輪廻転生、因縁について(発展・詳細編)~功徳は今使えない、たましいの数、なぜ過去世のことを思い出せないか~
「輪廻転生と因縁」について、真意を記しています。
今回は輪廻転生と因縁シリーズの最終回です。
これまでは基本的な仕組みと複雑な事例について示してきましたが、今回はさらに詳細な部分を付記するものです。
・たましいの数はどうなっているか
・人間は人間に生まれ変わるのか
・なぜ過去世のことを思い出せないか
など、気になる点を一気に説明します。
3章:因縁論
おさらい(以下に全てまとめています)
3節.その他詳細について
■功徳はほとんど今使えない
功徳があるとして、このような疑問が考えられる。
「功徳は買物のように使用できるとすれば、今世獲得している功徳を今世内に使用することはできるか。今頑張って功徳を獲得すれば、それを即座に今世内に使用して人生を急向上することができるはず」といった疑問である。
もう少し別の類似のものを考えれば「よいことをしたから、(今世内に)ラッキーなことがあった。反対に悪いことをしたから、(今世内に)罰が当たった。」というようなことが本当にあるかということも同じ疑問になる。
そこでこれに答えるものである。
結論から言って「今世内に獲得した功徳は基本的にほとんど今世では使用できない」(悪業の方は後述する)。
まず、「功徳とか罪業というものは主としては死後の清算によって確定する」ものである。
仕事で喩えれば、「給料はその場で得られるようなご褒美もあるが、多くは後で支払われるものがあったり」、「失敗もその場で問題となるものもあるが、しばらく時間をおいてその期間内に解決できないものが重い失敗として残る」といったようなところであろうか。
健康で喩えれば、「良い努力にはその場で反映されるものと後に反映されてくるもの、健康に悪い行いもその場で反映されるものと後に反映されてくるものがある」。
このように、単純なものではなく、複雑にあるものである。
もう一つ重要なこととして、「今世のことはそもそも宿命で決まっている」と既に説明した通りである。
そこで、「この時点で、このようないいことがある」ということも、そもそも決まっているといってよい。それは生前の功徳によって起こることである。また、この時点で善業をするということも計画されて出てきており、実は「その時点で善業をするのも先に霊界で設計している」ということが最も深い真相である。
そこで、その善業によって功徳が獲得されるからそれも見込みつつ、一時的にそこでご褒美のように楽果Aをそこで享受するというようなことも計画済であるといったようなことになっていたりする。
こうしたことの組み合わせとして、功徳の使用といったことは起こっている。
その結果として、功徳をその人生内に大きく使用するというようなことは基本的には起こらない。
死後に獲得され、霊界でそれによって次の人生がちょうど出張中のことを計画して出張に出ていくような感じで、「事前に決定されて出てくる」ものである。
そこで、その場で自由に使用できるような収入は、実はあまりないか全くないようなものであって、その場で使用するということはあったとしてもそれほど大きいことはしない。
さらにそれすらも、霊界というきっちりした場において、きっちりと決めて出てきているというのが最も深い真相であると思われる。
これが回答である。
■軽い悪果ほど早く、重い悪果ほど遅く
罪業の方についても、全く同じようなものである。
その場でいきなり解消しなくてはならないというようなことはあまりない。
そこで基本的に言えることとして、「軽い罪業ほど結果は早く、重い罪業ほど結果も遅い」というようなことになっていたりする。
例えば、仕事で軽い失敗は、その場で解決することが可能であり、その場で解決されたりする。
ところが重い失敗は、時間をかけなくては解決できなかったりして、解決には時間が長引いたりする。
裁判事になれば、なお結果が長引いていくであろうようなことである。
このようにして“基本的な傾向“として、
「軽い罪業ほど結果は早く、重い罪業ほど結果も遅い」というようなことになっているらしい。
そうなると、「悪いことをしたら罰が当たる」ということはそれほど簡単ではない。
「軽い罪業であれば、本当に割とすぐにその場でいわゆる罰が当たったりもする」ということがあるものと思う。
ただし、それもなかなか難しいもので、悪いことといっても、その人・その時点などの色んな要素によってその罪の深さは決まるものであるから、一見AさんとBさんでしていることが同じことであっても、或いはAさんにおいてPのときとQのときでしていることが同じであっても、その行いの罪の深さは同量ではないから、簡単に理解することはそもそも難しいということを考えておかなくてはならない。
