クラクションは霧の中で 8話(最終話)
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(睦月三十六歳 朔三十一歳 零二十六歳)
危ないから僕が運転していくよ、という零になんのために私が免許をとったのよ、と言い返し、おそるおそる公道に出た。もちろん公道で走るのは初めてではなかったが、周りにたくさんの車が走る中で何度もクラクションを鳴らされながら、こんなに恐ろしいこと、一度きりにしよう、と心に決めた。クラクションを鳴らされること計五回、なんとか家の裏庭に車をつけた時には私も零もクタクタだった。
「本当にこんなのでうまくいくのかなぁ。」
「いくわよ。いくに決まってる。」
私は自信満々に言った。
クラクションは霧の中で鳴らすものだといつかどこかで知った。あの警笛は人を威嚇するためではなく、自分はここにいると相手に知らせるためのものなのだと。
六年前、睦月は深い深い眠りについた。きっと夢を見ているのだと医者は言った。原因は分からない。ただ、精神的なものだと。
私は睦月が夢の中で迷子になってしまったのだと思った。どこへ帰るべきか、帰る場所に行くにはどちらに向かって歩けばいいか、分からなくなっているのだと。だから、彼が帰ってくるにはこれしかないのだと飛びつくように思った。クラクションを鳴らすのだ。私は、私たちは、ここにいると。
睦月がどんな人だってよかった。ただ生きて、心臓が動いていて、感情があってくれれば、それでよかった。父親も母親も、友達だっていらなかった。だって私たちは世界でたった三人きりの、最高で最愛の兄姉弟なのだから。
「じゃ、いくわよ。」
私は車の窓を開け、祈るようにクラクションを鳴らした。警笛は静かな住宅街に遠く遠く響いた。
だから睦月、夢の中に逃げてしまわないで。こちらに帰ってきて、また三人で星を見に行こう。
何度も何度もクラクションを鳴らしながら、これで睦月の目が覚めたら、と思った。
これで睦月の目が覚めたら、それは都合のいい、美しい結末かもしれない。それでも。
どんなに夢みたいな話でも、やさしい夢にはきっと意味があるはずだ。
「それは人間としてひどくあさましい行為だ。しかしそんな孤独な人間なら誰しも陥りうるそのあさましさを、彼らが求める唯一の絆を、どうして笑うことができるでしょうか」
