不思議話(3章) 滋賀湖東にて龍神と大雨、太郎坊での薬師真言
不思議話、第22弾。
今回は「天との呼応系統」がメインの一話です。
2023年度滋賀に暮らしていた頃の、龍神についての話。
【全不思議話の目次はこちら】
龍神について

龍神という言葉は一人歩きしている。
ものすごくスピリチュアル界隈などで人気なワードとなってしまっていて、むしろ理知的な現代人を忌避させてしまいかねないことになっている。
龍神とは、読んで字の如く「龍の神さん」である。
そこで”空想上の生物”であって、”古代人の迷信”と大抵の場合はみなされてしまうようなことになっている。
宗教あるあるで、これは「本当のことを分かっていない誰かの言説」か、或いは「わかりやすく簡易に説明した方便」が流布した結果、「どこかで歪んでいってしまい、もはや真実性を喪失してしまったもの」であって、「本来は本当に真実として別のものがあった」ものなのである。
現代人が忌避するようになった宗教のあれこれは、ほとんど全てこれであって、「本来事実であり真実性もそれなりにあるものが、どこかで以上のような理由で歪んでしまい、空想・迷信化してしまった」ものなのである。
事実であることをわたしはよく分かったから、事実であるならば重要であるから、私はこうしたものを説明しなおし誡めるためにこうして執筆して生きているのであるから、こうしたものをなるべく本来のものに正しく戻したいのである。
龍神については既にこちらで説明した。
要約して言えば、龍神とは「恐竜の中で、最も霊格が高かった、水中の恐竜のある一種」のその死後の霊体のことである。つまり実在した生命の霊体というだけのことである。
まだ人類が無かったころの霊体の最先端の存在であり、いわば当時の”霊長類”である。その中でも、特に霊格の高かった個体の霊体が、今で言えば過去の天皇や菅原道真などが特に霊威ある存在としているように、実際に今ここに霊体として強く働きながら棲んでいるというだけのことなのである。
そして、「水中で遊んでいた習性から、今は霊体として空中の水分で遊ぶようなことがある」という霊的特技を有していて、雨を操作したりすることができるようである。
それを霊感豊かな古代人が、実際に霊感で見たり感じたりして、祀ってきたものなのである。
別に祀らずとも、龍神の方が多くの人間よりは霊格高く、人間を下に遊んで暮らしているだけのことであるから、わたしは「龍神様!」みたいな拝み方をしたりするような迷信をしているわけではないことを強く断っておく。
ただそういうことを実感するようになり、ときどき遭遇したり、ご挨拶するようなことがあるというだけのことで、普通の人間付き合いと何ら変わりない、何でもないものとしてあるだけのことだということも強く断っておきたいところである。
そんな龍神、いな水中恐竜の霊との出来事をいくらか記す。
滋賀での龍神特集
入寺した地域の龍神
そもそも私は僧侶資格を得てしばらくは、京都に暮らしていた。
たった1年7カ月ほどであったが、宗務庁で勤務したのち、滋賀の山寺を紹介されていたのでそこで数年隠遁させてもらうことになり、2023年3月に滋賀の山寺に入山したものであった。

決してどこでも良いと思って選んだものではなく、そのお寺に一旦入ることにしたのにはいくらか理由があった。その最大の一つは「金勝山」という山にあった。
金勝山とは、聖武天皇が平城京に遷都した際に、その「奈良の鬼門」として金勝寺を建立したものであり、大和の鬼門を守る場所ということから、一旦入ってみることにしたことが最大の動機であった。
当然これは同時に山信仰がそこにあったはずで、単に寺院ということ以上に神域としてのものがあるものであり、「金勝山には龍神が祀られて」おり、山頂を本体としながらこれを降りた里に山を背に神社があった。