ただそうしたことまで踏まえた上で、
「軽い罪業ほど結果は早く、重い罪業ほど結果も遅い」ということが基本的な傾向としては起こっているようである。
■人間率、人間とも限らない
輪廻転生(生まれ変わり)というと、一定数の人が「人は人に生まれ変わる、人から生まれ変わってきた」と考えている人がいる。また他方で、「人間に生まれ変わるのは針の穴を通すほどの確率で、今回人に生まれているのは非常に稀な機会である」という教説もある。
そこでこれに回答すると、すでに「六道と輪廻転生」について既に説明したことが回答の軸となる。
改めて要約を示しておくと。
実は六道とは心の階層を説示したものであり、実は「人間以前(まとめて畜生とするが、ここにも細かくは無数に段階あり)と人間に辿り着いて以降」ということが真意であり、進化論とも対応しているものである。

たましいは親霊から生まれ出したはじめは、原始的な生命体から輪廻転生をはじめ、少しずつ高等生物に輪廻転生して成長していく。やがて哺乳類などにたどりつき、最終的に人間に輪廻転生するに至る。これが実は輪廻転生の深い真相である。

六道は、まず基本的な意味としては、この人間に至ったたましいの心の階層を比喩的に表現したものであって、天餓鬼地獄などが人と異なるものとして存在することはなく、たましいの階層として存在するものである。
ここにおける畜生とは、「やっと人間にまで成長したにも関わらずまだ動物と同じような心である人間のこころの階層、動物心のような階層」のことを表現したものである。
実はこの、原始的な生命から遥かなる道程を経てようやく人間に生まれ変わり得ることを「針の穴を通すような確率」といっている。

ここで、輪廻転生は基本的にこのように前へ成長していくものであるが、物質的なものと、霊性的(心理的)なものは異なる性質もあるところ、物質的な方面は例えば身長が半分ほどに瞬間的に縮むといったような退化はしないが、心理的な方面は子供の頃を思い返せば瞬間的に子供心に戻ることも有り得るようなところ、たましいはこのような退化をすることもある。
こうした仕組みを取りまとめて、このようなことが結論である。
・人間は成長の果てに人間に至ったものであり、一度人間にまで至った者は基本的には次も人間に生まれ変わる。
昔から六道の天餓鬼地獄などの人以外の階層に生まれ変わるように表現されていたものは未開示の方便比喩であって、その真相は死後に霊性界に入るにあたって、その心の階層に従った階層に入るということが真意であり、「すべて人の階層」である。
※ただし、”人の中にある畜生”が=人に至る以前の畜生の階層と同等であり、「餓鬼地獄は動物のたましいの階層未満」にある。例えば、子供は大犯罪を犯せないが、大人に成長することで大犯罪を犯して子供未満の心となり得るようなものである。ところが、それも実は人の心であるから、次に生まれ変わるときにも基本的には人として生まれ変わる。
・人の中には、以前から人であった人と、初めて人として生まれ変わってくるものがある。
つまり人間の中には、人間歴が初回(動物から人間になりたて)、2回目、3回目…というように、色んな歴の人が混ざり合っている。
・霊性は物質面と異なり一時的にかつ瞬間的に退化しうるものであり、人に一度至っておきながら、動物に戻ることは多々あることである。
まして人間歴が短いものほど、簡単にそのようなことは繰り返す。人間歴が長いものでも、ときに起こす。
例えば畜生の心の階層にあると、そのようなことを起こす。餓鬼地獄まで落ちると、かえってそれは人間が深まった結果でもあるから人間界におけるそのような環境(スラムなど)に生まれたりする。或いは畜生心ほどに回復して動物に生まれ変わり、その罪をはらうような仕組みになっている。
※反対にかなり下等な生物から、人間に一気に成長するということは全くない。大人が子供心を詳しく回想しえても、子供が大人心を詳しく想起することはできないが如しである。
■過去世のことを思い出せない理由
輪廻転生ということを言うときに、挙がる懐疑点の最大の一つが「何故思い出せないか、或いは思い出せる人がいるか」という問題であると思う。そこでこれに回答する。
これは単一の理由ではない。複数の理由が複合しているものである。そこで、その複数の理由を示す。
1.夢中な状態に似ている
霊界から物質界に融合するのは恋愛中(或いは交合中)の夢中な状態のようである。今夢中であると、過去の恋愛について詳細に思い出すことは難しい。反対に成長して落ち着いている、或いは一時冷めていると、思い出しやすい。これに似た基本作用がある。
2.異質(正反対)なものであるから
物質界から霊界のことを理解するのは、反対の異質なものを理解するということで、異性のことを理解するようなものである。成長しているか、素直であれば、これはできやすい。これに似た基本作用がある。

