一年を振り返って(2024年)
今年もついに終わりを迎えました。
皆さんの一年は、成長ある一年でしたでしょうか。
今回は、わたし自身この一年を振り返って、また皆さまに感謝や覚悟を述べたいと思っておりますので、お読みいただけると幸いです。
いやあ。一年振り返ってみますと、まあ本当に長いです。
去年の元旦のことを思って、一年何があったかなと振り返ってみますと、まああれはある、これはある。あれもこれも変化があるし、その中での学びもまた膨大でした。
一年一年、わたしはいつも大変長いです。年がいったら短くなると言いますが、私はまだたかだか28歳ということもあるのか何か、もう毎年めちゃくちゃに長いですね。三年ほどに感じます。
こうして一応元気よく、過ごさせていただいているのも、皆様のおかげ、社会のおかげ、これまでの歴史のおかげ、あらゆる御霊のおかげ、天地自然のおかげ、かみさんのおかげ、御仏のおかげ…と目に見えて近い方から、遠い方(霊的には、本当の意味では近い方)へと目線が伸びていって、全てのものがそうしたものの組み合わせによってあるということを見て、感嘆しまた感謝するところです。
今年一年も本当に、激変の積み重ねの一年で。沢山のお世話をいただいたり、反省があったり、進展があったりとパンパンの一年でした。少し振り返ってみます。
元旦
元旦は、以前住んでいた地域の神社さんにお声がけいただき、そちらのお手伝いで幕開けました。僧侶でありながら、神社のお手伝いで大晦日と元旦を過ごすという、滅多に見かけないような過ごし方をしていました。お陰様で、現代の神社の裏側を見せていただき、またお手伝いもさせていただいて大変貴重な機会となりました。
年頭の挨拶で「今年は辰年ですし、何か災害でもあるかもしれませんが」と言っていたところ、元旦からいきなり能登震災があり、この一年大丈夫かいなと人間心から心配もしたものでしたが、こんなものは人間ごときの考えであって、もっと天地自然のこころと共にあれるような心になっていかないといけないなと今現在は一歩先に進んでいる気がしています。そんな一年のはじまりでした。
生活の方面
生活の方はといいますと。
少し事情をおさらいしておくと、2019年4月~2021年3月の二年間道場生活をもって僧侶資格取得。お寺もなく行く当てがないので、宗の中心組織の「宗務庁」に2021年4月~2023年1月まで勤務。数年間隠遁したいと願い、2023年3月~滋賀県栗東市のお寺へ入山。
富山

色々と事情があり、富山県僧侶Sさんが檀那(現代で言えばスポンサー)となってくださることになり、そのお寺を去って富山県の使用していらっしゃらない建物をお借りして、そこをしばらく主として暮らすことになっていました。
そんな感じで、ただでさえ大学卒業後からは安定した行き先のない僧侶の道であったところから、さらに一歩進んで「いよいよ本格的に行き先のない流浪の宗教者」として行きはじめることになり、前途盲闇ただ直感の光あるのみの、現代なりの出家的生活をはじめさせていただくことになりました。
富山県の住居の約束は元々は一年。一年経てば、また完全に安定的な居場所は消滅するという危機感のなか、一旦一年間はどうにかなる、その先をこの現代になんとか形作らなくては(生きていけない)ということを常に考えながらの生活がはじまっていました。
そのときの(現在は少し心境に変化あり?)目標としては「諸宗教・科学の統合的視座に関する理論」を何とか執筆して、2025年には出版できるようにという一心で、それを書き始めたことを思い出します。
ところが事態はそれほど簡単ではなく。色んな事情があって、それに集中できない日々。一年後にはどうにかしておかないと、今後の人生が人間心から考えるとどんどん崩壊していく…という焦りと共に、なんとか心を平静に保ちながら、いつも通り何の物質的な足しにもならない思索に没頭し、ある程度ケリがつけば執筆し…を繰り返す数カ月間でした。富山県の、慣れない寒い寒い気候で、見たことのない降り積もる雪とともに、もがきゆく思いでした。
京都
数カ月後、また別の事情で、半分は京都に暮らすことになりました。また、これと同時期に富山のスポンサー契約が一旦停止するようなことになり、一旦経済源が消滅しました。
