「立ち読み」は他言語に訳せる? 英独仏伊西の5言語では何と言うか
先日、小林昌樹氏の『立ち読みの歴史』を読み、その一言感想をXに投稿しました。
『立ち読みの歴史』を読みました。立ち読みという習俗がどのように生まれたのか、「調べる技術」を総動員してまとめた本です。完璧に整った章立てではありませんが、気になる事柄を次々に調べていく様子がかえって在野研究のヒントに溢れているなと思います。https://t.co/Hyj2VBZ6YH@shomotsubugyo pic.twitter.com/jx6uDO8XBZ
— 門前照二 (@euqitsatnaf) May 15, 2026
色々と興味深いことが書いてあった中で、個人的にもう少し調べてみたいなと思ったのが「立ち読み」の辞書での定義です。
※本記事では、国語辞典における「立ち読み」の実例(2-1)と、英独仏伊西5言語での語彙確認(2-2)を主に扱っています。他言語との比較にご興味のある方は、2-2からお読みいただいても構いません。やや寄り道の多い調査ですが、ご興味のある部分だけの「拾い読み」も歓迎します。
1.『立ち読みの歴史』での定義と本文中における辞書の引用
まず、『立ち読みの歴史』の中で、「立ち読み」という語は次のように定義されています。
本書での立ち読みをまとめて定義しておきたい。
立ち読みとは、短時間に享受できるコンテンツを持つ冊子――主に雑誌、マンガ、絵本――を、開架から直接自由に選び取って、書店内か店頭で十分享受する行為、またその習慣。多くは立ったままだが、座っている場合もある。
補足的に言うと、店側から見て購買意思が不明な状態であることが重要で、おおむね時間によって店側の許容度が判定され、例えば30分を超えると購買意思なしと見なされ、追い払われる。またマンガで笑うなど、音読状態になっても店に排除される。江戸期書店の「出し本」などのように書目が著しく限定されたり、座売りで出納が必要な場合は立ち読みに入らない。
東アジアに一部、日本の影響だろうか同様の現象が見られ、それを表現する言葉もあるが、欧米では上記性格の冊子が書店にないため、発生しづらく、現象はあっても習俗としては成立せず、言葉もない。
このような定義に至る詳細なアプローチについては、ぜひ実際に本書を読んでいただきたいので割愛しますが、著者が辞典を引いて用例を確認している箇所があるので、そちらを見てみましょう。なお、本当は百科事典から見つけたかったようですが、いくら探しても事典には見当たらなかったそうです。
『日本国語大辞典』(以下、『日国』と呼ぶ)を百科事典代りに引くのがよい。それにこうある。
たち-よみ 【立読】〔名〕
立ったままで読むこと。特に、書店の店頭の本を買わないで立って読むこと。
*二つの町〔1946〕〈荒正人〉「パンフレットを、わたくしは本屋で立ち読みしたことがあった」
*男の遠吠え〔1974〜75〕〈藤本義一〉キコエヨガシ「OLらしいのが週刊誌の立読みを熱心にやっていた」
戦後の用例しかないが一応、定義も出ている。また、同じ漢字表記で「たてよみ」とい う語も立項されており、こちらは「名調子で読むこと。調子をつけて、よどみなく読むこ と」と語釈され、「潮花が三国志は両国の講釈場で立読(タテヨミ)を聞て」という明治初めの『西洋道中膝栗毛』の用例が挙げられている。こちらは立ち読みと、「立読」という漢字表記で同じになってしまうが、違う意味と考えてよいだろう。さらに『日国』にな
いが、教育用語に「りつどく(立読)」というものがあった。教室内で授業中、教師に指 名された生徒が、立って、教科書を前に突き出して音読するアレである。「立読」という 表記形はみな同じだが、タテヨミもリツドクも別の言葉としておく。
ここで挙げられている『日本国語大辞典(第二版)』の用例を、私もデジコレで実際に確認してみました。


『日本国語大辞典 第二版』の用例が戦後のものばかりであることに、著者はやや新しい(もっと古くからあるはず)と感じたようです。そこでさらに古い用例を探索した結果、勝海舟の談話を発見しています。

