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不思議話(2章3) ある平安時代の過去世において因縁ある女性との出逢い~葵祭のみあれの日~

今回は、不思議話シリーズ第6弾。
今回は、過去世にまつわる不思議話を掲載します。
(過去のツリーはこちらで一括して閲覧できます)

今回は、過去世にまつわる不思議話ということですが、
皆さんは過去世・輪廻転生を事実として見られているでしょうか。
わたしは、昔から過去世の感覚がありながら、疑いも多分にありました。それが、解けていった出来事について掲載します。

平安時代のある歌人であったころにまつわる因縁です。
人物がわかったとしても囚われてほしくないので、仮名で記しています。


2章.特に大きかった出来事

(これまでのお話はこちら…)

3.過去世(?)のとある人物にまつわる出来事

(1)その前に…

★註:本論に飛びたい人は上記「目次」からクリックで飛べます★

過去世とは別に前世とも言われるが、
ようは生まれ変わりを前提として、この自分以前の人生のことをいう。
輪廻転生観は世界各地に見られる生命観であるといえ、わたしは「古代の全世界に共通してあった認識である(一部ではこれが見失われていった)」と思っている。

日本においては特に根強く、「輪廻転生を(なんとなくでも)信じている・そのように認識している人」というのは案外に多く、過去世ということについてもよく話題になったり、比較的多くの人が関心を実は持っていたりすることである。
※そもそも真実であるとすれば、信じるとかいうこともおかしく認識できるか否かの話になるし、関心を持たないことの方が不自然なこととも言える。

ところがいつの時代からか、霊的な感性が失われる・薄れていって、「認識する」から「信じる」対象へと変化し、反対に言えば「疑う」ということも出てきたのか、この現代では「過去世というものは真実か迷信か判断できない対象」とされ、信じる人・信じない人に分かれているようなことになっているものである。

私はどうであったかと言えば、
すでに説明してきたように「過去世の感覚がむしろ当然のごとく」あって生きてきたものであったが、その一方で自身の過去世に関する感覚に対しては「誰よりも疑うような心がけ」で生きてきたものであって、自覚的というよりは多くの場合は”封印的”であった。
(※ただ”僧侶”と”武士”としての過去世についてはあまりに色濃いために疑おうにも疑いようのないものではあったが、それが具体的に誰であるか等は考えない方がいいと封印していたり、或いはその他の過去世についても同様に封印的であった。)

過去世・輪廻転生についての懐疑

過去世、輪廻転生、生まれ変わりといったことについて、
人々が信じられなくなっている理由をいくつか想定してみるに、

・なぜ忘れてしまうのか
・なぜ思い出せる人と思い出せない人がいるか
・他の宗教では死んだら霊魂が永遠に続いて生まれ変わらないと説くものもあり矛盾している。その他あまりに言っていることがバラバラで、矛盾し合っている。
・仏教では無我を説き、霊魂のようなものは認めていない
・身体から何かが抜け出したり、別の何かがあるようには思われない
・生命の数の増え方が、過去の魂の量より大きく上回ることがあり、
 過去の魂の量では足りずに矛盾が生じる
・輪廻転生のはじまりは何であるか
・「善いことをすれば善い生まれになり、悪いことをすれば悪い生まれになる」として理解すると、別によい思いをしている人を見ても善いことをした人には見えない人が多かったり、苦しい思いをしている人が悪い行いをしていたとは思われない例も多いなどして、そのような因縁論は認めがたい。
・輪廻転生論は、六道(天・人・修羅・畜生・餓鬼・地獄という生まれ変わり先)と一緒に語られるが餓鬼や地獄というものが実際に存在するとは考え難い。

(輪廻転生についての懐疑点の一例)

といったことが「懐疑点」として挙げられるのではないだろうかと思うのである。

こうした懐疑点が強くあるために、懐疑する心の方が強く、しかし自身のたましいは中からそれが真実であることを叫んでいるような状態で、この狭間で大変悩ましく生きてきたものであった。

過去世などについて理解できるならばしたい

ところが僧侶となるにあたっては、「はっきり確信・認識できた方がよい」という思いもあって、事実であるならば「信じられるようなことが起こってほしい」、「今挙げたような懐疑点に対する理屈がわかるようになりたい」という思いを内心では強く持っていた頃であった。先に述べたように、大学4回生の頃、恵子さんとの出会いがあってこれが少し変化することになる。