そういうことに備えて、無理して節約しながら宗務庁時代のなけなしの給料(これもお布施と認識している)や主に外の寺院のお手伝いの際にいただいた分を主として貯蓄しておいた分を切り崩していく生活がはじまり、いよいよ腹を括り始めるような気持でした。
滋賀
そんな頃、定期的にお参りに伺っている滋賀県の檀那さんが以前から「うちに住んでいただいてもよいのよ」と言っていただいていたのでお言葉に甘え、滋賀県のお宅にも暮らすことになり始め、滋賀県のお宅を主として暮らす日々が始まりました。
昔から、本来僧侶は家を持たずに、用意いただいた建物を転々として暮らしたりしたものですが、現代にそれを実際に出来ていることが、非常に有難い経験だなあ…と何度つくづく思ってきたかわかりません。
私は、ボロボロの衣服に、ボロボロの建物で結構なのですが、そうしたことを申し出て下さる方は余裕のある方に決まっているためにかえってお貸し頂く建物は立派なケースが多く、この自分の茨の道と、身を置いている建物の立派さのギャップを何度おかしく思ってきたでしょうか。
全く有難いお話で、いつか死ぬときにはこの感謝の念を特大に放って往くことを確信しています。この善意のエネルギーが、世界に少しでも生まれてきて、少しずつ少しずつ成長していって、世界全体にいつか及ぶことを願い、また確信するものでもあります。
結婚(実家継承)へ

ちょうど、それがまた数カ月過ぎたころ、
今度は未発表ですが婚約者ができました。
昔にお付き合いしていた方で、久しぶりにアクションがあり連絡を返したところ、結婚しませんかと投げかけるとすんなりとOKを貰い、そのような運びに至り現在に至っています。
こんな茨の道を行き、風呂すら敢えてろくに入らず、プレゼントなども出来なければ、一生人を救う道に身を置いて貧道を積極的に行こうとしている身に、共にいてくれる奇特な人がいるものだなあと、ただ感心するばかり。
この話は長くなってしまうので、今回はやめておきますが、これは私の幼児のときからの大きな悩み事で。簡潔にまとめておくと。
実家本家には私子供一人、先祖が努力してよく思い継いできた家があり、先祖を大切にするという意味においても色んな意味においても私は道の上からいってこの家を継いであげなくてはならない。それは利己的な家としてではなく、社会に役立つ清浄な家として、利他的な細胞として継がなくてはならないという思いがはじめからあり。
一方で過去世からの僧侶主体のわたしは純粋な出家がしたい、そうでなくても宗教者として人々をこの時代に救う貧道をいく者でありたいという思いがあり、この二つが常に綱引きをして生きてきたという事情がありました。
そういう思いを抱えながら大きくなって仏教を今世に勉強しなおしたときに、末法思想と名字比丘の概念にぶつかり、道を発見してそれまでの思いがそこに矛盾なく完全に一致して、ストンと落ちて来たわけですが。
一方で、結婚するといっても、こんな「貧道を積極的に行きたい」、「宗教的に人を救うことに専念して普通の家族としての時間もあまり持てない」、「人々からいただいた尊い喜捨や御礼は、使い道をよく考えなくてはならず、自由なことは色々とできない」といった道に共にあってくれるような、それでいて本人はよい女性のような人など現代に本当にいるだろうか、わたしは人を救うばかりで先祖孝行が果たせないようなことになってしまうのではないだろうか…という不安が幼児からひたすら極めて在り続けてきたものでした。
そこで、この出家心とは全く逆のところで、「先祖孝行の思いという、唯一人子として在家道の思い」から恋愛・色情面の悩みが常にあり続け、わたしの半生が形成されてきたものであり、配偶者を得ることへの危機感が宗教者・貧道を行くからこそ逆説的にかえって強く、いつも女性探しがすぐそばにあるという、全く矛盾したものが同時に並行してある半生でした。
そんな中で、以前にお付き合いしていたがそのときは諸事情で一緒にいられないと判断していた方があったのですが、その方が奇特な方で、今見たような条件でも何でも「あなたは、全力であなたの使命を果たしてください。わたしは横で普通の生活をしておいてあげるから」ということで、応援してくれる人であるので、決意したものです。
こんな人がいるのだなあ…と感激の毎日ですが、これも縁のものであり、「必要なものは求めずとも与えられる」ということからして、なるようになっているのだなと実感することでもあります。
