僕には、彼ら以上に大切なものなんて出来なかった。

「で、なんでこんなところでゆっくりブランチをしているんだっけ?」
 ナイフとフォークで器用にガレットを切りあふれ出す半熟卵の黄身をすくい上げながら叔父さんが言った。日本に帰国した僕たちは、その足で表参道にあるブルーラウンジに来ていた。
「自分が来たいって、言ったんじゃないか。」
「そうだけど。」
 青い壁で周囲から隠された中庭のようなテラス席、四角く切り取られた空をヘリコプターが横切った(訂正。本当は、ヘリコプターの姿を見たわけではない。ただ、近くで音がしただけだ)。
「自衛隊のヘリだ。」
 叔父さんが空を見上げながら言った。
「音だけで分かるものなの?」
 僕がそう尋ねると叔父さんは自信満々の顔でうなずいた。嘘だ。彼は時々、そういうしょうもない嘘をつく。
「はやく家に帰らなくていいのか。」
 叔父さんの質問には答えず、僕はナプキンで口元をぬぐった。僕は自分の一口を大きいと思っていて、でも実際はセルフイメージほど大きくないので口の周りに食べ物がつきやすい。口元をぬぐったナプキンには、やはり黄色っぽい何かしらの食べかすがついていた。
「大丈夫だよ。」
 数時間のフライトの中で僕は大分落ち着きを取り戻していた。いつかは、こうなる気がしていたのだ。遅かれ早かれ。
 ただ、家に帰って朔ちゃんに会う前にもう少し時間が欲しかった。そしてその時間で叔父さんと話をしたかった。周りに誰もいないところ、例えば真冬のテラス席のような、そんな場所で。
「叔父さんは、知っているんでしょう?」
 十五年前、僕たちの父親はいなくなった。失踪した、ということになっている。
「睦月くんが……父親を殺したんだ。」
 父さん、と呼ぶほどの親しみも思い出もなくて、少し迷ってから父親、という言葉を選んだ。
 僕は当時五歳だった。あの日のことは、鮮明に覚えている。正しくは、鮮明に「あの時」、思い出した。
 リビングだった。僕はソファに座っていて、父親と朔ちゃんがじゃれ合うのを見ていた。二人とも大きな口を開けてそっくりな顔で笑っていた。僕も、なんだか楽しい気がした。父親が朔ちゃんをくすぐると、朔ちゃんは悲鳴のような笑い声をあげた。朔ちゃんはくすぐりにとても弱かった。そしてその笑い声はたしかに悲鳴のよう、ではあったがやはり笑い声だった。気付いた時には、その背後に包丁を持った睦月くんが立っていた。
「朔ちゃんに覆いかぶさった父親が、何をしているように睦月くんには見えたんだろうね。」
 冬のテラス席には暖房器具が置かれていたが、それはやはりアイスランドの厳しい寒さを想定したものとは大きく違っていて、寒かった。僕たちはコートを着たまま食事をしていた。あたたかそうな室内で楽しそうに談笑する人々の姿が、サイレントに見える。
「ただ、勘違いしたって言えばそれまでだけどさ。それって本当は睦月くんが、」
「零。」
 僕の言葉を遮って、叔父さんは静かに口を開いた。
「へんな憶測はやめてくれよ。義兄さんは、失踪したんだ。きっとあの家から自由になりたかったんだよ。僕にはその気持ち、少し分かるな。父さんたちともうまくいってなかったみたいだし、辛いかもしれないけどそれが事実だよ。君たちと姉さんとの生活を投げ出して逃げた。それだけのことだよ。」
 また、頭の上からヘリコプターの音がした。
「……分かってるよ。」
 旅の中で叔父さんに放っておかれている時間、僕は僕で自分の時間を過ごしていた。町を散歩したり、絵を描いたり、自分なりに現地の友人を作ったりもしたが(海辺の町ではサーフィンをしていれば大体友達ができたし絵を描いていれば自然と人は集まってきた)、その時間の多くを僕は本を読んで過ごしていた。最初は主に小説ばかりだったが、チェンマイでヤマザキさんにニーチェの本をもらってから(正確には、僕がもらったわけではないのだけど)西洋哲学に興味がわいて、ニーチェの他にデカルトやフロイト、ハイデガーの本なんかを好んで読んだ。それは日本語であったり英語であったりした。その中でも特に気に入ったのは、やっぱりニーチェだ。
〝神は死んだ〟
 あまりに有名なフレーズのその続きを、僕は知らなかった。続きは、こうだ。
 神は死んだ。僕たちが殺した。僕たちは、自分たちの理性が正しく機能すると過信してしまった。神はもう要らないと、そう思ってしまった。それは、間違いだった。それでも。
「お待たせしました。」
 ウェイターが食後のコーヒーを持って立っていた。僕と叔父さんの前にカップとソーサー、ミルクと砂糖、それからシガールを一つずつ置くと美しく三十度に礼をして立ち去った。
 ブルーラウンジでは食後のコーヒーと一緒にシガールが出てくる。僕も叔父さんも、シガールが好きだ。ビニールのパッケージをギザギザした端から細く切り、その煙草のような細長いロール型のお菓子を口に入れるとサクっとやわらかな音がする。サクサクと咀嚼をしては、コーヒーを口に含む。バターのコクと、くせがないあっさりとした甘み。僕たちはしばらく黙ったまま、食後のシガールを楽しんだ。
「さて。」
 コーヒーの残りを飲み干すと、その小さなパッケージを器用に折りたたむ叔父さんのきれいな指を見ながら僕はようやく声を発した。
「帰ろう。朔ちゃんが、心配だ。」
 

 続きはこうだ。
 それでも僕たちは、生きていかなければならない。
(見間違いっていうのは、本当は自分自身が望むものを投影して起こるのではないかな)

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