こうしたことを踏まえて入山したものであり、入山初日にはお寺などよりも第一に、その神社に丁重にお参りに伺い奥にある龍神社にて”大倭式の祭祀”をしたものである。
龍神さんであるからには、翌日の「入寺の法要」にては”雨をもってご挨拶があるであろうか”と、そのようなことも念じつつお寺に前泊した。
翌日、彼岸会法要が行われ、その際に正式に入山となったのであるが、見事に「法要中のみ雨が降り、法要が終わると雨が止んでいた」。
やはり、こういうものだろうか…と思い、眺めたものである。
龍神信仰の篤い地域であった。
ある人物の生誕祭にて
龍神と言えば、それからしばらく後。
何の縁なのかわからないが、恐らく少なくとも非常に縁のあるであろう”ある人物”の生誕祭があり、そこに詳しい爽子さんからご案内しますとのご連絡があり初めて参加することになった。
このときの話は、こちらに記している。

山奥まで入っていった儀式のあと、その帰りの参道にて磐座があり、その脇からその奥へ上ることができたのでそこへ上って、大倭式の祭祀を行った。このとき「龍神さんを感じる山」であったので、今日の生誕祭では雨を降らす訳にはいかないから、ご挨拶があるようであれば「屋内に一時いるときにでも固めて降らせてくれないか」といったことを頼んでおいた。
その後、一通り様々なところを巡礼したあと、爽子さんのご招待で昼食を呼ばれることになった。
食事をしていると、いきなり大粒の雨が降り始めた。
「きたきた、有難い」と思って外を眺めていると、雷までどんどん鳴ってくる。
店に並んでいたときはそのような空気はなかったから、偶然である可能性はあるとしても事実として、「店内に入ってから途端にそのような雨模様となった」。
食事が終わるころに、突然にして止む。
「ああ、龍神とは本当にこのようなものであろうか…」と姿は見えないながらも思ったものであった(日聖法主は普通に姿が見えていた)。
無事、その後の儀式やお祭りは、晴れた空のもとで行われ、地域の人たちも賑わう一日であった。
石馬寺・太郎坊など
またそれからしばらく後のこと。
滋賀県は歴史が実に古く、鎮魂や勉強のために伺うべきところが多く、いくら行っても次々に出てくるような土地である。
そんな中で「石馬寺」と「太郎坊」に参ろうと思うときがあった。
その日は、晴れていた。
「石馬寺」とは伝承によれば”聖徳太子”が建立したお寺である。
聖徳太子を私は敬愛しているので、聖徳太子の関係と見れば、はっきりとここは後世に作られた伝承に過ぎないとわかるケース以外は、基本的に足を運んでみることにしている。何かの学びがあるだろうかと思って、”足跡をなぞってみる”ものである。

そこで石馬寺に参った。
山の中にあって、登っていくことが求められる。
その途中、「雨宮龍神社」なる社がある。聖徳太子時代の創建で、弘法大師も雨乞いを修したとか(これは単なる伝承であろう)。
龍神については、まだ疑いもあったこともあってご挨拶ののち「晴れているが、もし龍神がいて雨を降らすということになっているのであれば、屋内にいるタイミングで雨を降らしてくれるであろうか」と念じてみた。
その後、石馬寺に到着し普通に参拝して終わった。

今度は太郎坊宮に向かう。
突然少し雲もかかりはじめたか。実に綺麗な景色であった。
ここも色々とあるのであるが、あまり話せるようなことでもないので、飛ばすこととする。
別の不思議話
山頂に至って何故か「薬師真言」が勝手に飛び出してくる。わたしは日頃、真言など唱えない、どちらかというとそれほど好みもしないのであるが。
「オンビセイゼイビセイゼイ…」と唱えながら下っていくことになった。
そして降りきったところ、「成願寺」というお寺が現れた。

縁起を見れば、「延暦18年(799)、宗祖伝教大師最澄の開基と伝えられている。最澄が東方に瑞雲たなびく霊場を感得し、その地に赴くと岩石屹立する急勾配な山の上に太郎坊大権現が現れ、ここに一宇を建立して衆生済度の道場とするよう告げたので、この地に堂宇を建立、薬師如来を本尊とし、太郎坊大権現を奥の院に祀ったという。」ということである。
薬師真言が口から出てきたのは、この何かを拾ったものであったのであろう。私は真言をあまり口にすることがないから、不思議であった。
そして自坊への帰路についた。運転で一時間弱であろうか。
「竜王町」に入った頃、突然空が曇りはじめ、大粒の雨が車に打ち付けてきた。周囲は、突然のスコールに包まれた。

