調剤薬局物語vol.3〜風に消えた薬袋〜(2527字)
🌿調剤薬局物語〜心をつなぐ処方せん〜
第三話:風に消えた薬袋
「薬が、ないんや!」
ドアが勢いよく開いて、さっき帰ったばかりの横山さんが戻ってきた。
高齢に似合わぬぶ厚い声に、薬局の空気がピンと張りつめる。
「……お渡ししたと思うんですが……」
白石が穏やかに応じると、横山さんはなおも声を張り上げた。
「いや、ほんまにないんや。袋ごとや。さっき、自転車で帰ったやろ? 風が強かったし、きっとどっかで飛んでもうたんや……」
手に持っていたのは、空っぽの手提げ袋。
薬の重みは、どこにもなかった。
横山さんは、少し気難しいところがある患者さんだった。
薬の種類が多く、一包化に時間がかかる。混み具合により、待ち時間が長くなると、お声掛けはしているのだが、何度か強い口調で詰め寄られたこともある。
だが、いま目の前にいるのは、その時のような苛立ちではなかった。
どこか不安を抱えた、声と顔だった。
白石はほんの一瞬考えて、口を開いた。
「横山さん、さっき通られた道、教えてもらえますか? 一緒に探してみましょう。落ちているかもしれません」
横山さんは驚いた顔をした。
一拍の沈黙のあと、戸惑いが混じったような声で言う。
「ええけど……ちょっと距離あるで?」
「大丈夫です。風が強かったですし、どこかで見つかるかもしれませんしね」
奥にいる同僚に声をかけ、白石は上着を羽織って外履きに履き替えた。
「すみません、少しだけお願いします」
ちょうど患者さんの波が一段落したところだった。
白石は、横山さんの自転車の後を小走りで追いながら、道路脇や植え込み、側溝、フェンスのすき間に目を走らせる。
風に煽られた白い袋が、どこかに引っかかっているイメージを頼りに。
時折、前を走る横山さんに声をかけた。
「横山さん、気をつけてくださいね。ゆっくりで大丈夫ですから」
「……あんた、えらい真面目やな。こんなことまでせんでもええのに」
「見つかれば安心できますし。お薬、大事ですから」
息を切らしながら軽いジョギング程度の速度で走り続ける。日頃の運動不足を反省するには十分な負荷を白石は感じていた。
それにしても見当たらない。住宅街の中央線もない、それほど広くはない道路だ。どこかに落としたならすぐ目につくはずだ。
しかし、薬袋はどこにも見つからなかった。
自宅前までたどり着いた横山さんは、自転車を降りてがっくりと肩を落とした。
「……すまんな。時間、取らせてもうたな」
「いえ、大丈夫です。先生に連絡して、再発行の相談をしてみますが、多分再受診していただかないといけなくなると思います。また、ご連絡しますので、横山さんはもう一度家の中を確認してみてください。もし見つかったら、教えてくださいね。」
白石が笑顔で言うと、横山さんは小さくうなずいた。
「……あんた、ようしてくれたな。ありがとな」
その言葉は、短くて、不器用で、けれど優しかった。
薬局までの帰り道も、少し苦しくなった呼吸を整えるように、深呼吸をしながら再確認してみたが、やはり見つからなかった。
薬局に戻った白石は、処方箋の控えを確認しながら対応を考えていた。
普通に考えて再発行は無理な話だとは思うが、ひとまず病院に連絡をしてみようか。
そう考えていたそのとき、電話が鳴った。
受付にいたスタッフ電話を取り、対応すると、顔を上げて言った。
「白石さん、横山さんからです」
白石が受話器を取ると、あのぶっきらぼうな声が、少しだけ照れたように聞こえた。
「……あったわ。薬、家の下駄箱の裏に落ちとった。玄関で置いたときにすべり落ちたんやろな。風でも飛んでへんかったわ」
白石は思わず息をついた。
「よかったです。無事で、ほんとに」
一瞬、沈黙があった。
そして、ほんの少しの間のあとに──
「……さっきはな、あんたにも手間かけさせてもうた。ほんま、ありがとな」
電話の向こうの声は、どこかあたたかかった。
白石は受話器を静かに置いた。
結局、横山さんの家まで走ったことは、薬を見つけることにはつながらなかったけれど、これまでより、横山さんとの距離を、ほんの少し縮めることができたような気がしていた。
──とにかく、薬がなかったことが、なくてよかった。
(了)
〜あとがき 薬剤師としてのやりがいを求めて〜
これも、ほとんどそのままあったことを書いてみました。
薬がない、足りない、などと言われることはあるあるではないかと思います。
薬がない、と言われたケースでは後から出てくることがほとんどです。こたつの中にあった、うっかり冷蔵庫の中に入れてしまってた、などと言ってあとから連絡をいただくことが多いです。
数が足りない、と言われるケースへの対処としては、最近まで勤務していた薬局では毎日、使用した薬剤の棚卸しをしていました。その種類は日によって違いますが、100〜200種類くらいを確認します。レセコンデータや在庫データを使って、エクセルでわかりやすい一覧表にし、当日の夜、遅くても朝の開局前までに確認です。
それにより、齟齬があれば必死になって原因を追求します。ですから、基本的には薬の過不足については患者さんより先に気がつくケースが多かったです。
他にも調剤ルールとして、一錠に切り離しはしないということも徹底していたので、一錠足りない、ということもほとんど言われたことはありません。
しかしそういった対策をしていても、足りなかったと言われるケースはゼロではありません。ただその時は薬局の数量確認のシステムについてご説明すると、ほとんどの方は納得していただけるようでした。
それでもこじれる場合はケースバイケースで対応することになると思うのですが、あまりそのようなことがあった記憶がないです。
それにしても、飲んでいる薬の数がずれていた場合に、足りなかった、とは過去によく言われてきたと思うのですが、多かった、とはなかなか聞かないですね。これも、人間の心理、バイアスのひとつなのかもしれません。
なんにせよ、間違わずに出して、普通、当たり前、と思われる仕事なので心して取り組んでいきたいものです。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます😊ご感想やご意見など、ぜひコメントいただけると嬉しいです😆
