【イベントレポート】三宅香帆さんが聞く、小説家・朱野帰子さんの「物語のつくりかた」#創作大賞2025
小説家の朱野帰子さんをゲストにお迎えし、「物語のつくりかた」についてうかがうトークイベントを開催しました。朱野さんの著書『わたし、定時で帰ります。』や『対岸の家事』は、ドラマ化もされ、多くの共感を呼んでいます。
モデレーターは、文芸評論家の三宅香帆さん。商業小説家に必要なもの、自分の強みを見つける方法、キャラクターやプロットのつくり方などについて、くわしくお話しいただきました。
創作大賞の小説部門に応募したいと考えているクリエイターの方はもちろん、物語や小説の書き方に関心がある方にもおすすめの記事です。ぜひ参考にしてみてください。
「編集者」「読者」「売り場」のニーズを満たし続ける
——さっそくお聞きしたいのですが、ズバリ「商業小説家に必要なもの」とはなんでしょう?
朱野帰子さん(以下、朱野) 「編集者がやりたいこと」「読者が読みたいもの」「売り場が求めること」の3つを満たし続けることが、プロの小説家の条件ではないかと私は思っています。
まず、編集者は「売れる本をつくりたい」です。次に読者は、売れているかどうかよりも、自分が読みたい本や、好きな作家の本を読みたい。そして売り場は、「書店がいま欲しい本」「文学フリマで読まれやすい本」「インターネットでバズる本」など、場によって欲しているものが変わります。

——この話、「すごくわかる!」と共感しました。私も本を書きはじめたころは、「編集者=一番の読者」という印象があり、編集者と読者が求めるものは同じだと思っていたんです。でも実際は少し違いますよね。やはり編集者は「売れてほしい」という気持ちが強くあり、マスを取りにいきたいんだなと。
朱野 そうですね。私も最初のころは、この辺がよくわかっていなくて、編集者に言われるがままにやっていました。編集者が全知全能の神で、答えを持っていて、私に試練を与えているんだと思っていて。
でも途中で、気がつきました。編集者も万能ではなく、毎回迷いながら「本を売るため」にベストだと思う意見を伝えているということに。考えてみれば、当たり前のことなんですけどね。
——それらのことを踏まえると、この3つの条件を満たすのは、かなり難しいのではないでしょうか?
朱野 はい、時間はかかるかもしれません。私の場合は、デビュー10年目のころ、編集者から自立しようと思い立ち、「自分の強みはなんだろう」と考えました。そのときに、ふと「ずっと会社員だったこと」だと気づいたんです。「会社員」というと、小説などでは“平凡な人”として扱われがちですが、実際には人口に占める会社員の割合は年々上がっています。つまり、マーケットとしては一番大きいんです。
それなのに、会社員のことを書いている人たちは少ない。さらにいうと、会社員のなかでも、書かれていないテーマが死ぬほどあるなと。そんなことを考えていくうちに、この「会社員」という自分の強みは、先ほど挙げた「編集者がやりたいこと」「読者が読みたいもの」「売り場が求めること」の3つの要素を撃ち抜けるのではないかと思いました。
そこで編集者に提案したら、「それはいいね、やってみよう」ということになって。そのときに書いたのが『わたし、定時で帰ります。』です。
“市井の人”の感覚を創作に生かす
——朱野さんの場合は、自分の強みを生かせるのが「労働小説」だったわけですが、強みを見つけるコツはありますか?
朱野 自分の強みを見つけるのは、すごく難しいですよね。作家は「特別な感性を持って、特別な人生を送っていなければならない」と思われがちですし。しかし私の場合、ずっと会社員をして育児もして、というごく普通の人生でした。それこそが強みだと気づくまでに、10年かかりました。
でもちょっとした、強みを見つけるコツがあります。たとえば、友達との会話でウケた話があれば、それを深掘りしてみるといいかもしれません。仕事や趣味、自分だけのこだわりとか。本人がその問題にコミットしているからこそ、わかるおもしろさがあると思います。ほかにも自分が怒っていることや、ワーッと言いたいことをテーマに持ってくると、結果的に強みが出るんじゃないかなと。

朱野 そして、三宅さんが書籍『いま批評は存在できるのか』の登壇後記で書かれていた言葉がとてもよかったので、ぜひみなさんにもお伝えしたいと思って。三宅さんは、好きな批評家の文章について「たとえ正しくなくとも、文章が、語りが、文体が、おもしろいのだ」と、書かれているんです。そのとおりで、「強みを探す」というのは、なんでもいいから、すでにいる作家よりも自分がおもしろく書けるものを見つけることではないかと思うんです。
——ありがとうございます。たとえばですが、魔法学校ものを書きたいと思ったとき、ハリー・ポッターを生み出したJ.K.ローリングよりもおもしろいものが書けるのか?という視点は、すごく重要だと思うんです。同じ魔法学校という設定でも、じゃあ和風にしたらどうか、とか。つまり、“いまいる作家を超えるおもしろさをどう出すか”という視点を持つことが、本当に大事なんですよね。
朱野 そうですね。私がデビューしたときも、女性で総合職として働くひとがまだ少ない時代でした。しかもその経験を経て、小説家になったひとは本当にレアキャラです(笑)。だからこそ、編集者の方も「このひとなら、お仕事ものが書ける」と思ってくださったのだと思います。
——『わたし、定時で帰ります。』や『対岸の家事』は、タイムリーなテーマでしたが、どのようにテーマをキャッチアップしていますか? 朱野さんは文学フリマで同人誌を出されたり、noteを書かれたりと、世間がいま読みたいものへの瞬発力がすごいと思っているのですが。
朱野 キャッチアップしているというよりも、生きているだけで自分が社会問題に巻き込まれてしまうんですよ。就活しようとしたら氷河期に巻き込まれ、転職しようとしたらリーマンショックに巻き込まれ、子育てしようとしたら保育園がいっぱいで……と。ただの市井の人としての感覚が、創作に結びついているのかなと。
実は、今年ドラマ化された『対岸の家事』は、2018年に刊行した作品です。当時から「保育園が見つからない」「ワーママは大変」というテーマがありましたが、それは2025年になっても解決していません。社会はそんなにすぐには変わらないんです。そういう意味では「世の中のトレンドをキャッチアップする」ことは、あまり気にしすぎなくてもいいのかなと思います。

