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余裕がある人は、自分の感情に気づける人

冷静な人になりたかった学生時代


トラブルがあっても動じない人って、かっこいい。
冷静で、感情的にならない大人。憧れます。

電車の中で喚き散らす人や、喧嘩や暴力のニュース。

そういうのを見ると、何が起きても落ち着いていて、感情に振り回されない人は、大人っぽくて賢そうで、少し余裕があるように見えるんですよね。


だから悲しいことがあっても、「まあ仕方ない」
腹が立っても、「相手にも事情があるかもしれない」
と納得したことにする。

本当はモヤモヤしているのに、「いいよ」とわかったふり。

お気づきでしょうか。
「トラブルに動じない人=カッコイイ」が、「感情的になることは恥ずかしいこと」にいつの間にかすり替わっていることに。

感情を見ないようにするほど、自分の感情に鈍感になっていき、同じことを何度も繰り返してしまう罠に見事にハマっていました。

感情を消そうとしていた


誰かの言葉が気になったり、誰かのその裏に思っていることを考えたりする。

そうしていやな感情って生まれてきます。


感情って湧き起こると時と場合によって面倒臭いです。傷つくし、疲れるし、時々判断も鈍らせます。

だから私は、なるべく負の感情が湧いても見ないふりをしていました。
ところが、消したつもりの感情って、消えたと思っても後から湧いて出てくるんですよね。

仕事中に何度も会話を思い出す。どうでもいい一言が気になる。帰宅してからどっと疲れる。

そんなことが何度も起きる。

「もう気にしてないはずなのに、なんでこんなに引きずるんだろう」と、嫌になる。


押さえ込んでいた感情は、そのままどこかへなくなったわけではなく、後回しになっていただけ。

ずっと別の形で存在を主張していたんです。


感情は敵ではなかった


転機になったのは、「私は何に傷ついていたんだろう」と考えるようになったことです。

どうしてこう考えるようになったかというと、
何度も同じことで疲れていたある日、

あれ・・
相手は毎回違う。起きている出来事も違う。
なのに苦しくなる時の感じが毎回似ているのはなんでだろう。

もしかして、相手は毎回違うけど、苦しくなるパターンは同じなのでは・・?

と思ったんです。
そこで初めて、

出来事ではなく、自分の反応を見た方が早いのでは?

ということに気づきました。


自分の反応を見ていくと、怒っていると思っていた出来事も、

  • 悲しかったのかもしれない

  • 不安だったのかもしれない

  • 怖かったのかもしれない

そんなことが少しずつ見えるようになりました。

モヤモヤした時にすぐ結論を出さず、「私は今、何を感じているんだろう」と考える。

すると意外と、問題そのものより、自分の感情の方が大事なヒントを持っていることがあります。


感情は生活の邪魔者ではなく、今の自分の状態を教えてくれるサインだったんです。


感情に気づける人


お風呂上がりのまったりした時間。
お気に入りのハーブティーを淹れて、本を読みながら過ごす時間が好きです。

静かな時間があると、自分の考えがよく見えます。
最近は、少し疲れているなとか、今日は機嫌がいいなとか。
今日は疲れてるなと思ったら早めに休めることも増えました。


感情に振り回されない人というと、何も感じない人を想像するかもしれません。
でも私は逆だと思っています。

本当に余裕がある人は、自分が悲しい時に悲しいと気づける人。
悔しい時に悔しいと認められる人。
無理している時に無理しているとわかる人。

そんな人ではないでしょうか。

感情を消すことはできません。でも感情を観察することはできます。

そして、自分の感情に気づけるようになると、頭の中は静かになっていきます。

もし最近、理由はわからないけれど疲れているなら。

何が正しいかを考える前に、「私は何に傷ついていたんだろう」と考えてみるのもいいかもしれません。

私はそういう時間を、大切にしています🧸



▼感情に気づけるようになると、次に気になること。
「じゃあ、このイライラした気持ちは何なんだろう?」


▼こんな毎日に辿り着くまでに考えたこと


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