註)
ここで注釈すべきは、すでに説示してきたように輪廻転生はあくまで別人と言えば別人であるということである。一回一回の別旅行の情報のようなものであり、統合した情報としては連続しているが、それはそれとして別に分離してもある。
そこで過去世の自分は、この自分とはまた別の霊として霊性界に存在している。そこで、輪廻転生を思い出すというにも二種利あり。
(ⅰ)深く統合された領域から流れ出てくるか、
(ⅱ)その別霊から知るかの二種類の方法がある。
この後者において、特に2の作用のあるなしが関与する。そもそも2の問題が少ない状態で、霊的感知能力があれば、過去世の自分と直接接して知るというパターンもあるということである。
(註終わる)
まず1、2のような理由によって、現世から過去世のことは思い出しづらくなっている(もしくは思い出そうと真剣にすることもあまりない)。
反対に、1、2のような理由を克服できている場合=成長している場合には、思い出しうる可能性が強くなるという関係性があるということになる。
そこで仏教では、禅定を深め悟りに近付くほど、過去世のことが思い出されてくるというような説示がある。
補足:霊格と思い出せることには実際には相関はない
この結論だけでは、「たましいの成長度と、思い出せることに単純に相関がある」というようなことになる。逆に言えば、「思い出せる者は霊格が高く、思い出せないということはその者より霊格が低い」ということを意味するかのようになるが、これがまた全くそうではないということを次に記す。
霊格とは関係なく思い出すケースにこのようなものがある。
3.印象の強弱
単に印象が強いものほど思い出しやすく、そうでないものは思い出しにくい。よく輪廻転生を覚えている子供などがいるが、事故事件戦争天災などの記憶が多いのはこのためである。よほどトラウマに感じたものは、こうした原理を突き抜けて、フラッシュバックするように思い出すというケースがある。
4.例外的現象
そもそも例外というものは万事につきものである。
そこで、思い出すに普通は相応しくない状態でも、例外的にそのようなことが実現することもある。
5.霊的感性と霊格の関係
2の注釈の理由から、霊的感性があれば伝達により知り得る可能性がある。
ところがこの霊的感性は霊格が高いとあるというようなものにはなっていない。
霊的感性は、本来人間であれば誰でも持ち合わせていたものであり、死との距離が遠くなったことで鈍ってしまった能力であり、単に遺伝などの差によるものも大きい、実はかなり原始的な能力である。それに加えて、因縁によって霊的感性を得てくるものと、持たずに生まれてくるものがあり、霊格と絶対的に対応しているものではないことになっている。
そこで、霊的感性の有無と、霊格とは実際には相関関係がほとんど消滅しており、裏を返せば霊格が低いものが霊的感性を発露するケースも多くなっている。
このような事情から、思い出しづらい仕組みがあり、また思い出す仕組みがある。
そして、基本的な成長すると思い出しうるという基本原理を突き破って、例外的に思い出す仕組みがあるということになっているのである。
■たましいの数
輪廻転生ということを言うときに、挙がる懐疑点の最大の一つとして他に「輪廻転生があるとした場合のたましいの数と、実際に物質的に存在する生命の数が合わないのではないか」という問題がある。これについても回答を付す。
まず問題点をさらに掘り下げて考える。
例えば、このようなことが問題となる。
近現代において、人間の数は急激に増加した、いわゆる「人口爆発」である。20億人ほどの世界人口が100億人ほどに増大した。それは、どこから賄われてくるかといった問題が例えば考えられる。
※或いはそもそも生命の進化の段階で、どこかで新たな高等種が急激に増加するときにも同じ問題が起こる。
そこで回答を付す。
・下等生物ほど、分裂する。
まず、霊魂は分裂するという事実があると考えられる。もし霊魂が分裂せずに転生していくとすれば、今見たような問題が簡単に起こるが、一方で物質的な身体が子供を複数生み出すように、霊魂も分裂していくとすれば、霊魂の不足という問題は簡単に解消する。
そこで物質的な出生と類似の構造を持つということから、物質的な出生を観察してみると、「下等生物ほど、その子供が多い傾向がある」ということが指摘される。虫や魚は多くの子供を出生し、高等になるほどその数は減っていき、哺乳類などはせいぜい二桁程度になる。
このように、下等なほど分裂が多いという同類の構造があり、虫魚などは霊魂も多く分裂し、高等哺乳類は数霊程度に分裂するというような構造がある(そのさらに真相は理論から示される)。
※霊魂の方が過多になる?
