一緒にいて疲れない人ってどんな人?
昨日、友人といつものカフェで話していたら、気づけば3時間近く経っていました。
最近読んだ本のことだったり、仕事であった小さな出来事だったり。
途中で話が脱線して、何の話をしていたのかわからなくなることも。笑
いっぱい話したし、いっぱい聞いてもらったはずなのに、帰り道の足取りは軽い。
ほくほくした気分で駅まで歩きながら、ふと思いました。
一緒にいて疲れない人って、何が違うんだろう?
あの心地よさは、何だったんだろう。
そんなことを考えながら、一緒にいて疲れない人がまとっている空気を少し思い出してみました。
何も証明しなくていい人
昔の私は、人と会う予定がある日は気合いを入れていました。
仲のいい友達と会う日ですらそうでした。
待ち合わせの前に鏡を見直したり、LINEの返信を何度も読み返したり。
家を出る前から、どこか試験会場へ向かうみたいな気分。笑
実際に会えば楽しいし、気づけば閉店時間まで話していることもある。
そして、帰宅すると、どっと疲れが押し寄せてくる。ベッド直行。
楽しいのに疲れるってどういうこと?
そして始まる一人反省会。
友達と会ってからも、変なことを言っていないかな、服装が相手に合ってるかなって、セルフ審査員してる感じ。
もはや会話そのものより、自分の評価を気にしている。
でも一緒にいて疲れない人といる時って、何かを証明しなくていいんです。
背伸びしなくてよくて、等身大の、自然な自分でいられる。
賢そうに見せなくていいし、面白い人にならなくていい。
ちゃんとしている自分を演じなくていい。
そのまま座って、お茶を飲んでいるだけでいい。
それだけで十分なんですよね。
自分のペースでいられる人
例えば、うまく説明できない時。
言葉を探しながら話していると、途中で「つまりこういうことでしょ」と先にまとめられることがあります。
悪気がないのはわかるけれど、その瞬間に少しだけ言葉が引っ込む。
でも一緒にいて疲れない人は違います。
私が言葉に詰まると、急かさずに待っている。お茶を飲みながら、続きを待っている。沈黙を埋めようともしない。
会話を前に進めようとも、正解を渡そうともしない。
その時間があるだけで、安心して話しやすくなるんですよね。
失敗談もそうです。
何かをやらかした話をした時に、「だから言ったのに」でもなく、「次はこうした方がいいよ」でもなく、まず最後まで聞いてくれる。
自分のペースで話していいと思えるだけで、人はずいぶん安心するんだなと思います。
コントロールしようとしない人
一緒にいて疲れない人は、知識が多い人とか、話が上手な人とは少し違う気がしています。
例えば失敗談を話している時も、正解を教えることより、「その時どんな気持ちだったの?」と興味を持ってくれる。
知識の量より大事なもの、話の上手さより大事なものがあるなと思います。
評価するためではなく、理解しようとする興味。
相手を変えるためではなく、知ろうとする興味。
判断を下するためではなく、理解するために聞いている感じ。
だから、自分を大きく見せなくていいんです。
ちゃんとした答えを用意しなくていい。うまく説明できなくても大丈夫。
相手をコントロールしなくていいことを知っているから出る雰囲気。
あの時カフェで感じていた心地よさの正体は、相手が私を理解しようとしてくれていたことだったのかもしれません。
心地の良い人
一緒にいて疲れない人というのは、特別に優しい人でも、会話が上手な人でもないのだと思います。
私がかつて人と会って疲れていたのは、会話量のせいではなくて、相手にどう見られているかをずっと気にしていて、なにかを誰かに証明しようとしていたからかもしれません。
この記事を読んで、誰かひとりの顔が浮かんだなら、きっとその人との時間は、あなたにとって少し安心できる場所だったのだと思います。
話が脱線しても、誰も困らない午後。沈黙になっても、お茶がおいしい時間。
失敗談を話しても、すぐに正解を渡されない時間。
そういう時間の中では、自分を大きく見せる必要がありません。
ちゃんとした人にならなくても、面白いことを言わなくても、ただそこにいていい。
「このままの自分でいていいんだ」という安心から、一緒にいても疲れない時間は生まれるのかもしれません。
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