というのも彼女は、「自身の過去世についていくらか自覚的であり(妄想か真実かはわからない)」、それなりに真実の香りがするものであった。

そこで、自分の過去世を覗いて見てもよいかと思うようになり、或いは彼女もある程度自覚できるべきだと言っていたこともあって、ならば「封印を解いて素直に自分の中の人を表に出してきてもよいか」と思い始めるようになったのである。
2019年大学4回生(22歳)冬、過去世は何であっただろうかと少し自分に念じてみるようになりはじめた。

突然思いもよらない人物が夢に現れる

そんな中で、突然思いもよらない人物が夢に現れるという出来事が起こる。詳細は後述するが、当初はそれを自分自身だと思ったわけではなく、ただ過去世のような雰囲気で出てくるという事実があるだけであって、自身はその人をそれほど好きであったわけでもないから不思議なことであったが、ここから1年間その人物にまつわる不思議な体験を繰り返されるという経験をすることが起こったのである。

単なる偶然にしてはあまりに重なっているので偶然とは思わないが、「過去世そのもの」ということではなく、何かの縁があって「私に憑依して私を通すような形」で一連の出来事があったのかもしれないし、私自身かもわからない。わたしには今なお決定的なことは分からない。
ただ客観的に見て、自分自身なのだろうと思う程度のことである。

この経験によって、過去世というものを「ある程度はっきり身をもって知る」とか、そこに「どういった理屈があるのか」といったことを少なくとも味うことができたものと恐らく思う。
(仮に過去世でなくて憑依であっても、恐らく起こることや理屈はそれほど変わらないものと今は思っている。それらの理屈については、また別に執筆しよう。)

そこで、過去世にまつわる不思議話を示すものである。


(2)過去世にまつわる因縁「ふたば逢ふヒ」


過去世の名前で呼び起される

遥かに疑っていたころ。得度をしてしばらくした頃のある朝であった。

「ゆ…き…ひ…ら…」(仮名:行平…敬愛する行成と業平より)と、
突然「愛する人」と感じる人(=母か姉か恋人か)の声で呼ばれ、起こされた。

起きてまだ眠たい目をこすりながら、夢か現実かもまだあやふやな時間。
「ゆきひら」と言えば、「あの平安歌人しかいないな…」「あの人中学の歴史で始めて知ったときから嫌いだったんよな…」などと思いながら、少し目が覚めてきた。

すると走馬灯のように、ふと自分が幼少期「和歌・俳句」を詠んでは、壁に貼り付けるなどし始めたことを思い出す。

ああ、そういえば五七五七七の調べが好きで、「(好きではあるが幼児ゆえに語彙力が足らず五七五で)何かと詠んでは、母に披露していたな…」ということを思い出した。
そうか「己は行平か」と半分確信した。嫌いであったのは、自己嫌悪であったと後で理解する。

とはいえ、まだ当時は疑心の真っ只中であり、また、行平をそれほど好いていなかったこともあって、「いや気のせいであろう。こうして普段考えもしない人物が出てきたからには、何かしらの縁があるであろうが、自分ではあるまい。」と思いながらも、
自分自身として理解できるものがあったので、少し気が向くようになった。

とはいえやはり疑心の塊であったので、基本的には懐疑の対象であったのであるが、ここから不思議なドラマに巻き込まれていくことになった。

ある行平ファンの女性と出会う(壁のシール)

はじめに起こったのはそれからしばらくして。
ある女性とお付き合いしていて、その方の家に行った際のことであった。

なんと壁に「行平」というシールが貼られていた。
目を丸くして驚いたと思う。

たしかに「行平」はあることで有名ではあり、コアなファンも多い人物ではある。一方で、日本史などの授業においてはそれほど存在感がある訳ではない人物であるし、増してそのような名前だけのシールなどマニアックすぎるであろう。
あまりに驚いて「何故、このようなシールを!?」と訪ねた。

彼女は答えるに。彼女は国語の先生をしていたのであるが、「大学時代に古文の勉強をしている中で行平の大ファンになってしまった」そうであった。
まあ、その程度の偶然であれば起こるであろうかと思おうとしたが、さすがに偶然ではないなという確信もあるところであった。今考えるに、行平には平安時代の公家であるから多く妻がおり、彼女はその一人だったのではないかと察するところがある。

