ぼくの母校は赤珊瑚〜都立工芸高校物語〜
第三色:体育祭?
ゴールデンウィークが明けるとクラスは一気に体育祭ムードになった。体育祭と言ってもここは工芸。普通の高校の体育祭とは一味も二味も違う。
インテリア科は全学年合同の生徒組織として援団・チア・装飾班の3つの班がある。1年のときに自分の所属するものを選び、3年間ずっとその班で体育祭と文化祭である工芸祭を担当することになる。チアは女子限定なので、ぼくは援団か装飾班の2つしか選べなかったのだが、例の対面式兼歓迎式のときに援団のパフォーマンスを見て、コレを3年間続けるのは無理だと思っていた。装飾班は工芸祭で校門に設置する入場門を作る、いかにも工芸らしい花形の班なだけに、例年非常に人気だった。班決めは立候補制で、案の定装飾班に集中したが、ぼくは運良く装飾班になれた。(じゃんけんで勝っただけだが)。
体育祭での装飾班の役割は、入場門の制作だった。工芸では体育祭にもテーマが決められており、デザイン科が得点板を、インテリア科が入場門をそれぞれ決まったテーマに合わせて作ることになっている。
一年生のぼくたちが所属する班を決めて作業に取り掛かる頃には、大掛かりな作業は既に終わっていて、細かなデザイン作業をやることとなった。何でも、体育祭のテーマ決めは前年度の3月ごろから話し合いが始まり、装飾班の活動は春休みからスタートするのだとか。

アクリルで音をあげているぼくたちに比べて、先輩たちはあの課題をこなしてきているだけあって、作業は早くて丁寧だった。それを象徴するかのように、作業着はぼくたちはいかにも新入生らしく綺麗な状態だったが、2年生3年生と学年が上がるにつれて、その制服には色々な絵の具や塗料が付いて汚れていた。
ぼくも不器用ながらも足手纏いにならないよう作業をした。新品だった作業着も体育祭が近づくにつれて、絵の具や塗料で汚れていき、先輩たちに少し近づけたようで嬉しかったのを覚えている。
実のところ、ぼくは体育祭の準備の記憶も参加した記憶もあるのだが、どの種目に出たのか全く記憶にない。それどころか、体育祭の練習をした記憶がない。逆を言えば、工芸では体育祭の競技自体はあまり重視されていないのだ。それなら体育祭で種目に出場しているとき以外は、みんなはいったい何をしているのだろうか。もちろん友達同士で喋ったり写真を撮ったりしているのだが、それ以上にみんなが本気でやっていたことがひとつある。それは学科Tシャツ(いわゆるクラスTシャツだが、工芸はクラスごとではなく学科ごとで作る)への落書きだった。

ぼくの友達も、準備よくマッキーペンを持ってきてクラス中の人たちのTシャツに落書きして回っていた。布にマッキーペンで描いていくわけだから、描き直しは絶対にできない。それなのにみんな失敗することもなく、フリーハンドで何も見ずにイラストを上手に素早く描いていく。俺のTシャツにもなんか描いてよと友達からマッキーペンを渡されたが、ぼくは何ひとつ書くことができなかった。
初めての体育祭、優勝したがとにかく悔しかった。
第四色へつづく
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