なお、「老爺」は勝海舟自身のこと。
上記引用は、海舟立ち読みの典拠となった談話で、明治三一(一八九八)年三月にしゃ べったものらしい。一八四〇年頃の自分を50年後、死去の前年に回想し、「立ち読して」 と表現している。晩年の海舟は「今でいう立ち読みだ」という意味で語っているようでもあり、談話筆記者がそう受け取って「立ち読み」という言葉を使ったのかもしれないが、 ここで一応、言葉としての「立ち読み」が明治三〇年前後に存在したと言ってよいだろう。
私個人の興味として国語辞典における他の用例についても調べてみることにしました。その詳細は、後述の「2-1 国語辞典を引いてみる」で紹介します。
また、欧米諸国において「立ち読み」に該当する固有の語彙が存在するのかどうか、英語やドイツ語の辞典を引いて検証しています。
英和、和英、独和、和独辞書を何点か確認したが、和英、和独で、立ち読みを立項するものはあるが、どれも、立ったまま読む(read a book while standing', im Stehen lesen)といった説明的、叙述的に翻訳してあるだけで、一語や定型句的なものではないようだ。英和で一つだけ、browseを「拾い[立ち]読みする」と訳していたものがあったが(竹林滋ほか編『研究社新英和大辞典 第6版』研究社、二〇〇二)、これは拾い読みのほうに意味のコアがあるのだろう。他の辞書で例文などを見ると、自分の書斎でもbrowseするので、購買意思とは無関係に成立する動詞である。購買意思の有無問題がない、つまり日本語「立ち読み」のコアな要素が欠けていると思われる。
著者はこの先で、なぜ欧米に「立ち読み」という独立した語彙がないのかを考察しています。どうやら欧米の一般的な書店には基本的に雑誌が置かれておらず、この流通構造の違いから、そもそも立ち読みという習俗そのものが成立しづらかったのではないか、と結論付けています。
この点についても私の好奇心が刺激され、各国の辞典において本当に「立ち読み」に相当する語彙がないのかを、もう少し詳しく調べてみることにしました。これについては「2-2 英独仏伊西の語彙を調べてみる」にまとめています。
あわせて、フランスではセーヌ川沿いにブキニスト(Bouquinistes)と呼ばれる露店の古本屋が立ち並んでおり、フランス語特有の語彙があるのではと思ったので、それについても辞典を引いてみました。これは「2-3 フランス語bouquinisteに関連する語彙を調べてみる」に書いています。

2-1 国語辞典を引いてみる
小林氏も述べているとおり、『日本国語大辞典 第二版』が戦後の用例しか載せていないのは、調査不足の感が否めません。
実は、同辞典の精選版である3巻本の『精選版 日本国語大辞典』では、すでに「立ち読み」の用例が見直されています。

実例を戦前まで遡り、1929年の例が引かれています。ただ、「立ち読みの愛書家」が店内に押し寄せているという状況を、私はうまくイメージできませんでした。そこで、どのような文脈なのかを確かめるため、デジコレを見に行ってみます。

実際に該当箇所を読んでみると、ここでいう「特殊街」とは神保町の古書店街を指し、「大店内」は三省堂、東京堂、冨山房、有斐閣が出版業とは別に営んでいた大型小売書店のことを指していることが分かりました。なお、当時の神保町で展開されていた大型書店の様子については、『立ち読みの歴史』の127ページ以降にも載っています。
『精選版 日本国語大辞典』の方では「立ち読み」の用例がより適切なものへと改められたことを確認できました。
それでは、実例を載せている他の国語辞典はどうでしょうか。文学作品の用例が充実していることで定評のある『新潮現代国語辞典 第二版』にあたってみました。

たち よみ【立(ち)読(み)】(名・スル他動)
本屋の店頭で、買わないで立って商品の本を読むこと。「書店で雑誌の―をしてゐる学生〔白日夢〕」
ここで引かれている「白日夢」は谷崎潤一郎の戯曲です。初出は1926年8月(『中央公論』9月号)で、先ほどの『精選版 日本国語大辞典』の用例(1929年)よりもさらに3年遡ることになります。こちらもデジコレで確認します。