行平の念持仏のお堂

それからしばらくしたころ。

ファンならばと思い、調べていると行平の別荘が嵐山にあることを知っていたので、彼女を誘い赴くことにしてみた。
恵子さんの話では、過去世に縁があるところは、なぜか非公開であるにも関わらず開いたりするものだと聞かされていたことがあり、そこであえて非公開期間に訪ねてみるという実験に出た。

結果は開かず。
やはり関係なかろう(別に関係がなくても構わないし)と心中に判じ、帰路についてしばらくしたときのことであった。

ある小さいお堂にて

小さいお堂を通り過ぎた瞬間、「来い!」と強烈に呼ばれた感覚がする。

なんだこれはと思い、引きずられるように戻って見てみたところ。
「行平が大切にしていた念持仏」を、「地元の人々で守り継いできたお堂」ということであった。中は非公開であったので、わずかに開けられた穴から、なんと素晴らしいと思って見るにとどまった。

そこに70歳頃の男性が近づいて来られた。
何を話しかけてこられるのだろうと思っていると「ここの保存会長です、開けましょう」と言ってくださり、なんと開いてしまったのである。実に、驚きであった。
(ちなみにカモフラージュしていたので僧侶であることに気付かれておらず、後でお気づきになった)

開けて頂き、中に入って参拝…。
特に実感があるわけではないが嬉しい気持ちはある。
ところが、よく見ていると、厨子に肝心の「念持仏」がいなかった。

「ご本尊は今博物館に出してていてはらへんから、また連絡してください。また開けます」と会長がうしろから一言。

またこんなタイミングでいないということは、それはそれでやはり私ではないのではないかと思いつつ、行平及びその子らの位牌が祀ってあったので、そちらに念だけお送りしてお堂を出る。
その念持物を印刷した記念品などをいくらかくださり、ご本尊は拝めないまま行平らの位牌だけ拝んで帰路へつくことになった。

その帰路で奇怪な経験をする。
一人でそのとき住んでいた場所へ帰っているときであった。

帰ろうとしている建物の数百メートル手前にあった小さな博物館を通りかかった瞬間、なぜかそちらに意識が向いて見たところ、なんとその念持仏の写真がでかでかと表に貼られていた。
見ると、会長が言っていた展示先がまさにそこであって、無料で見られるということであった。驚きに驚きを重ねるばかり。早速中に入って、対面するという一日だったのであった。

双葉の葵(逢ふヒ)

それからすぐにその女性とはお別れすることになった。
(※これは最早わたしのプライベートな領域に入ってくるために説明が難しいのであるが、とある事情で当時恋人探しに焦りを覚えている時期で、何人かお付き合いしてはすぐにお別れするということをしている時期であった。)

そこで、一旦「それほど焦る必要はない、落ち着いてゆっくり探そう」と切替えた頃であった。
行平のことを調べると、必ずといっていいほど「香姫(仮名)」という人物と想い人であったことが沢山出てくるものであった。能の演目にもなっていたりして、有名な話なのだそうである。こういうのは供養事にもなっていると思う。

香姫は、時の天皇の娘で「賀茂(上賀茂神社・下鴨神社)の斎王」として有名な女性であって、「生涯独身でなくてはならない」という斎王の役職の問題から、また身分の差の問題から、行平と恋人ではあったが裏で結ばれるのみであったということで、人気のある話のようである。

私はほとんど疑いながらも、
もし私が行平であるというならば、香姫と出会えたらいいのに…(行平が憑依しているだけであったとしても浮かばれるであろう)と思いながら過ごすようになった。

しばらく間が空いてあるとき、ある女性と出逢った瞬間であった。
「この人は香姫だ…(或いは何か縁がある)」と確信するということがあった。
その日のうちに結婚の話になり、すぐにお付き合いすることになった。
※最終的に、諸事情につき無理矢理別れさせられることになり、これについては話せないことになっていることを断っておく。

付き合い始めたその当初から、何も話さなくても以心伝心のようなことがずっとあり、ものすごく不思議な感覚で、確信を深めるだけの日々であった。
付き合いはじめてすぐに、香姫であるとすれば神仏にお伺い参りに回ったり神事を何かしらすることが大切であろうという思いから、そこから三カ月ほど予定を立てて沢山お参りに回ったのであるが、その中でも不思議なことがあったりして、ますます確信を深めていくことになった。