一方で、これではかえって霊魂の方が過多になるが、これはどうなるかといえば。
確かにこの構図であれば、霊魂の不足は解消するものの、かえって過多になる。ところがこれで問題はない。
過多に分裂した霊魂のうち、ほんの一部だけが次の生命に転生していくことができる。すでに輪廻転生は精子が卵子に入るが如くとも比喩してきたが、まさにこのような構図のあるものであって、一部の霊魂だけが転生の旅を通過していくことができる。
転生できなかった過剰に分裂した霊魂は、そのまま終わっていく(霊界にはその状態で残り続ける)というような仕組みになっている。

註)本霊が分裂する
注釈を付しておくと、ここで霊魂が分裂するとは別霊ではなく、本霊(統合的領域)ごとである。ちょうどPCのフォルダのデータをそのままコピーして分裂することができるように、本霊=本体ごと分裂する。ただし本霊を同じく分裂した霊体同士は、いわば霊体の兄弟のようなものであって似た性質を有して進行していくことになり、全く無縁・相違するものということではない。
実はこれはよく人間でも見かける現象で、AさんとBさんの霊体は古くは同一でどこかで分裂した兄弟姉妹的な霊関係でかなり性質が類似しているということは見かける。恐らくこのような事情があるものと信じている。
・一度人間に辿り着いても分裂する
畜生は分裂するということであるが、人間まで至れば分裂しないかと言えば、(ⅰ)人間も双子を生んだりすることもあるように分裂することが有り得る。そして何より(ⅱ)人間まで至っても特に歴の浅い内はむしろ畜生に戻ったりもして、人間を経験した畜生水準の本霊としてまた分裂するということが起こったりする。そうなると人間経験のある霊魂が複数に分裂することになる。
・高級人の分裂
人間歴を長く積んだような人(高級人と呼ぶことにする)は分裂しないかといえば、それもその限りではない。高級人は高級人で、教化のために意図的に分裂することがある可能性があると考える。仏や菩薩も、色んな世界に化身を出して分裂して生まれたりすることが説かれている。これは自在性の増大からくる、全く非なる分裂である。
このような仕組みから、「たましいの数」という問題は解消される。
(これらに加えて、他方世界から引っ越してくる霊魂もある可能性があるといった話もある)
補足:人口爆発の考察
一応最後に、人口爆発に着目して解説しておく。
20億人から100億人に急増したと見ると、80億人一気にどこからか霊魂を持ってこないと合わないように見えるが、実際にはそのような数式ではない。人口増加は、「―毎年死者数+毎年出生数」によって起こるものであり、例えば3億人新たに死して、5億人出生すると、2億人増加する。これを数十年繰り返すことで80億人増加するというような、ゆっくりとしたものである。
そこで実際の問題は、毎年のこの5億人出生などはどのようにして賄われているかということになる。
これに対する回答は次の通りである。
・就職買手急増期
人口増加時(新しい高等生物の個体急増時は以下に議論同じ)には、霊界から見れば人間に生まれ変わる機会の急激な増加ということになっている。そこで、既に人間を経験したことのある霊魂から、次に人間に生まれることができるほどに成長している霊魂まで、多く一斉に生まれ変わることができるような状態になっている。精子と卵子の喩えでいえば、受精できる卵子の座が急増したような状態であると言える。就職で言えば、労働の買い手が急増したような状態である。
・人間経験霊
そこで過去数千年の人間経験霊から出生する。ただし過去数千年の累積人口は80億人に追い付くほどの人口はないと考えられており、これだけでは数字が追い付かない。
・人間未経験霊
そこで人間未経験の、次に人間に生まれるまで成長した動物段階霊から多く出生する。
(このとき、経験歴に応じた環境に生まれつくという原理から、経験歴の浅い霊魂は、その時代の後進国やスラム的環境などに生まれやすいという事態になっているものと考えられる。そこで人間経験を積む。)
・転生までの間が非常に短い
死して次に生まれ変わることは通常時ではしばらく時が必要であったりするが、買い手が多いが如き状態であるので、死して生まれ変わるまでの速度が非常に早い期間となる。そこで現代に生きている人の多くは、割と近年に死した霊から転生しているものが多いというような時代になっている(これは人口急増が終われば止む)。
・他方世界(宇宙)

