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『いのちの電話に電話したのに相談員さんの身の上話の聞き役になった話』


僕は自分でも引くくらいの『聞き役』だ。

自分のことを話したい欲はあるのに、気づけば相手の話を聞いている。

自分のことを話そうとすると、罪悪感で胸が苦しくなる。

いのちの電話に連絡した時でさえ、相談員さんの聞き役に回ってしまった。


【1.相談員の身の上話の聞き役に】


うつ病が長期化し、絶望していたある夜、僕の指が『いのちの電話』の番号を押した。

電話に出たのは60代の男性相談員。定年退職後、新たな生きがいとして始めたそうだ。

僕はつらい気持ちを吐露した(と思う)が、言葉ですらない、ぐちゃぐちゃな何かだった。

その後、電話が切れるまでの僕と相談員さんの話の割合は1:9だった。

いつのまにか、僕は相談員さんの身の上話の聞き役になっていた。

カウンセリングの現場は、傾聴けいちょうの技術を身につけたスタッフさんが、当事者の気持ちを受け止める場所だと聞く。

なのに、どちらがいのちの電話に連絡した側なのかわからなくなっていた。

そんな僕の気質は、幼少期の『親への諦め』が刻みつけたものだ。


【2.聞き役として始まった人生】


亡き父は、おそらく重度の発達障害だった。

捕まれば長い説教。他人の気持ちの推測機能や、話を聞く回路を持たない人だった。

母は、生き延びるためなのか、稼ぎ手である父の肩を持った。

僕は5歳くらいで「この人たちに何を話してもムダだ」と悟り、心を閉ざした。

祖父母の家に里帰りしても、親戚の大人たちがしゃべり続け、僕は黙って聞いていた。

人生のスタートが聞き役だったことで、僕の心に深い自己否定が刻まれた。

「僕を生んだ者でさえ、僕の話に興味がないんだな」と。


【3.肌で感じた”聞き役への飢え”】


聞き役人生で、人々が抱える『私の話を聞いてほしい』という飢えを肌で感じてきた。

自己啓発本は口々に『時代は聞き役を求めている』と言う。

今の僕がまわりの人に恵まれている一因は、聞き役だからだろう。

けれど、僕の気質は、役立つから身につけたものじゃない。

幼少期からの深い自己否定の末に、心に刻まれた傷だ。

勇気を出して自分のことを話そうとするたび、脳内にこんな声が響く。

『お前の話に価値はない』


【4.逆ギレして救われたいのち】


僕はいのちの電話に救われた。

相談員さんへの身勝手な怒りによって、だ。

「相談を受ける仕事なのに、全然話を聞いてくれなかった!結局、この人も自分がしゃべりたい欲を抑えられないんじゃん!」

勝手に聞き役になったくせに、本当にひどい逆ギレだと思う…。

が、

ものすごいエネルギーを発して『怒っている自分』に気づけた。

「生きていても仕方ないと思ったけど、人のせいにして勝手に怒れる元気が残っていた。人生、捨てたものじゃないかも?」

刹那、自分の感情を見ていた目線が、ふっと僕から分離する感覚が走った。

長年のうつ病から立ち直るカギ『客観視』を手に入れた瞬間だった。

親を諦めて背負った『聞き役』という痛みが、今の恵まれた自分を形づくっている。


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