今世は神職はうんざり

その中の一つ。
その巡拝の初めの方で、さっそく行平のお堂に連れて行った。
新年の行事の日にお邪魔したのであるが、中に二人で上げていただくことになり、新年の法要を勤めた。その帰り道のこと。

「こんなことを言っておかしいと思われるかもしれないが、私は行平かもしれず、それで連れて行った」という話をしてみた。不思議と、怪しがられるというような感覚は一切なく、すんなり吐き出すことができたのがまた面白かった。ところがさらに面白かったのは、向こうの方であった。

彼女は、「え!そんな話して大丈夫なの!」「わたしは別にそんなに信じているとかではないけど、お母さんが結構霊感強くて、わたしも結構色々あるのよね」といくつか具体的な面白い話をしてくれたのである。

その内容がまた面白かった。
これは後日談であるが、彼女の母は突然彼女に「あんた、彼氏できたやろ(ここまでは有り触れた勘でわかりえる)」「お母さんその人のこと当てたる」と言い始め、「背が高い、声が小さい、親戚付き合いが多い」などと私のことを見た上に、わたしの実家の最寄駅を当てたのである。

恐るべし。
彼女の母は普段からそのようであるそうで、他にも色々と聞かせてもらったが、彼女と彼女母との過去世もいくらか認識していて、そのときはどんな関係であったかなどについても時々言っていたそうで、これを聞かせてもらったりもした。

少し話が脇へ逸れてしまったが、その日面白かった話がもう一つある。
その近くの神社を歩いているとき、ふと「巫女さんとかしてみようと思ったことはなかったのか」と聞いてみた。香姫であるならば、そのような過去世は何度かしていたり、心身に染みついているはずで、普通はしたくなるものであろうと、自分の感覚から分かるので聞いてみたのである。
すると、想像外の答えが返ってきた。

「前世で神社で勤めすぎたのかして、もううんざりなのよね」との回答。
そんな発想はなかったが、この発想外の回答が返ってくるのがまた現実味がある。確かに、それで生涯独身を強制されたり自由を謳歌できない経験をしていると、うんざりする方向に出るかと思うと、あまりに自然にそれを本当に嫌そうに口にするので面白かったのである。

さらに続けて彼女はこう言った。「特に下鴨神社が苦手」。
「あの森が気味悪くて、唯一苦手なの」ということである。
あまりに面白い。これが偶然なのか、憑依なのか、本人なのか分からないが、少なくともシンクロしていることだけは確かである。「前世で神社で勤めすぎてうんざり」という言葉と「下鴨神社」が唯一苦手なところとして出てくるあたり、不可思議であることには相違なかった。

このように三カ月間、神仏参りを重ねたのであるが、その過程のひとつひとつがあまりに美しかった。
伊勢神宮に行くときには、前夜に雨が降っておきながら、当日は本当に雲一つもない快晴となって迎えられられたり、反対に貴船神社は突然の大雪に見舞われたり。どこでも、天候に現れているような感覚があった。

不思議な寝言、みあれ(5/12)の夜に

ところが、その巡礼をしている頃。
世はコロナが流行り始めた時期であった。
ちょうど三カ月の巡礼が終わった頃に「緊急事態宣言」が発令され、一カ月ほど会えないということになった。
会えない一ヶ月は、毎晩電話をすることになっていた。

そんなある日、5月12日夜のこと。
深夜0時を迎えようかという頃、彼女は突然にしてほとんど眠りにつき、言葉が絶えた。そろそろ勝手に切って寝るかと思ったとき突然、

双葉葵=双葉の逢ふヒ(ヒ=霊的なもの)

「昔みたいに葵摘んでこないでね…」と寝言のように言ったのが聞こえた。葵を摘む…?葵など今どきそれほど聞く植物でもないし、まして摘んで持っていくなど想像もつかない話であったから、夢の中のことか聞き間違いだろうと思いながらも、一応話してみるかと思い、「あおい…?それ摘んでくるの?」と聞き返した。

ところが何度か聞き返すたびに、「うん、葵摘んでくるの…(要らないのに)」鬱陶しそうに言う。三度ほどこのやり取りを繰り返すうちに、ふと過ったことがあった。

京都には「葵祭」という一番大きい祭りがあって、しかも下鴨神社のお祭りである。ただし、開催はそう言えば「5/15」であるからずれている。しかし何かあるかもしれない、とピンと閃きすぐにネットで調べることにした。