仏教では他方に無数の世界があることを説く。これは現代的に言えば、同じ宇宙の他の天体ということでもよいし、もっと言えば他の宇宙からというようなことを説いたものである。他の宇宙や他の天体で終焉したところから、倒産した会社の社員が他の会社に転職するように、引っ越してくるというようなことが起こる。少なくとも仏教では、他方世界間の輪廻転生を説いている。
■他宗教にも転生する(仏教徒がキリスト教徒になったりするか)
私が昔から説示したいことの一つとして、「他宗教にも転生する」という問題である。
これは私自身がそうであるから、これを強烈に思うし、それを伝えたいという気持ちに駆られるものと思う。
この物質界では少なくとも現代、「各宗教は別々のもの」として扱われ、宗教によっては輪廻転生を否定する宗教や肯定する宗教で分かれていたりもする。
そこで輪廻転生を仮にするとすると、「過去世で帰依していた宗教があったとして、それに相反するような宗教を信仰する人生に転生などはしないのか」といった問題が生じうる。
そこでこれに回答する。
・他宗教に転生することは普通にある
他宗教に転生することは普通にある。
そもそもほとんどの者は過去世を思い出すことはないので、相反する他宗教を信仰することになっても、顕在意識としてハレーションを起こすことは起こらない。ただし本体である霊魂はそこでハレーションを起こしうるわけであるが、これがそうはならない。
本体である霊魂が、物質肉体を得ている生者に対して、それほど明確に作用することはできない。新たに肉体を得ている者は、別霊であって、それはそれとしての経験を積む。
そこで新たな別霊は、そこが別宗教であれば、それを素直に学びもする。そこに本体の霊魂も働きかけるが、それが明らかに顕在化することは少ない。むしろ、その新たな別霊の経験を通して、過去の別霊も他宗教を学びもするというようなことになっている。
・宗教は実は一つである
そこで重要な事実が、宗教は一つであるということが事実であるということである。
実は宗教は一つであり、多くの宗教の説く神は一つの神の別の姿に過ぎないというようなことになっている。

そこで他宗教を勉強していったときに、そうした智慧が養われていき、最終的にはそれらが一つに過ぎないようなことを理解していくことになる。色んな話を聞いていった末に、それらを統合的に理解する視座が開けてくるようなものである。
またそれが事実であるために、実際に死したときに、それを知っていくことになる。生前に単純な教説をそのまま信じて死んだときには、実際にはそうではなかったことを知ったりすることになる。
例えば、仏教では六道輪廻を説き、単純な教説では地獄には地獄の釜があったりすることになっているが、それらはあくまで霊魂の階層を比喩した方便であって、実際にはそのようなものはないことを本体霊魂は知る。或いは、色んな菩薩がいたりする説明があるが、そのようなものはいないことを知る。
また反面そうしたものが実際には何もないので、他の宗教とも矛盾を起こさないことを知る。この輪廻転生を繰り返していると、そうしたことが理解されてくるようになる。
■同じ国/同じ人間関係が多い
それから転生において、実は生まれる国などについては同じ国が多かったり、同じ人間関係が多かったりするということが事実としてある。
喩えるならば、輪廻転生は子供時代の通学のようなものであって、基本的に狭い地域の中で生き続け、限られた人間関係の中で生き続ける。その中で時々、旅行に行ったり、違う人間関係の縁があったりする。
このようなことになっており、輪廻転生は基本的に近い地域内で起こり、また生命同士の縁も実は類似の縁を繰り返していく。ただし例外はつきもので、引っ越しのようなことが起こることもありうる。
私でいえば日本の生まれが多い、また周りの親しい人たちも過去世で近しい間柄であった人が多い。
■性別は比較的、両性を経験する
転生における性別については前回記事で詳しく説示したところであるが、比較的両性を経験する。
わたしはこれを、生活において両手を共に使用しているようなものだと理解している。
ただし、利き手があって少し片手が優勢であるように、非対称性が存在する。輪廻転生の最後の一生=つまり仏に成るときは、男性で迎える。
■宿命は決まっている(助かるのも宿命、宗教に目覚めるのも宿命、先祖に助けられるのも宿命)

既に説明したが、宿命というものがある。
というよりも最も深い真実としては全てが宿命である。
これがまた絶妙であるが、片面から見れば不確定、片面から見れば確定であり、双方が矛盾なく表裏一体となっているというような状態になっている。この辺りはすでに詳しく、こちらの記事で解説した通りである。
そこでここでは、さらに一歩先のことを示す。