彼女は普通の仕事をしていて、普通に稼ぎがあるので、わたしが足並みを揃えられないならば普通は耐えられないものと思うが、全く何でもいいそうで、「したいことを何をしてくれてもいい」と言ってくれるだけなので、心配するわたしよりも遥かに度胸もあり器も広いと感激しています。一切のことは将来どうなるかなど分からないものなので、いつまでもこのまま上手くいっているか知りませんが(笑)、現在はこのようなことになっています。
ということで、とんとん拍子で進み、向こうのお宅へご挨拶に伺ったり、両家顔合わせなど、そうしたこともありました。こんな人間との結婚を認めてくれるご両親が、現代にいかほどいるであろうかと幼時からの悩みを蓄積しながら思うのであるが、さぞかしご心配は非常にあるものと思いますがOKをくださり、両家の顔合わせも済んで後は入籍するのみとなっている状態になっています。ということのご報告でもありました。
人が結婚するかどうかなどということも、予め定まっていることであり、またそれは因縁によって定まっているものです。家はもし途絶えれば、血縁をたどっていって、どこかの血縁にその霊体は頼っていくことになっているので、子がいなければならないというようなことが絶対的にあるのではないです。ただ、それも何もかも因縁によって定まっているだけ。わたしは多分、結婚することが定まっていると思います。
また、家を残すというのも繰り返しになりますが、全く利己的な意味においてではなく、社会のなかでよい精神性を伝える細胞として在り続けようとしていくものです。そもそも、皆さんも来世は絶対にあるのですが、全ての家はどうせどこかで血縁が生まれ繋がっていくものであり、これは決してお互いに他人事ではないのです。わたしの血の繋がった子孫があるとして、そこと皆さんの血筋がどこかで繋がったり、あるいはそういうところに生まれ変わったりする。わたしも皆さんの血筋と関係のあるところに生まれて行ったりする。そういうことなんですね、これは。
と話が逸れもし、長くもなりましたが、そのようなことになりました。
淡路島へ

そこでお相手が淡路島に勤務しているということで、そちらに転がり込む形となり、9月頃から淡路島在住となっています。
使命を理解してくれて応援してくれているので、非常に楽なものです。わたしが彼女にどれほどお役に立てるであろうかといつも心配しますが、「精神的に安定している人といるってこんなに楽なんだ」ということにいつも感動してくれているようで、それがせめてもの私の心の救いになっています。料理好きな人で料理をしたいということで、家事なんかもほとんどしてくれており、私は過去世からの僧侶の道として「思案や修行や執筆に専念するために家事を極力しない(僧侶が剃髪をしたり物を持たない、お風呂に入らないとかいうのは本来そのため)」という道ですから、今のところは…(笑)上手く融合して、暮らしています。
そういうことに文句をいうどころか「お風呂も入らなくていい」「料理は好きだからしたい」「気にせず自分の道だけに集中していてね~」「絶対いつか何とかなると思うし収入なくても大丈夫だよ~」という感じなので、わたしはわたしで人を救わねばという信念から普通の人生を捨てているという奇特な人間ではあるもの、現代の平均的な一般女性を想起するところこんな奇特な人がいるものかと思うと、神業なのだろうな…とつくづく思わされるものである。これでいつか捨てられていたら、笑ってください(笑)
ということで、滋賀のお借りしていたところは出て、淡路島に暮らすこの4カ月でした。
来年度からは、本州に移り住むことになっています。
仕事の方面
宗教者の仕事の面でいうと。
これまでの半生は「諸宗教・科学の統合的視座に関する理論」に向かい続けてきたもので、当初はそれに向き合い続けていました。
そんな中で一つ変化があったのは、浄土真宗僧侶「松本紹圭」氏との出会いでした。お会いしてすぐに、ご自身のポッドキャスト・ラジオの出演オファーをいただき、出演する運びとなりました。
初めて日の目を少し見たような形で、ああ少し将来の兆しが見えてきた感じがするなあという感じでした。

