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介護を書く覚悟

今日は思い切って、書くことにします。

「よく見ておき、これが日本の老後の現実や」

これは、2014年に特別養護老人ホームで96歳で亡くなった祖母のことばです。


ずっと引っかかっていた

このことばは、私の中にズシンと重く、のしかかっていました。
 
祖母は、2003年に半身不随になって以降、自宅に戻ることなく公的施設を転々とし、1~2年待ちでやっと特養に入り、そこでのことをこのように表現しました。
 
祖母は倒れるまで、女社長としてバリバリ働いていただけあって、気丈さを最後まで見せてくれました。
車いす生活になっても、「私は大丈夫」。頭もしっかりしていて、いろんな話をしました。
 
ただ、面会時に見聞きしたそこにいらっしゃる高齢者の孤独、我慢、遠慮の数々
皆、戦争を経験し、戦後を生き抜き、その先の老後に待っていたのが、この状況とは。当時、祖母と話しながらも、何とも言えない気持ちでした。
 
もっと、高齢者が生き生きと、また、家族が温かい関係を築けるようにならないのか。
 
祖母と母、二人の介護を20年。どちらも旅立った今、ず~と、心に引っかかっていることと向き合おうと、約半年前に、noteで発信を始めました。

書くことへの戸惑い

「はじめての入力」で「私がnoteをはじめた訳」を書きましたが、はっきり言って、何をどこまでどう書いていいか迷ったままでのスタートでした

施設で感じたことを書くのは、どうなんだろう?
・今の話ではなく、20年も前の話だし
・今、ご家族が施設にいる方に、不安を与えることになるのではないか
・私が見聞きしたのは、日常の一場面。その背景や事情がわからないのに伝えても大丈夫か
・施設やそこで働く人もさまざま。一生懸命真面目に働いている方を傷つけないだろうか

なぜ今、何を伝えたいのか

私はなぜ今、何を伝えたいのか・・自問しました。

  • あの時以来感じているモヤモヤが亡くならない世の中だから

  • 経験したことを伝え、未来をよくしたいから

  • 皆が知ることで、何かが変わるきっかけになると思うから

  • 高齢者やその家族が温かい関係を構築する未来にしたいから

 温かい家族関係を築いてほしい。なんて、他人様のことなのに、大きなお世話かもわかりませんが、気になってしまうのが私なんです。

経験を伝える責任

今年は戦後80年、昭和100年と節目の年。
最近は、ニュースでも、戦時中のことを目にすることがあります。
それらを見聞きするうちに、辛い過去を封印するのではなく、経験者は語る責任があると思うようになりました。

経験して初めてわかること、経験してもわからないこと

介護って、そのどちらも多いと感じています。
そもそも、制度や手続きといった仕組みもややこしいし、
受けるケアやサポートについてモヤモヤすることも。

また、自分の行動もあの時、あんな対応で良かったんだろうか。
もっと、こうしていたら、違っていたのでは?
それに、人の価値観も様々。
同じ家族でも、一人一人違うこともあります。
とにかく、これが正解ってないから、悩むし迷うんだと思います。

未来につなげたいので伝えます

今後、自分の中でのマイナスになっている要素も恐れずアウトプットすることにします。経験していない方が知ることで、備えることができると思うからです。
今日は、今後への覚悟宣言でした。
次回以降、具体的な事例をご紹介していこうと思います。

ただ、事象は1つでもとらえ方は様々と思います。
私がマイナスととらえたことも、見方を変えると違うかも。
 
ぜひ、皆様のご意見もコメントいただけると、嬉しいです。
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ここまで、お付き合いくださり、ありがとうございました。
次回は9月10日(水)更新予定です


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