戯曲の一場面から引用されたものだと分かりました。
ここまでの確認結果をまとめてみます。
・「立ち読み」の用例は、『精選版 日本国語大辞典』で戦後から昭和初期へと改められた。
・他の辞典に目を向けると、『新潮現代国語辞典 第二版』がさらに古い1926年の用例(谷崎潤一郎)を採録している。
こういったことが分かりました。
文脈上は今和次郎の方が、当時の書店の様子を生き生きと伝えているように思えますが、谷崎の用例は、読んでいる対象が「雑誌」と特定されていること、そして何より、本を熱心に買い求める愛書家よりも購買意思が相対的に乏しいであろう「学生」が立ち読みの主体として描かれている点を見逃すことはできません。現代の私たちが抱く「立ち読み」のニュアンスに極めて近いという意味でも、私は谷崎の「白日夢」のほうが、用例としてより適切なのではないかと考えています。
余談ですが『新潮現代国語辞典 第二版』は谷崎の用例に偏っている、という指摘があり、私自身もこの辞典を使っていると「また谷崎か」と感じることが多いです。「立ち読み」ですらも谷崎が出てきたのは予想外でしたが。
2-2 英独仏伊西の語彙を調べてみる
『立ち読みの歴史』では、日本語の「立ち読み」に対応する語彙は英語とドイツ語には見当たらなかったと書かれています。
私自身が確認してみた結果としても、少なくとも英語、ドイツ語、フランス語、イタリア語、スペイン語の5言語において、「立ち読み」の持つニュアンスときれいに合致する語彙は存在しない、というのが現時点での結論です。
英語の語彙:browse(拾い読みする)
まず、本書でも言及されていた browse を、『研究社新英和大辞典 第6版』で調べてみます。

2 〈人が〉(本などを)漫然と[気ままに]読む,(書店などで)あちこち本を拾い[立ち]読みする.
【用例】
browse in the pages of a book 本をあちこち拾い読みする.
browse through [among] books (書斎などで)本を拾い読みする.
browse around the second-hand bookshops 古本屋を見て回る.
確かに、日本語の「立ち読み」にかなり近いなと感じます。
では、他の辞典ではどのように扱われているでしょうか。日本語の微妙なニュアンスを英語でどう表現すべきかを詳細に解説している『最新日米口語辞典 [決定版]』確認してみました。


『研究社新英和大辞典 第6版』だけでは今ひとつ確証を持てませんでしたが、この口語辞典の解説で、「立ち読み」という行為は基本的に browse で置き換え可能なのだと感じてきました。ただし、見出しにもあるとおり browse 単独では用いず in a bookstore 「書店で」 を添えることがポイントかなと思います。
次に『研究社新和英大辞典 第5版』を見てみます。

「立ち読みお断り」「立ち読み歓迎」という正反対の用例を載せているのがおもしろいと感じました。
続いて、『小学館プログレッシブ和英中辞典 第4版』です。

コトバンクでも読めます
成句について補足すると、this and thatは「あれやこれや、あれこれ、いろいろなこと」という表現ですが、this bookstore and thatとのセットで「あちらこちらの本屋」≒「何軒かの本屋」と訳されています。
また、stand aroundだけでは「何もしないで突っ立っている」という成句ですが、stand around + V-ing では 「その場に突っ立ったまま〜する」に加えて「たむろして〜する」という意味も付加される場合があるようです。(『オックスフォード句動詞辞典 Oxford Phrasal Verbs Dictionary for Learners of English』)
プログレッシブ和英中辞典ではこの「たむろする」という語感が、おそらくfilled withとの衝突を避ける意味で訳出されていませんが、standing around reading comic booksだけを抜き出すと、「店内でたむろして(≒居座って)漫画を読んでいる」という意味となります。