その頃同時に久しぶりに「坐禅会」をしようと思い立ち、これをしてみたところ。たまたまラジオ出演と時期が重なっておりそこから関心をもってくださった方が一定おられて、そうしたご縁もあって「端坐会(坐禅会に対して命名したもの)」に人が集まるようになり、これを継続していくことになりました。
初めは定期開催のつもりはなかったのですが、私には伝えたいことが膨大にあるし、皆さんが月に一度そうした宗教的時間をもつ機会を作るのもいいことですし、生活面から言えば月に一度の托鉢機会にもなるなということで、毎月開催してみようという運びになりました。
こんな奇怪な人間に、関心をもって耳を貸してくださる方がおられて、ああ世界は有難いものだなあと明るい気持ちにさしていただきました。
まあ冗談のように言ってますが、わたしは私の中にある核の部分については、幼少期から一貫して完全に確信しているのですよ。といってもノイズはありますし、現状として完成しているわけではないというところで、後に見て変更されるような部分だとか、遥かに発展する部分だとかは多分にあると思っていて、こうなんとも自信を持ち切れない姿をお見せしてはいますが、核の部分だけは絶対真実ですから。
そこは本当のところは安心してください。ただ私が慢心しないように気を張って、まあ冗談で自分のことけなしたりもしているだけのことです。いつかは、さらにはっきりすると思います。
そんなこんなで、わたしはお伝えしている内容には自信はありますが、とはいえ完成形でもないこんな状態において、近くに寄ってきてくださる仲間がいるということは大変喜んでおります。
わたしは、お釈迦さんのようにこの世界の親とかではなく衆生の一人でしかないですので、完全に皆さんと対等ですから、歯がゆい思いなんですけれども、同じ良い細胞としてこの世界に存在する縁として在り続けていただけたらと思っています。生きている間だけではなく、末永く共にありましょう。切磋琢磨もしましょう。
他にもいろいろとしていますが(このnote執筆もその一つですね)、まあ仕事の方は大体このような感じでした。
また相談の方も久々に開きまして、幾人何度か頼っていただいて、これも良かったなと思っています。わたしも命の仕事を果たせていてこれは喜びですから、時間などの許す範囲ではありますが、永年していけたらと思っています。
反省
あと、今年はとにかく反省の年でした。
これまでも反省することは沢山あったんですが、今年はピカイチでした。良いご縁をいただいて、本当に良いことでした。沢山反省しました、今年は。ある方と特にご縁が深くなって、お互いの至らないところなんかを正面から建設的に話し合って、何故そうなのかを紐解きながらお互いに紐解きあったりなんかもしました。
こんなに素晴らしいことはないです。
お経読むとかそういうこともいいですけれども、それも何のためにしているのかといえば「たましいとして成長する、磨くため」なのであって、この話し合いというものは素晴らしい宝物でした。こんなに本音で話し合える関係というのは、このお互いに一定距離を空けあう現代において中々得難いものだと思います。
そこで決して破壊的にぶつかるんではなし。絶対に私心はそこにはなく、お互いに神仏や誠に対して純真さや真剣さがあるからこそ出来たことであり、私憤などは一切ないところでぶつかり、磨くことができました。
そのおかげで既に自覚していた点だけではなく、素直に見つめ続けることが出来るおかげで、自覚できていなかったところまで何個か自覚することができました…。
これは得難いですよ。こういうことが出来る関係が、当たり前の時代になることを願うばかりです。私心があれば、これは絶対にできないです。
その禊の一つのモデルとしても経験させていただいたように感じました。
そういう磨きの中で、自分のいけないところに真正面から本当の意味で素直に向き合えるようになった一年でもありました。それをこじれなく出来るような相手に乾杯なんです、これは。
現代ではついつい物質的豊かさばかりを追いかけている人ばかりですけども、そんなものは死んだら無くなるし、もっと言えばそんな心だけが死後に残って非物質な世界で苦しむんですよ。ところが精神の成長は死後にも来世にも繋がっていくんです。この有難みは、死後に完全にダイレクトに感じるものと思います。
それで、色々と反省しました。
