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自己紹介①|英語コーチ|外大卒なのに話せない。インドの空の下で「普通」のレールを捨てた私の物語 | TOEIC970純日本人バイリンガル|英語学習| 習慣化|バックパッカー


【期待と不安の離陸】

21歳の春。私はワーキングホリデーのビザを手に、
初めての海外、初めての一人旅へと飛び立ちました。

飛行機が日本を離れるとき、
窓の外を見ながらこらえきれずに溢れた涙。

それは未知の世界への弾けんばかりの期待と、
「本当にやっていけるのだろうか」という、
これまで感じたことない不安が混ざり合ったものでした。


【挫折:外大コンプレックスと「舌打ち」の洗礼】

オーストラリアに降り立った私を待っていたのは、厳しい現実でした。
ホームステイ先のママが話す言葉は、まるで宇宙語。
「英語を話しているとすら思えない」ほどの衝撃でした。

街に出れば、私の発音は通じず、何度も首をかしげられ、
時には舌打ちをされることも。

「チョコレートアイスクリームをください。」
が通じず、ストロベリー、と言っても通じない。
挙句の果てに、指差しでバニラを注文しました涙

「外大まで出て、英語は得意だったはずなのに、何ひとつ伝えられない」

「外大なのに話せない」

そのプライドが邪魔をして、分からないと言えず、
人に聞くこともできない。

情けなくて、悔しくて、ホームシックも重なり、
3日間部屋に引きこもって泣き続けました。

今思い出しても、一番辛く、情けなく、恥ずかしい期間でした。


【転機:ドイツ人の友人マリオンが教えてくれたこと】

そんな私を救ってくれたのは、
同じ「英語初心者」だったドイツ人の友人、マリオンでした。

彼女は決して流暢ではありませんでしたが、
コミュニケーションの達人でした。

スマホもネットもない時代。
ボロボロの紙の辞書を片手に、間違えても、不格好でも、
必死に伝えようとする彼女の姿。

「英語が話せるって、完璧に話すことじゃない。心を通わせることなんだ」

彼女との会話を通じて、私は初めて「英語を話す楽しさ」を知りました。そこから私の世界は、一気に色づき始めたのです。


【覚醒:インドの空の下で壊れた「普通」という幻想】

その後、オーストラリアを一周し、タイを経て帰国し、
休学していた大学に復学。

卒業後、国内の旅行会社で勤務しましたが、
どうしても旅に出たくて親や上司の反対も押し切り、退社。
その後、3年間のバックパッカーの旅に出ました。

孤独に震える夜も、危険な目に遭いかけたこともあります。
でも、不思議と日本にいる時よりも
「生きている」実感がありました。

ある日の夕暮れ、インドの広大な空を見上げながら、
心から笑っている自分に、ふと気づきました。

それまで私を縛り付けていた
**「大学を出て、就職して、結婚して……」という「普通のレール」**。

そこから外れる恐怖が、いつの間にか消えていたのです。

世界には、50代でバックパックを背負う女性もいれば、
家族でキャンピングカー暮らしをする人もいる。

「正解なんて、ひとつじゃない。どんな生き方だっていいんだ」

頑なに信じていた「普通」という幻想が
音を立てて壊れた瞬間、
私は本当の自由を手に入れました。


【そして、次なるステージへ】

約3年間の旅を経て、私はニュージーランドの旅行会社で働き、
独力で永住権を獲得しました。

あの日、部屋で泣き崩れていた23歳の私に伝えてあげたい。
「その涙の先に、想像もできないほど広い世界が待っているよ」と。

日本に戻った時、私の胸には一つの強い想いが芽生えました。
「英語さえできれば、世界はもっと広がる。」
「狭い世界でも、英語があれば自分で広げることができる。」

私の旅は、ここからまた新しい章へと続いていきます。

(明日に続く🌱)


英語コーチくみ

自信がない、英語がこわい、そんな方が世界と繋がる方法の地図は、こちらです↓↓↓


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