『生きる意味を見失うのは、自分が自分を諦めた時』
【1.成功者が語った『自分への諦め』】
以前、音楽活動をしていた縁で、全員50代以上のお客さんの前で歌う機会に恵まれた。
僕の歌唱力は並だが、お客さんから光栄な言葉をいただいた。
『感動した』『YouTubeに”歌ってみた動画”上げてないの?』
「ボーカル活動の再開を考えている」と答えたら『応援する』と言ってくれた。
僕の心に刺さったのは、その後の言葉の”重み”。
『私はもう定年間近で”終わっている人間”だから、きみのように夢を追う人を応援したくて仕方ないんだ。』
この日のお客さんの多くは、どこかの会社の社長や重役。
一見、僕とは比べ物にならないほどの『社会的成功』を手にした人たちだ。
そんな彼らが『人生への諦め』をにじませた瞬間、僕の心に悲しみと虚しさが吹き荒れた。
「人が生きる意味を見失うのは、他人から諦められた時ではなく、自分が自分を諦めた時」だと肌で感じた。
【2.呪いの言葉『もう歳だから』】
お客さんの話を聞くと、彼らの人生は決して終わってなんかいなかった。
仕事で結果を出し続け、組織に必要とされる人ばかり。
家族のために頑張る人や、何度目かの結婚や恋愛に燃える人、身だしなみや美容に力を入れる人もいた。
僕のように、かつて音楽活動に没頭していた人もいた。
なのに、彼らは時折、寂しそうに言った。
『夢敗れてサラリーマンに戻っただけだよ。』
いったい何が、彼らを自虐的にしているんだろう?
僕への応援の奥底に『もう歳だから』が横たわっている気がした。
歳を重ね、社会に揉まれるほど、余計なしがらみやプライドを背負わされる。
義務に消耗しているうちに『今さら何かに挑戦なんて』と思い始める。
いくら仕事や家族に恵まれても、ありあまる財や地位を手にしても、自分を諦めた瞬間、心に大きな穴が空く。
本当はやりたかったことを遠目で見ながら、虚しさを抱えて多忙に埋もれる。
だからこそ、自分の代わりに虚しさを打ち破ってくれる存在を応援したくなるんだろう。
彼らが自分を諦める前に目指していた景色を、見せてくれと叫ぶんだろう。
【3.誰かの虚しさを打ち破る存在に】
僕の活動は、誰かの虚しさを打ち破れただろうか?
彼らがかつて目指していた景色を見せることができただろうか?
命の時計の針の音を、少しの間、遠ざけることができただろうか?
わからない。「救いたい」だなんて、大それたことも言えない。
僕にできるのは、自分を諦めないこと。
歌う動機が「楽しい」である限り、「諦めない」一択だ。
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