最後に、『ウィズダム和英辞典 第3版』の解説を引用します。ここでようやく、私が最も知りたかった本質的な記述に出会うことができました。

立ち読みする [動]
▶当店では売り物のマンガ本を立ち読みするお客様が多くて困っています
The trouble is that many customers spend time reading (through) [browsing through] comic books on sale instead of buying them in our bookstore. (❗ read throughは「終わりまで読む」の意. browse /brauz/ throughは「(どんな本なのか)さっと見る, 拾い読みする」ことで, 日本語の「立ち読み」のようなうしろめたい行動ではない)
本の中身をはじめから終わりまで読み通してしまうread throughとは異なり、browseはあくまで「どんな本なのかをさっと確かめる、見定める」というニュアンスであり、注釈にあるとおり「日本語の『立ち読み』のようなうしろめたい行動ではない」のです。
ついでに、browse に近い意味で flip through という成句もあり、これは「本や雑誌などをパラパラとめくる」動作を指します。

quicklyがダブってますね
こうして見ると、日本語の「立ち読み」にそのまま対応する単一の英語表現は存在しないものの、英語では状況や行為の違いに応じて表現が細かく分かれていることが分かります。以下、英和・和英辞典などで調べが付いた範囲でのまとめです。
最も一般的なのは browse で、本屋で本の内容をざっと確認したり、軽く目を通したりする行為を指します。これは必ずしも否定的な語ではなく、単に店頭で本を見て回るという意味でも広く用いられます。
一方、店内に一定時間留まって読む行為を表す場合には、stand around reading / hang around reading のような説明的表現が用いられることがあります。これらは成句というより状況描写に近く、文脈によっては「店内に居座る」「たむろする」といった否定的な含意を帯びる場合もあります。
また、read through(≒ from cover to cover ) は本来「最初から最後まで読む」「通読する」という意味の表現であり、ただの「流し読み、走り読み」 skim / scan ではなく「詳細を確認する」という文脈で使われることが多い語です。そのため、日本語の「立ち読み」のように店頭で読む行為そのものを指す語ではありません。ただし、文脈によっては「購入せずに読み切ってしまう」というニュアンスを帯びることがあります。
このように、英語では「どのように読むのか」「どの程度の時間滞在しているのか」「どの程度まで読むのか」というパターンに応じて表現が分かれるのに対し、日本語の「立ち読み」は、それらを広く包含しているといえるでしょう。
ここで「立ち読み」から少し脱線して、browse と read の語源について見てみます。
最初に『英語語源辞典』で browse を引いてみます。

これを読むと browse は古フランス語 broster の借用語で「芽を出す」という動詞に由来し、当初は「(枝葉など)をかじりとる、食う」という意味だったことが分かります。それはよいとして、「本を拾い読みする」という語義とはかなりの断絶があり、うまくつながっていません。『英語語源辞典』で精密な語源は把握できたものの、これだけでは今ひとつピンとこないなと感じました。
そこで、事あるごとに有用性を宣伝している『岩波新英和辞典』(絶版)を見てみます。紙版はプレミア化していますが、デジコレで読むことが可能です。