宗教や占いなどは宿命のようなものを説きがちである。そうした要素を持っていることが多い。
そこで懐疑として湧くのがこの問題である。「もし信仰して改善するとすれば、その後の宿命を変更するようなことが起こってしまわないだろうか」といったような懐疑である。この問題について、色んな角度から懐疑を列挙してみる。
①例えば、ある神仏を拝んで、それによって病気を快癒したとする。或いはその後も、信仰を得たことで、その後の人生がもし信仰していなかった場合に比べて良いものとなるというような話になったりする。すると、その後の人生には二通りの流れが有り得たのであろうか、であれば宿命論はどうなるのかという問題である。
②これがさらに顕著な例は占いである。占いが真に正しいものであるとすれば、その予測に従い続ければ、人生が遥かに良いものとなるが、それ自体は占いの予測に含まれるのであろうか。つまり、その占いに出会う前に占えば、その占いに出会って人生が好転することも予測できたのかといった問題も起こる。或いは単に、宿命まで変更してしまうことが起こってくるのではないかといった懐疑が生まれる。
(③或いはこれは少し別問題にも聞こえるが、もし救おうとしたり万能的な神仏がいるならば、信仰すれば救うというようなものではなく、信仰しておらずとも救えばよいのではないか、或いはその万能性により信仰させるようにすればよいのではないかといった懐疑が生まれる。)
そこでこれに回答する。
・宿命が本当に決まってある
まず、宿命は確かに決まっている。
・神仏は親であり、宗教は救いではなく育てである
次に、神仏は親であり、われわれは子であり、神仏は救う存在と言うのは方便であり最も正確には育てる存在である。信仰しているものも、信仰していないものも(動物も含めて)、全く平等にただ育てている。
ただし、親の言うことを素直に聞くものの方が、よい結果になったりするようにして、信仰=素直に心開けば、こちらの受け取り方の改善によって、状況が改善するという可能性が広がるというようなことになっているだけである。
またそのように神仏に対して信仰するかどうかは、喩えていえば親の言うことを素直に子供が聞くかどうかのようなものであり、親が強制することができるようなものではなく、子供のタイミングによって変化したりするものである。そのタイミング・縁が揃うときには素直に聞き、揃わないときには聞かないというようなことになっているだけである。
こうしたことが絡み合っている。
ある宗教に出会って人生が改善するとする。それもまた宿命(=因縁)として生前に既に決まっていることである。
「現世で置き換えれば、良い医者に出会ってある病気が治るということが起こるとしてそれは宿命で決まっていると説いているのと同じこと」で、「ある宗教に出会って人生が改善するようなことがあるとすればそれもこれと全く同様にそれ自体が宿命であらかじめ定まっている」ものである。
また先祖供養をして人生が改善したとする、これも全く同様である。
しかし、過去の罪業からあうべき苦悩にあうことも因縁宿命として定まっているものであるから、これについてはいくら良い心でいようが先祖が守ろうとしようが、これを免れることはできない、というようなことになっているのである。
また占いでは、「宿命と運命があって、人生は変更しうる」ということを示すが、あれは不真実か或いは浅い角度から見た錯覚である。
実際には、人生は変更しうるということはない。そもそも神仏は遥か偉大なものであって、われわれの行動などすべて織り込み済み、予測済みである(ただし霊界からの角度による予測であり、不確定性原理の外にあるものである)。
占いに行くということも因縁宿命で決定しているし、その後に占いを聞いてどのように行動するかも決定している。
もし本当に予測できる正しい占い師が存在していたとして、その占い師に出会うことも決定しているし、そのアドバイスに従って人生が好転することも、従わずに好転しないことも実はさらに俯瞰した角度からは決定しているものであり、占いではそこまで予測することは出来ないからそこから分岐しているかのように錯覚するというだけのことである。(無論これは真実の占いが存在すると仮定した場合の話である)
まとめ
いかがでしたでしょうか。
「たましい、輪廻転生、因縁」について、長編を投稿してきました。
これにて一応、一通り大雑把ながら説明し終えました。
多くの人の学びになり、科学が霊的なことに追い付いたときに掘り起こされて、解釈の一助になることを切に希望します。
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