「来た、来た!本当にこういうものなのか」と思いながら車を走らせていく。気持ちよいものである。
これで車を降りる頃に、お願い通りにスカッと止むのであれば素晴らしいなと思いながら、お寺にほとんど近付いたころ。
見事にスカッと晴れる。
思うに、滋賀県は龍神が多いのだと思う。
裏の山は「竜王山」。通過してきたところも「竜王町」。
先程の神社は「雨宮龍神社」。
あちこちに龍神がいるような感じがある。
琵琶湖があって湿気に富んでいるから、龍神が沢山棲んでいるのであろうか。原因はわからない。
地域の家の中には、家でそれぞれに龍神を祀っているところも多く、実際にお檀家さんにも、田畑仕事のときに雨を降らさないようにお願いしておくと家に入った途端に雨が降るんだとか言って各家庭で祀っている方が何名かいて、「生きた神道」がそこにあって面白かったものである。
後日、日聖法主の記事にこんな内容があった。
「滋賀には、それほど霊格が高いわけではない小さい龍神が沢山に棲んでいて、ちょこちょことご挨拶してくれる」ということである。わたしは現在のところ、姿までは見えたりしないが、きっとそうなのであろう…。
竜王山の向こうで
この、また数日後。
今度はまた全然別件で、竜王山の少し向こう側でのあるイベントに誘われて同行するということがあった。
そのイベント中に、突然背後の山から龍神霊の気配がする。
大倭に繋いでほしいのであろうかと思い、大倭祭祀をしはじめる。
全く雨の予報ではなかったが、何か雨が近づいてくる気配がする。
法衣であったこともあって、そこから人目も気にせず大倭祭祀を敢行する。
今は晴れているが、もうすぐ来る。そう確信した。
そのイベントの進行の関係で屋外であったところから、次は茅葺屋根の建物に入るということになった。
そこでその建物の前まで来た途端、大粒の雨が一斉に落ちてくる。

さっと建物に入る。ものの10分程度であろうか。
強い雨は歓喜のように聞こえ、嘘のようにピタッと止んだ。
不思議な雨であった。

これは関係あるかないかわからないが。
それから、今度はまた別の建物に移動。
長時間そこで過ごし帰ることとなり、外に出たときであった。
お見送りであろうか。
何かわからないが、見たことのない渦上の雲が空に伸びていた。
不可思議、不可思議。
龍神をお祀りするお宅にて
2024年11月。つい最近の話。
その地域は現在は離れているが、今も定期的に伺ったりする。
そんな中、龍神さんを祀っていらっしゃるご家庭の一つに伺った際に、遊ぶような気持ちで大倭祭祀を行ったことがあった。すると、雨を降らしてこられるであろうという直感があった。
そのお宅を去るとき、雨が降り始める。
来た来た、恐らくご挨拶かお喜びであろう。
今度は別のお宅にお招きされていたので、そちらへ伺った。
そのお宅のお参りを終えて、駅までお送りいただいているときであった。