どのように検索したか忘れてしまったが、ぱっとそれに近い空気がするページが目に入る。開いてみたところ、香姫の”歌集”のようなものであった。それを辿っていくと、このような箇所が突然出てきた。
「みあれの日、ある人が葵を摘んで持ってくる」という文面が出てきたのである。

これに関係するに違いないと確信し、「みあれ」を調べてみる。鳥肌の立つ思いである。「みあれ」とは葵祭の三日前の夜に行われる祭事であり、現在では「5月12日の深夜」に行われるということだったのである。

因縁の不可思議。彼女は今世の身においては、学業が苦手で和歌はもちろんのこと歴史にも相当に疎い人であったから、なおのこと面白かった。
こんなことが本当に起こるものかと、大変に感嘆しながらも、一方では憑依か自分自身かわからないが全く自然でしかない感覚でもあったことが、また面白かった。

翌朝、彼女にこのことを伝えると、寝言のことは全く覚えておらず何のことかといった感じであった。歴史にも興味がなく、そうした話をしても今世はそういう難しい話は頭ではわからないのよねといった感じの人であったから、ふーんといいながら千年の時を経てその当時と連続しているかのような自然でしかないような反応であった。

これによって二人の関係が特段変わるというようなこともなかった。
むしろ出逢った日から千年の時など経過しておらずそのまま連続していたかのような、令和の時代か平安の時代かの境目もあやふやな両者の関係であったから、ただその連続の中の一コマになったというだけの感じであった。それ以来、この話を深く話したこともない。

そこから詳細は一切説明することが出来ないが、無理矢理別れさせられる運びとなり、加行(成満すれば僧侶資格を生じる修行)直前に劇的かつ過激な展開でお別れすることになった。
これ以降にも、色々と起こるのであるが一切説明することができない。不思議話においては、話せないことがたびたびあるので、実に残念である。ご想像いただくしかない。

今世においても、どうしても結ばれない縁であったということである。
この縁はどこまで続くのかは、死んでみないとわからない。
ある別れ際に「来世こそは…」と彼女が言うので、わたしはそのような念は持たない方が死後も含めて良いという感覚から、「死後は菩薩と菩薩として色情のないところで会いましょう」と伝えたりもしたものである。
彼女の母も、何度も転生を共にしている縁であるそうであるから、わたしとの縁もあるのだろうと思う。全ての因縁は解消されるべきである。
過去世の罪と、今世に重ねた罪などを心から詫びておきたい。

別の転生における因縁

また、時間が経って気付いたことは、恐らく彼女との縁は、これに限らず複数回あると思われ、この千年の間で一度結婚関係にあったということである。
ある自身の過去世と思われる(?)人について調べていたとき、何故か突然その正妻が彼女の姿と重なったのである。その瞬間、今世の色んなことがフラッシュバックして、この二人の深い因縁の地が、今世においてもまさに二人の深い因縁の地となっていることに気が付いたのである。点と点が線に結び付くような感覚で、突然はっとしたものである。そして、この二人も最終的に無理矢理別れさせられ、男性の方は死去している。

この女性はその後別の人物と結婚するのであるが、子供が夭折することから男性の祟りであるとされ、供養するも今度は夫まで死去してしまうことになる。それが、男性が死去した日であったことから、祟りを相当恐れたそうである。
歴史マニアの方であれば、これくらいの情報があれば人物を認識するかと思うが、これは妄想か真実かわからない話なので、ファンタジーのように聞き流しておいてほしい。

この二人の縁についても、思い返せば思い返すほど、そのようにしか思われないシンクロがあるのであるが、これについてはこの辺で切っておこうと思う。

あの朝、呼び起された声は、今世の彼女の声であった。


まとめ

この体験から、「過去世」というものを信じるというよりも、むしろ「それが当然のもの」となることになった。それまでの内面における感覚が、外面的な出来事として起こったという感じであり、こういうものかと学ばせていただいた。

また、身をもって経験することで、「過去世・輪廻転生というものがどのような感覚としてあって」「どのような因縁になっているか」「どのような仕組みになっているか」などを、味わいながら私なりに理解するところが生まれたものである。
僧侶として歩んでいくためには、或いは、宗教について理屈を徹底して示せという使命を果たすためには、重要な経験となった。これについては、また別に執筆するところである。

