母との記憶 朝5時の声
今日は、今は亡き母との朝の習慣だったことを振り返ります。
母の介護を通して学んだことを、忘れないために。
📞 母との朝の習慣
当時、ガラケーを使えるようになり、
ほぼ毎朝5時ころ電話してきていた母。
父は6時起床でまだ寝ている。
私なら起きていて、出かける前だし大丈夫と思ってだろう。
話すといっても、長くて10分ぐらい。
布団の中からかけてきて、電話が終わるとまた寝ているらしい。
決して、早起きの人ではなかった。
とにかく、寂しがり屋の人だった。
📩 突然届いた「重大ニュース」
それが、また、入院し、自由に電話できない状況になってしまった。
私は、家族からの「重大ニュース」というメールで状況を知った。
メールには、病院で処置後の母の写真と共に、状況が書かれていた。
その日、室内で転倒し、頭を強打。
運悪くドアの蝶つがいにぶつけ、床に出血が広がるほどひどかったらしい。検査の結果、今のところ脳に異常は見られないが、念のため、数日入院に。
もともと、母は、数年前にくも膜下出血で倒れ、
その時の手術で頭にはクリップが入っている。
それだけに、今回の強打。
さぞかし、家族は大きな不安に駆られただろう。
幸い意識はある状態での救急搬送で、
検査結果も異状なしとの診断に、
ひとまず胸をなでおろしたとのこと。
私は、その日の朝も、母と電話で話していた。
ただ、その日は挨拶も早々に、
「ごめん、今日は〇〇があるから、
そろそろ切るね。また、明日ね」と話を終えていた。
母が元気な頃は、よく電話してくる母にイラついて、
きついことも言っていた。
私も変わったと思う。
💞 想いは届く。会えなくても。
入院中は、電話で話せなくて寂しいだろうけれど、
看護師さん達がいるから大丈夫だよ。
遠く離れていても、会えなくても、つながってるよ。
大丈夫、大丈夫。
くも膜下出血で倒れて以降も
たびたび入院していた母だが、
そのたびに、母へ語りかけるつもりで、こう唱えてきた。
病院のベッドに寝ているであろう母をイメージしながら。
母はその想いに応えるがごとく、
毎回危うい状況をくぐりぬけ、
復活してきてくれた。
それは、たまたまかもしれない。
でも、私は信じている🍀
あのくも膜下出血の状態から、ここまで回復できた人だから。
そして、予定通り、1週間ほどで退院してきた。
💞 締めくくりは、「ありがとう」で💞
今までも、何か起こると、
✨当たり前の日常は当たり前ではない✨と
気づかされてきた。
ただ、いつしかまた意識は薄れていく。
母の入退院のたびに、そんな繰り返しだった。
この日以来、私は母との電話の最後のことばを、
❤️ありがとうに❤️変えた。
✨その電話が最後になったとしても後悔しないように✨
いつ、どんなときにも、誰にでも、これができればいいけれど・・・。
いくつになっても、未熟な私。
ただ、人は変わる。未来は変えられる。
これを信じて関わろう。
日々、精進します。
ここまで、お付き合いくださり、ありがとうございました。
あなたの今日が素敵な一日でありますように。