browse [brauz] vt., vi. (草・若葉などを) 食う; (放牧して) 自由に食わせる; 本をあちこち読む. —— n. 若葉; 飼葉; 若葉を食うこと. brows'er n. 若葉を食う牛, 鹿など; 漫読家.
同辞典の記載からは、原義の「草・若葉などを食う」から「家畜などを放牧して自由に食わせる」という意味に転じ、その連想から「本をあちこち読む」につながったという経緯が見えてきます。この「放牧」というキーワードのおかげで、隔絶して見えた「若芽を食う」と「拾い読みする」の意味が鮮やかにつながりました。つまり、browse の原義も含めて現在の意味を考えると、本(インターネットも含む)という沃野を自由に歩き回り、気になった知識を思うままにむしゃむしゃと味わう、ということが言えそうです。
では read の方はどうでしょうか。発売後1年、いまだ話題沸騰の研究社『英語語源ハンドブック』で確認してみます。
read /ri:d/
[名(原文ママ)] 読む
■読むことは論理的に考えること
【語源・由来】 古英語 rǣdan(思う,計算する,読む,解釈する)に由来。印欧祖語 *re(i)-(数える,論理的に考える)に基づく。当初は様々な思考と関連する意味を表していたが,徐々に読むことに関連する意味に特化されていった(⇨意味の特殊化)。
~中略~
【関連】 印欧祖語 *re(i)-(数える,論理的に考える)
read と同根の語としては,いずれもラテン語 reri(…と思う,考える,数える)に由来する reason(道理,理由,理性),rate(割合,比率),ratio(比,比率),ration(割り当て)がある。rate と ratio については,数学的な思考に基づく「割合,比率」等の意味が中心的だが,特に ratio は元来「思考力,論拠」を表した。なお,reason, ratio, ration は同じラテン語の単語に由来する「三重語」の関係にある(⇨二重語)。
これを読むと当初は consider と近い意味だったのかなと思います。「読むことは論理的に考えること」。この一文がなかなかに意味深長です。目まぐるしく情報が流れていく現代において、私たちは本当に文章を read できているのか。それはただの browse 「拾い読み」ではないのか? そんなことを考えました。
脱線しつつも、少しずつ「立ち読み」に戻っていきます。小学館『日本語源大辞典』(版元品切れ)で「読む」を調べてみます。
よむ 【読む・詠む】 〔他動マ五(四)〕
▼声に出してことばや数などを、一つ一つ順に節をつけるように区切りを入れながら(唱えるように)言う行為を表すのが原義。
[1] (歌・詩・経典・文章などを)声をたてて、一区切りずつ、一音ずつたどりながらいう。声に出して唱えていく。かぞえる。❖万葉 8C後
[2] 文章など書かれた文字をたどって見ていく。また、文章・書物などを見て、そこに書かれている意味や内容を理解する。❖蜻蛉 974頃
~「語源説」略~
[参考]
①本居宣長の「古事記伝-三九」に「凡て余牟(ヨム)と云は、物を数ふる如くにつぶつぶと唱ふることなり〈故物を数ふるをも余牟と云り。又歌を作るを余牟と云も、心に思ふことを数へたてて云出るよしなり〉」とあるように、原義から見れば数を数えることも、唱えたり歌を詠んだりすることも本質的に違いはなかったといえる。
②類義の「かぞふ(かぞえる)」は、上代・中古では、数を順に唱えていくような数え方ではなく、数量を計算する、勘定して数を把握することに重点があったと思われる。→「かぞえる(数)」の「参考」。
近代まで読書といえば朗読のことを指していた、という点についてはこちらのレファレンスが参考になります。『近代読者の成立』(前田愛)は『立ち読みの歴史』の巻末「推薦図書リスト」にも載っていました。
さて、英語についてはある程度把握できたので、次にドイツ語、フランス語、イタリア語、スペイン語についても見ていきます。
以前、「コトバンク」での検索方法をまとめていたので、この機能を使って和独、和仏、和伊、和西を見てみました。結果、和伊、和西は見つけることができました。
まず、小学館『和伊中辞典 第2版』で「立ち読み」が立項されていました。直訳すると「何も買わずに(senza comprare nulla)本屋で(in una libreria)立ったまま(in piedi)何か(ql.co)を読む(leggere)こと」という意味で、「立ち読み」の動作自体を叙述的に訳したものとなっています。
立ち読みをする
leggere ql.co. in piedi in una libreria senza comprare nulla
次に、小学館『和西辞典』です。直訳では「本を(libros)買わずに(sin (=without) comprarlos comprar = 買う + los = それらを。※この「それら」は直前の libros )、本屋で(en las librerías)本を読む(leer)こと」という意味です。『和伊中辞典 第2版』にはあった「立って(in piedi)」に相当する言葉が『和西辞典』には無い、という細かな相違はありますが、どちらも説明的に「立ち読み」を訳しているという点では似通っています。
本屋で立ち読みする
leer libros en las librerías sin comprarlos
次に、和仏の方を見ていきます。旺文社『プチ・ロワイヤル和仏辞典 第3版』と白水社『コンコルド和仏辞典』を見てみましたが、全く同じ例が示されていました。和仏についても和伊、和西と同様に状況説明に終わっています。和仏だけは「買わずに」という言葉が無く、「その場で sur place 」を使っており、「その場所(お店)で読んでしまう」という状況を示唆しているのではと推察されるところです。
本屋で立ち読みする
lire sur place [debout] dans une librairie