ここから学ぶべきことは、まず「輪廻転生はおそらくある」ということである(おそらくというのは、信じられない・感覚がわからない人に合わせていうだけのものである)。

そうなってくると、「来世がある」ということ、或いは「死後がある」ということであり、もっといえば「神仏や宗教といったものも真実として何かある」という可能性が強くなるであろう。

来世や死後があるならば、直観的に「よく生きないといけない」という感覚が浮かび上がるはずであり、それは別の言い方をすれば「因縁」があるということであり、「因縁に気を付けて生きた方がいい=よく生きた方がいい」ということである。これを生で実感したものである。

またその反面、「因縁や宗教的なことが事実であるならば、なぜ善いことをしていても不幸な結果になったり、悪が世にはびこったり、不条理に思われることがあったりするのか」といったことが疑問として浮かんでくるかもしれない。
これは私においても昔から不思議なことであったが、この体験をして「因縁や宗教的なこと」が事実であることを生で実感したことで、かえって実感としてそうしたことが分かるようになってきたのである。

このような一見不思議なことは、実は日常や科学においても普通にあり触れていることで、科学でも一見不思議なことが実はさらに深い理屈で複雑に起こっているだけであったということがよく判明するものである。
人体の健康状態なども、それほど単純ではなく様々な要因によって複雑怪奇にあるものであって、単純な理解とは反することなど大いに見られることと思うのである。物理学でも、何度も研究者の推論を無視した実験結果が現れて、思考の方を訂正してきた歴史の積み重ねである。

これが、神秘的な方面を推論ではなく生で経験したことによって、不思議さがかえって無くなり、何か気付いていない仕組みがあるだけなのであろうということがかえって確信・実感されたのである。そして、その後これについては修行・思案を重ねて、一定以上は理解しえたものと考えている。これは別に執筆するところである。

このように、「来世・死後・因縁・宗教(の何か)などが事実である」ということ、そうであるならばやはり「人生は見直されなくてはならない」といったことが、この体験を通して生で実感されたものであった。
これは皆さんにも、実に忠告するものである。

因縁というものを甘く見ていたら、確実に来世・死後というものがあって、その因縁によって色んなことが起こってくるそのときに、苦しむようなことも起こってくる。
ゆえに生きている中では、そのような不都合な因縁は引き起こさないように生きていかなくてはならない。

また死んでも消えないし、世界もそのように仕組まれているということは、やはりこの世界は神のような存在に創成されてあるものであって、人類はそう簡単に滅んでいったりするということはなく、未来は続いていって人類は成長させられていくということである。
そこで確実に来世が用意され続けていくということである。

今は反抗期のようなものと今ではわかる。
反抗期であるから好き勝手して許されてもいるが、いつか人々はこれに気が付いて再び因縁のようなものを理解して生きていくようになるはずである。
地球の未来はまだまだ長い、そう簡単には終わらせてもらえない。


【予告】2章4.大神神社での感光

以上、生前からの様々な不思議なこと、八坂神社での理由説明・宣言といったことを紹介した。
少し順序が逆転したが、こうした不思議なことが生前からずっとあった上で、疑い抜き理屈を示すという使命感に駆られながら歩んでいて、それが一定形となってきたところで八坂神社での宣言があり、それ以降はその「プレゼント、道標」という理由が付されたもとで実証的に経験していったということである。

八坂神社の出来事は、それまでの理屈の方面に対して、実証の方面を見せてもらうという宣言のできごと、そうしたことを再び信じていくきっかけとなった出来事であって、この後本当に不思議なことを定期的に起こされていくことになったのである。

そんな経験がいくらあり心を開きはじめていようとも、絶対的な確信には至らない日々であったのであるが、ついにある日、これが圧倒的に反転する「疑の終結」となるような出来事が起こるのである。
この体験をもって、はじめて信が圧倒的に疑に勝るようになり、久しぶりに信が基本となっていくことになる。

その出来事が、「2章4.大神神社での感光」である。


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みなさまに功徳が廻り、社会の精神基盤に寄与しますように。

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圓寂が、社会の精神性に寄与することを願って、さまざま深い思慮を発信し、活動することを楽しみにしながら…

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