空に大きく虹がかかった。
お見送りのご挨拶という感じがした。
※虹(にじ)=古代に龍などを意味した「ながもの」に由来。”なが(ng)”から”にじ(ng)”へと変化。
龍神への向き合い方
そこで少し最後に龍神への向き合い方、だけ記しておこうと思う。
龍神というのはスピリチュアル系の方が何か別物として作り上げているものか、反対に理知的な現代人が忌避・否定しているようなものというのが大半であるような有り様になっているかと思う。
そこで、これを訂正したい。
龍神というのは、実在の水中恐竜の一種の死後霊体である。
普通の人の霊体と同じように、本当に霊体としているだけである。
しかもあの世はこの世とは違い多重的になっているから、棲んでいるといっても基本的には彼らの階層において、霊体として存在しているだけである。
よほど荒らすようなことをしなければ、そんなに不快な思いをさせることは恐らくない。人間が、ちょっと何かした程度では、私たちにとって虫がちょこちょこしていても気にならないことも多いような感じで、気にもしないことが多くあると思う。
反対に、祀ろうがそんなことは彼らには大抵関係がない。
村ごと、人間という霊長がよほど正式にお祀りすれば、喜んで村と共生してくれたりすることもあると思うが、個々人が浅い気持ちでお祀りしたところで、相手にもしていないものと思う。
ただもし地域の人が熱心に共生する者としてお祀りしているという背景があった上で、個人的に田畑仕事の都合でお願いなどすれば、近所さんの軽い御頼みごとを聞くように聞いてくれたりもするものと思う。
或いは一定霊格の高い人物で、龍神側も目を引くような場合には挨拶に来られたりする。やけに犬に好かれる体質の人がいて、猛犬がなぜか懐いていくようなものである。
そういう人物の頼みであれば、喜んで聞いてくれたりもする。
昔から神職や高僧で雨乞いなどをして降ったりするのは、こうした例である。
そして今ここに少し触れたが、龍神はあくまで畜生である。今では人間の方が霊格が高いので、人間に辿り着いている霊体(われわれ)からすれば、龍神はあくまで畜生である。
ただし事情がややこしいのは、龍神は当時における最高の霊格であって、実はその後原始人として転生してきているのは他ならない恐竜たちやその中で最も霊格の高いこの龍神霊たちなのである。
つまり龍神と言ってもそのほとんどは、人間としてもはや何度も転生していて、或いは現に生きている可能性もあって、そういう意味では人間でもある。しかももっと言えば、その龍神格にあるような霊体はおおよそ古代において各国の王族として転生しているようなことが恐らく多く、天皇にも龍神霊が沢山あるものと思われる。
そういうものであるから、龍神霊といっても半分では畜生、半分ではその後何度も人間をしている大先輩である可能性が高いのである。たましいは転生してもそれはそれとして永遠に存続するからこのようなことになるのである。
龍神とはそのような存在、実在した生命の霊体として接すればよいだけのことである。
お願いをするとしたら、それを聞いてもらうだけの背景があるかということが重要である。そうでないならば妄想の自己満足であって、龍神霊からすれば工事現場の音のようなものであろうと思われる。賽銭なども全くの無用である。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
今回は「龍神と雨」特集ということで記しました。
滋賀県は特に多く棲んでいるのだと思います。
【編集後記】
2025年1月(28歳)。
先日、日吉大社に伺ったときのこと。
あの山のふもとを訪れるときは、雨が降ることが多い。
今回はお参りがあって滋賀を訪れた。
時間ができたので日吉大社に伺おうかと思っていると、檀那さんが送りますよと言ってくださる。お言葉に甘えて、乗せていただく。
お宅を出発する際には、晴天で日が大変まぶしく「まぶしいですね」という会話をしたくらいであった。
日吉大社に近付き、比叡山坂本駅の交差点に差し掛かる頃。
突然、雨がフロントガラスにぽつぽつと降ってくる。
またか、という感じである。
よほど外を歩く用事がないときは、大抵雨模様である。

東本宮に近付くと、雨はいよいよ大降りになる。
雨雲レーダーを開いても、天気は晴れ。比叡山一体とその他一部だけに雨雲が集中していた。しかも数時間続くとある。
折りたたみ傘があったので指す。
龍神さんに、止ませてくださいませんかとお頼みする。
そこで東本宮の軒下で、周りを一切気にせず大倭祭祀。
終わって振り返る。
先程の雨は嘘のように、ピタリと止んでいた。
この変わりようである。

ああ、本当にすごいな。
私の場合は霊感がそれほどある訳ではないから全くわからないものの、やはりこういうのは本当にそういう現象なのだろう、と改めて思わされた。
南無妙法蓮華経
なもたかまのはら。
=なも(祈る)、た(父/陽)か(母/陰)まの(間の)はら(中間/原/腹)
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社会の精神的な向上を願って、宗教者の道を歩んでいます。
本物の宗教を徹底して示すべく、厳しくともご喜捨のみで歩んでいます。
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