なお、和独の方はコトバンクで検索できる『ポケットプログレッシブ独和・和独辞典』に立項が無く、私自身も書籍を保有していないため探すことができませんでした。
ここで確認を終えてもある程度は調べたといえるのかもしれませんが、もう少し粘ってみます。
今回は、英語の browse を手がかりに、無料のオンライン辞典であるCollins Dictionariesを使って英独、英仏、英伊、英西で調べてみることにしてみました。
ドイツ語の語彙:schmökern(くつろぎながら拾い読みする)、umsehen(ぶらぶら見て回る)
最初に、英独で検索してみます。

「1」に書かれている内容がどうも「立ち読み」に近いようです。3つ挙げられているので一つひとつ見ていきます。
英語: to browse among the books
ドイツ語: in den Büchern schmökern
日本語:(本屋、図書館、書斎など、本と本との間で=本棚の前に立ち) 本をあれこれ拾い読みする
英語: to browse through a book
ドイツ語: in einem Buch schmökern
日本語: 1冊の本に一通り目を通す、ざっと通読する
英語: to browse (around)
ドイツ語: sich umsehen
日本語: (店などで特に買う目的もなく)ぶらぶら見て回る
Collins Dictionariesは、英独で調べた後、独英で調べ直すことができるのが便利です。独英で schmökern と umsehenを再検索してみます。

schmökern
英語(ドイツ語):to bury oneself in a book/magazine etc; (= in Büchern blättern) to browse
英語(ドイツ語)の和訳: 本や雑誌などを読みふける;(同義のドイツ語表現:in Büchern blättern 本のページをパラパラめくる)、拾い読みする(browse)

umsehen
基本的な意味:to look around (nach for); (rückwärts) to look (a)round or back
和訳: 周りを見回す、後ろを振り返る
例文
sich in der Stadt umsehen
to have a look (a)round the town
街をあちこち見て回る=散策する
sich in der Welt umsehen
to see something of the world
世界を見て回る ≒ 広い世界を経験する(見聞を広める)
ich möchte mich nur mal umsehen
(in Geschäft) I'm just looking, I just wanted to have a look (around)
(お店で店員に声をかけられた時に)「ただ見ているだけです」「ちょっと見て回りたいだけです」
schmökernが少し気になったので『郁文堂 独和辞典 第二版』でも調べてみます。

これを読むと、schmökernは Schmok(英語のsmoke)「煙」に由来しているようで、「タバコをくゆらす」 schmöken 、「娯楽本」「喫煙者」Schmöker と列挙されています。ただ、「煙」からどうして読書になるのかは、辞典の記述だけでは分かりません。
そこでウェブ検索すると、語源については複数の説が伝わっており、確定していません。有力とされているのは学生語(Studentensprache)に由来するという経緯で、DWDS(Digitales Wörterbuch der deutschen Sprache)の Schmöker 項目には、もとは学生が古い本のページを破り取り、パイプに火を着けるための紙縒り(Fidibus)として使っていた習慣に由来する可能性が高いと記されています。
一方、ドイツ語版Wiktionaryは別の解釈として、革の表紙を持つ本を「燻製ハム(Räucherschinken)」に見立てたとする説も紹介しており、命名の動機そのものは依然として不明 とまとめています。
つまり、語そのものは「煙」「喫煙」に関わる語群へ遡ることまでは比較的はっきりしている一方で、それが「娯楽として本を読む」という意味へどう転じたのかについては、なお諸説ある状態だといえそうです。
ここで、英語とドイツ語の違いをまとめてみます。
英語の browse は、本を「拾い読みする」、店内を「あちこち見る」という両方に使えますが、ドイツ語では見るものが「本」か「場所」かという対象によって使い分けられています。
まず、本をあれこれ拾い読みしたり、時間を忘れて読みふけったりする場合は schmökern を使います。この語は、単に「読む」というよりも、くつろぎながら本に親しむという感覚を含んでおり、「タバコをくゆらせながら行う気楽な読書」というイメージを背景に、「拾い読みする」「読みふける」といった意味へ発展したと考えられているようです。
一方で、店内や街をぶらぶら見て回る場合は sich umsehen を使います。こちらは「周りを見回す」という意味のとおり、買う目的を定めずに空間を眺める時に使われ、店員への「ちょっと見ているだけです」という定番の言い回しにも使われます。
フランス語の語彙:feuilleter(ぱらぱらめくる)、flâner(ぶらぶら歩く)
同じように英仏で調べた後、仏英で調べ直してみます。ドイツ語のときと同じように、見る対象が本なら feuilleter(ぱらぱらめくる)、店なら flâner(ぶらぶら見て歩く)と表現が区別されていることが分かりました。
店員に声を掛けられたときの対策として「見ているだけです」と答える場面が、独英と英仏で繰り返し出てくるのがおもしろいですね。外国語学習者にとって、それだけ定番のやり取りなのかもしれません。



