仕事のやりがいとは?(後編) ~初心忘るべからず~
前回からの続きのお話。
“慣れ”の大切さとこわさ
私は18歳から飲食業に携わり、現場にいたのが約10年、10社以上転職(正確にいうと就職はしてないのでフリーで活動)した経験があるのだが、3社目の会社で働いてたときのことだ。渋谷の一等地、2フロアとルーフトップで構成されるその店は客単価も高く、店のつくりもシックで落ち着いており、食事の時間を豊かに楽しむ、そんなお客様にお越しいただく店だった。
当時ハタチそこそこで、周りに支えられていることにも気づかないまま、お客様に褒めていただいたとか、ウェイター制度をとっていた店なので「福地さんが接客する席で」なんて声に天狗になりながら働いていた私は、初めて接客したお客様のテーブルでいつものようにサービスをしていたとき、お水をこぼしてしまったことがある。真摯に謝った“つもり”だったのだが、“つもり”でしかなく、伝わらず二次クレーム(再度注意される)ことがあった。
「お水だから大丈夫よ。でもあなた自身もそう思ってない?
あなたの申し訳ないという気持ち、伝わらないわ」
飲食で働いている人ならよくご周知かもしれないが、お客様に粗相をしてしまったとき、クリーニング代を出すのか、どう対応するのかなどおそらく店にはマニュアルが存在するだろう。謝罪のマニュアルではないが、こういうときはこう謝る、みたいなのが自分の中に定着していて、「形だけ」になっていたことにお客様に気づかされたのだ。
ご年配の優しそうなご夫婦でその時以来お会いすることはなかったが、すごくハッとして、恥ずかしくて、いたたまれなかったのを鮮明に覚えている。
これは謝り方とか言葉じりの話ではなく、誠意の話だ。
例えばマニュアルも熟知しているベテランがする謝罪と、その日が初日で緊張もありつつ、失敗してしまったときに心から申し訳ないと思う誠意のこもった謝罪。一概にはいえないが、後者の謝罪も真摯に届くであろう。技術や知識を磨くことももちろん大切だ、でもそれ以上に何よりも、心から正直に接することの大切さを痛感した出来事だった。
その日からだったかもしれない。お客さまを「お客様」と思わなくなったのは。誤解を恐れずにいうと、どこかでレストランにご飯を食べにきてくださる、お金を払っていただく方、という意識があったのだと思う。それからは「今日という日にこの店を選んでくれた大切な人」そう思うようにしたのだ。そしてバカ正直なくらい”慣れ”を恐れた私は、一辺倒に店を短期間で変えながら、結果転職10回以上になってしまったなんて話にもつながる(笑)
人間は忘れる生き物だ。
だからこそ忘れたくない気持ちや思い出は形にしてとっておきたい。
それから私は「初めて」をたくさん残している。
・店をうつるときに送別会でもらったメッセージカード
・初めてお客様に粗相をしてしまったときに気づいた気持ち
・初めて対応した取材が掲載されている雑誌
・初めて修士論文を書いたときの下書きのメモ
・初めて社長からもらった年末のメッセージ
などなど・・・
“慣れる”ことに慣れないよう自分に言い聞かせるのが半分、あとの半分は自分にとっての何ものにも代えがたい思い出として。
「初心忘るべからず」の意味
世阿彌の「花鏡」にある語だ。
能楽で、若年のころに学んだ芸や、その当時の未熟だったこと、また、時期時期での初めての経験を忘れてはいけないという教え。
「初心忘るべからず」とは、初めの志を忘れてはならないという意味でつかわれていることが多いが、この「初心」は「初心者」の初心、つまり、まだ未熟な状態のこと。「なにかを始めたときにできなかった記憶や、そのときに味わったくやしい気持ちや恥ずかしさ、そこから今にいたるまでのたくさんの努力を忘れないで」そう言われている気がするのだ。
だから私は2011年のオズマガジンを必ず出社して目に入るところに置いている。もう表紙はボロボロになって、カラーコピーした色も褪せてしまったが、それは時間を紡いできた証しのように感じるのだ。
広報の基本は“関係づくり”
・知っている人が書いた記事が素敵だったら一言メールだけしてみよう。
・取材いただいた記事が反応あったらそれを伝えてみよう。
私がしてきたことは至極シンプルだ。
こんなことから関係性が始まり、仕事を通して今はいろんなことを語り合える友もできた。一方的な情報を伝えるのではなく、相手にとって価値があると思うことを伝えてあげること。じゃあその“価値”ってなに?お金では買えない、その人だから聞きたい、知りたい、あるいは伝えたくなる生きた情報。それは検索したり何かをみたらだれでも知りえる「ファクト」ではなく、”わたし”を通して語られる情報だと思うのだ。
与え続けること―
時間はかかっても、人の役に立ったり、人に何らかの感情を引き起こすような良いものを生み出し続けていれば、機会は徐々に生まれていくはず。逆に、すぐに結果を求めると挫折しがちだ。
最初は真似でもいい。でも誰かの真似をしたり、誰かに教えてもらったやり方を実践するだけでは、人の心に届くことはできない。あなたが人に与えることのできるもっとも価値ある贈り物は、あなた自身に他ならないのだから。
広報というお仕事を通して、わたしはわたしのことをもっと好きになれた。
仕事のやりがいは、達成感や成果や報酬を受けることももちろんあるが、そんなシンプルで大切なことを教えてくれることだったりもするのだ。