10月頃までポツポツとそうした反省をしていたのですが、ある機会に完全に一転する心境となって、わたしは11月頃から禊を始めました。これまでの罪を一人ではありますが口にしていって、そうしていると忘れていた罪や、或いは自覚していなかった罪が口に出て来たりして、ああこんなにも罪があったかと思うと少し恐ろしくもなりました。とはいえ、見えていなかったところまで汚れを取っていくような感じで、生きている間に発見できて良かったなあ…という嬉しさが強いですし、この残りの一生でどれだけ上がれるかということに向かっています。
もう、とにかく反省しました。まだまだ反省していっている最中です。
そこで、気分がまた一転しました。これまでの段階から、さらに一つ上のステージに入ったと思っています。それはこれまでの延長にあると思ってきましたが全くそうではなく、私にとっては全然違う方向のものでした。ああ、こんな道を行くのかというような気分です。
ということで思わぬ脱皮をはじめています。皮が何重にもあり、いつ終わるのか全くわからないです。
こういうのを日聖師は法華経の化城喩品がその喩えなのだと指摘されています。次のステージについてこんなものだろうと足を踏み入れてみると、実はそれは方便であって、真実には別の階段であったというようなことです。今のわたしはそんな心境で、思っていたこの年齢の時期に見ると思っていた景色とは異なる景色・道になったのですが、これがまた不思議と元々思ってきたものとよく考えれば矛盾なく近かったりもするのです。
だから、わたしが言う自分自身の未来像の話は、話半分で聞いておいてください。法華経の化城みたいなものを見せられたり語ったりもしているはずですし、これからもそういうことは一定あると思います。ただ方便の部分と、真実の部分が両方あります。道自体は確信ありますし、ぶれていない部分もありますし、ゴールにも確信はありますから、それはそれでご覧ください。
来年の意気込み
ということで、来年からの意気込みを少し記そうと思います。
来年2/16で29歳になります。とうとう29歳かという感じですね。
わたしは多分ですが34歳のときに何か重要な変化が起こってくると思っています。それは劇的かもしれないし、じんわりとしたものかもしれません。
これはある夢で、見せられた数字からして推測して言っていることです。この夢が少しうろ覚えで、確かその一つ前に29歳と見せられた気がするんです。34歳の夢告が強すぎて印象が薄くなってしまい分からなくなってきましたが、たしかそうだったととりあえず思っています。これは勘違いかもしれません(笑)
28歳のときは最も目立ったことなく、とにかく修行の一年だと言われていました。29歳は少し表へ出始めると一応言われていたと思っています。振り返ってみて、28歳は思っていた修行とは全然異なりましたが、すでに説明したように確かにとにかく修行の一年だったと後から理解できるものがあります。来年は、本当に少しは表へではじめているかも(?)しれません。34歳の方がはっきりしていて、それは多分決定的に何かあるのだと思います。
この28歳で得た、思わぬ方向転換・大反省を超えて、また全く新たなる道を歩んでいくものと思います。
そこで最も大切に考えていることは、経済苦への無執着です。
これまでの私は、いくら捨てた人生とはいえ、完全な崖っぷちではなく少しだけ安全なところをと思ってきたというのが本当のところなのだと自覚しました。それでは多分、ダメなんです。もう一歩進んで、別に崖から落ちる必要はない、本当にギリギリのところを歩みきるということが必要なのだと確信するに至りました。
わたしが普通の人生を送っていても仕方ない。やっぱりやるからには、ギリギリを行かないと。だからといって落ちるのも意味ない、まさに中道ですね。中道というのはコンテクストでその意味は変わります。わたしは、わたしの人生における「中道」を見つめ続けなくてはならないのだと思います。
わたしは僧侶がお布施を対価として貰ったりすることに絶対的なアレルギーをもち、絶対にこれを許容せずにそういう点においては限りなく純真清浄な行き方をしてきました。これはわたしが絶対的に自信をもてる一点です。
ところが、そこにわずかな執着のノイズがあった。