イタリア語の語彙:sfogliare(あちこち拾い読みする)、occhiata(ちらりと見る、目を通す)curiosare(好奇心を持ってあちこち見て回る、詮索する)
イタリア語です。sfogliare(あちこち拾い読みする)、occhiata(ちらりと見る、目を通す)curiosare(好奇心を持ってあちこち見て回る、詮索する)という語彙に分かれるようです。例によって店員撃退のフレーズ「ただ見ているだけです!」 sto solo curiosando! が載っていますね。




スペイン語の語彙:hojear(ぱらぱらとめくる、拾い読みする)curiosear(品定めする、物色する)
ようやくスペイン語に到達しました。hojear(ぱらぱらとめくる、拾い読みする)という語彙のほかに、やや詮索めいた響きを持つ curiosear(物色する、ぶらぶら見る)という語もありました。



今回の調査は英語の browse を手がかりに各国語へ広げていったため、結果として似た意味の語彙に偏っているという問題点もあります。本来は、それぞれの言語側から独自に「立ち読みする」という行為を探っていく必要があり、そうした方法を採れば、また違った語の分布や文化的背景が見えてくるのかもしれません。
2-3 フランス語bouquinisteに関連する語彙を調べてみる
フランス語では、古本・古書にまつわる語彙が驚くほど細かく分かれています。単に「古本屋」「読書家」といった名詞にとどまらず、「古本をあさる」といった動詞まで、語彙として独立している点が興味深く感じられます。
以下はその例です。『ロワイヤル仏和中辞典 第二版』から引用します。
bouquin /bukɛ̃/ [名・男]
《話》本
《古》古本、古書
bouquiner /bukine/ [動・自]
❶《話》本を読む、読書する;(図書館で)調べ物をする
❷《古》古本をあさる
—bouquiner [動・他] (本を)読む
bouquinerie /bukinri/ [名・女]
古本屋(商売)、古本売買
bouquineur, se /bukinœːr, øːz/ [名・形]
❶《話》読書家(の)、読書好き(の)
❷《古》古書愛好家(の)
bouquiniste /bukinist/ [名]
❶ 古本屋[特にセーヌ河岸の古本屋]
❷《古》古書愛好家
まとめてみた感想
今回の調査を振り返ると、出発点は小林氏の『立ち読みの歴史』における辞書引用のごく小さな疑問でした。調べてみて印象的だったのは、日本語の「立ち読み」という語が、想像していた以上に多くの要素を含んでいたことです。
英語・ドイツ語・フランス語・イタリア語・スペイン語では、「本をぱらぱらめくる」「店内を見て回る」「読みふける」「購入せずその場で読む」といった行為が、それぞれ別々の語や成句へ分かれていました。しかし日本語の「立ち読み」は、それらをかなり曖昧なまま、一語に包含しています。
しかもその語には、単なる読書という行為に限らず、「書店という空間」「購買前の商品」「滞在時間」「購買意思の不透明さ」、さらには「後ろめたさ」のような感覚まで含まれています。今回辞書を引き比べてみて、「立ち読み」とは単なる動作ではなく、日本の書店文化そのものを圧縮したような語なのだ、ということを強く感じました。
