ぼくの母校は赤珊瑚〜都立工芸高校物語〜
第一色:ようこそ、工芸高校へ。
都立高校といえばどこの高校を想像するだろうか。有名私立中高一貫校が名を連ねる東大合格者数ランキングにおいて常に公立トップの座にいる都立日比谷高校だろうか。はたまた霊長類研究の第一人者で元京大総長の山極寿一氏や医師で芥川賞作家の南木佳士氏など、多数の著名人を輩出している都立国立(くにたち)高校だろうか。
そんな個性豊かな都立高校186校の中で、ひときわ異彩を放つ高校が存在する。それが本作の舞台である都立工芸高校、通称工芸である。
秋葉原で総武線に乗り換え2駅。水道橋に着く直前、神田川の向こうに「都立工芸高校」と書かれたガラス張りの校舎が目に飛び込む。工芸の名に恥じぬ特徴的な赤いオブジェ(通称赤珊瑚)とガラス張りの近代的な校舎のこの高校にぼくが入学したのは、時代が平成から令和に移る1ヶ月前の2019年4月のことである。
一口に工芸高校といえども、全日制はアートクラフト・マシンクラフト・インテリア・グラフィックアーツ・デザインの5学科、定時制はデザイン科を除く4学科で構成されており、部活や一部の普通科の授業を除けば交流はほとんどない。その中でぼくが入学したのは全日制インテリア科だった。
インテリア科は工芸高校3番目の学科として設置当時は家具製作科という名前だった。程なくして木材工芸科に名称変更。その後さらに室内工芸科へと名前を変え、平成初期の大規模な学科再編のとき、インテリア科へと名を変え今に至る。そんな経緯からか、対象とする領域は名称変更のたびに広がっていき、今では家具製作から建築までと多岐にわたる。例年女子の方が多いが、ぼくが入学した年は例年より男子が多かった(といえども、男女比は2:3ぐらいで女子の方が多い)。全員が全員というわけではないが、どちらかといえば男子は建築などのモノづくりが、女子はデザインなどの美術に興味があって入学したという人が多かった。例に漏れず、ぼくも美術というよりもモノづくりの方に興味があって入学した。
実のところ、ぼくは入学するにあたって非常に心配だった。というのも、美術は「センスはいい」と褒められることはあっても「絵が上手い」と褒められたことは一回もなかった。もちろん、美術展に入賞したこともない。そうであるから、高校受験でどこを受けるか決めるとき、普通科の高校にするか工芸高校にするかで非常に悩んだ。モノづくりは好きだが、美術の自信はまるでない。その上工芸高校に進んでしまえば、進路は事実上芸術系に限られてしまう。悩みに悩んだが、学校説明会のときに言われた「みんな初心者ですから、個々人の上達の差はあれども真面目に取り組めばちゃんとついていけますよ」との言葉を信じて、工芸の門を叩いたのだった。
入学式の翌日、担任から翌日学科全体の対面式兼歓迎式があるので自己紹介用のポスターを作るようにと言われ、A3の紙とポスカが配られた。ポスター製作の指示は
・漢字フルネームを大きく書くこと
・個性を表現すること
・今から下校時刻まで(約3時間)で作ること
の3点だけだった。凡庸なぼくは、アイデアが浮かばず手が止まった。けれども周りの人たちはスラスラと、自分の好きなもののイラストや似顔絵などをふんだんに、そしてバランスよく散りばめたポスターを作り上げていた。中にはフォントまでデザインしている人もいた。入学してわずか2日で自分とクラスメートの歴然とした実力差を思い知らされて目の前が真っ暗になったことを今でも鮮明に覚えている。結局ぼくは名前を1文字ずつ、自分の好きな色で書いていくだけの味気ないポスターになった。
「ようこそ工芸高校へ」。先輩たちの言葉をぼくは素直に受け入れられなかった。
第二色へ続く
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