ところが現代の周りを見ていたり、僧侶界と共にあることを考えると、これはさすがに限界の範囲で、これ以上の徹底は不可能だと思ってきた、そういう内面の事情がありました。ところが、それでは多分意味がないのですね。
ギリギリ安全なうちは、もう一歩向こうの世界が開かれない。また何より、こうした歩みのわずかな穴が、私の歩みが残った後の時代に広がってきて、なあなあになっていく原因となったりする。そうなれば結局、これまでの宗派と変わりがない。わずかな緩みを許してはならないものがある。
そういったところで、わたしはこのわずかに残していた執着を断つことにしました。もう手を広げて、胸を開けて、天地自然に任せるような気分です。人間心で歩むところからは、その程度のものしか出てこない。人間心として普通に考えれば恐怖心となるようなところがどれほどあっても、そんなことを思わずに超えていったところに、その水準のものが現れてくる。
巻き込まれるであろう配偶者や子供に申し訳ないという気持ちをもってきたが、幸いにして奇特な人をそばに得た。これは反対に言えば、それで行くべしという天からの「ちょうど必要な分」の神業の授けものと思う。であるからには、より一層その道を信じて行くしかないと覚悟を決めるものです。
もはや、前途は一切不明です。
化城などを方便で見せられるとまでくれば、不明といった方がよいと思っています。
(ただ一方で、道そのものや、ゴールだけは一貫して確信されるものですね。これだけは本当だからぶれないです。)
もしかしたら出版をしないかもしれないし、極論僧侶ではなくなって新たな形を取っているかもしれない。宗教者という立場すらやめているかもしれない。それくらいに変化の幅を見ていただいた方が良い。
しかし一貫していることは、「世界の真理そのもの」、「私の核にあるもの、これまで感得し説明してきたことの重要な部分」、「世界が成長していきいつか理想郷となること」、そうしたことだけはそんな振れ幅をしていても、その中心軸として真実であるということです。
喩えば私が宗教者をやめたとしても、ちょうどそれは地動説を研究していた科学者が表に発表することを諦めたとしても、地動説自体は真実であったように、そうしたこととは関係なく真実としてあるものです。
そしていつも何より伝えたいことは、こうしたことは因縁のもとであったり、エネルギーであるということです。わたしは全人類のたった一人にすぎない。これは全身でいえば、一細胞のようなものということです。
そこで私がいつも確信することは、「私が今こうして格闘していることそれ自体に意味が本当にある」ということなんです。それが表に出る必要は必ずしもなく、この一細胞の格闘は必ず「因縁のもと」や「エネルギー」となって、「知らず知らずに世界という全身に影響を与え、連鎖をも起こし、またどこかで果を結んだりもする」ということなんです。
長期間飲み続けなくては治らない薬があったとして、初日の一粒はそれだけでは意味がないが、それによって確実に蓄積もする。私は初めから、そういう心地で生きている。
不健康な全身において、一つの細胞が健康的にあろうとするとき、それが長い目で見たときに確実に健康化の一つの階段として機能している。わたしはこの努力を全く厭わないんです。
そして、周りを巻き込んでいこうとするものです。
わたしはそういう気持ちで、この道を歩んでいます。
強く願いながら、しかし世界を信じて委ねながら、歩むものです。
そして、11月からものすごい心境の変化があって、「(軸は幼時から一切ぶれないながら)全く新たに方向転換して歩み直していこう」、これが来年の意気込みです。社会の精神的方面に寄与していきます。
世界のまにまに。
これからも毎年毎年、共に道に在る生命が増えていくことを、心より祈念しております。
圓満 拝
南無久遠本師無量寿光仏
南無妙法蓮華経
なもたかまのはら
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社会の精神的な向上を願って、宗教者の道を歩んでいます。
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みなさまに功徳が廻り、社会の精神基盤に寄与しますように。
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