文芸評論家の三宅香帆さん
“愚かさ”を大事にすると愛されるキャラクターが生まれる
——技術的なお話もうかがいたいと思います。キャラクターはどのようにつくられていますか?
朱野 エンターテインメントはキャラクターが命なので、「キャラクター設定表」をつくっています。『荒木飛呂彦の漫画術』(著:荒木飛呂彦)のなかに、キャラクター造型のための「身上調査書」が出てくるのですが、それをコピーして書き込んでいますね。

設定表のフォーマットは『荒木飛呂彦の漫画術』(著:荒木飛呂彦)の 「身上調査書」をもとに作成
——これ、朱野さんがXなどでも公開している、『わたし、定時で帰ります。』に登場する種田晃太郎のキャラクター設定表ですよね?「お宝すぎる!」と思って、拝見していました。
朱野 おっしゃる通り、種田のキャラクター表です。表のなかに「恐怖」という欄がありますが、この恐怖の設定は結構大事だと感じています。「恐怖を避けるために行動する」というキャラクターの行動原理を決めておくと、そのあとの展開でもキャラが自然に動くようになるんです。
やはり人間は、恐怖を感じたときに愚かな行動を取ってしまうんですよね。種田の場合は、「仕事ができないと言われること」が恐怖なんです。だから、必要以上に仕事をやりすぎてしまう。
エンターテインメントは、人の善性を書くのも大事ですが、キャラクターで一番愛されるのは「愚かな部分」です。たとえばハリー・ポッターのロンのような、どこか頼りなかったり、失敗しやすかったりするキャラクターは、かえって愛されますよね。このようなキャラクターのちょっとダメな部分(愚かさ)を丁寧に描くことで、読者との距離が縮まり、共感や愛着を持ってもらえるようになります。
——『わたし、定時で帰ります。』の場合、主人公の結衣や種田の「愚かさ」は、それぞれ違いますよね?キャラクターごとに違う愚かさをどうやって描き分けているのか、気になります。
朱野 登場人物それぞれに“内臓を切り分ける”ような感覚で、自分のなかの愚かさを少しずつ分け与えていく感じですね。ひとりの人間にも、いろいろな種類の愚かさがあると思うので。自分から愚かさを切り出すと、他人に遠慮なく思う存分、キャラクターの愚かさを描けるようになるので、おすすめです。
——なんと、朱野さんご自身から愚かさを切り出していたんですね!ちなみに、このキャラクター表は主要キャラクターのみ、つくるのですか?
朱野 長編を書くとき、メインキャラと敵キャラあたりは、つくることが多いですね。ただし、それは単にキャラクター設定を固めるためではありません。むしろ、そのキャラの人生について深く向き合うために、個人面談をしているような感覚でつくっているんです。
——おもしろいですね。キャラクターをつくったあとは、なにをするのでしょう?
朱野 『ベストセラー小説の書き方』(著:ディーン・R.クーンツ)という、多くの商業小説家が読んでいる本に書かれている古典的プロットのパターンをベースに、物語の構成を「危機が起こる」「あがく」「さらに悪くなる」「解決する」の4段階に分けて、考えています。
私の場合は連作短編を依頼されることが多いので、1話のなかにこの4つの山をつくっているんです。全5話の場合を例に挙げます。

『ベストセラー小説の書き方』(著:ディーン・R.クーンツ)に書かれていた古典的プロットのパターンを参考に「危機」「あがく」「さらに悪くなる」「解決」の4段階でつくっている
第1話では、まず登場人物を紹介します。その紹介が「なぜかおもしろい」と感じてもらえるよう、工夫を凝らします。第2話では、登場人物同士の関係性を描きながら、キャラクターを好きになってもらえるようにします。そして、第3話でそれを全部破壊する。せっかく関係性ができあがっていたのに、一気に崩れてしまう展開です。第4話で登場人物たちがどうにか状況を打開しようとあがき、第5話でなんとか乗り越えられる。というように、全体の流れを枠にあてはめながら、組み立てていきます。ただし、後半に進むにつれて、おもしろさを加速させることが大事です。
——だんだんおもしろくしていくというのは、どういうことでしょうか?
朱野 読者は読み進めるほど疲れていくので、それを上回る展開が求められるんです。たとえば、ボスを倒したつもりが、最後にもっと強いラスボスがもう一人出てくる、とか。1話よりも2話、2話よりも3話と、「前の話よりも絶対におもしろくするぞ!」と気合いを入れて書かないと、読者が離れていきます。
——おもしろくしていく作業はとても難しいのでは、と思いますが、どのようなことをされているのでしょう?
朱野 小説をおもしろくしていくには、プロットを詰めていくことが必要です。私の場合は、1枚の紙を4つに折り、そこに「危機が起こる」「あがく」「さらに悪くなる」「解決する」の4つのエピソードをざっくり入れ、要素を継ぎ足していきます。
危機が起きたときは、「誰がどこにいるのか」「何をしているのか」を考えなければならないので、各登場人物の動きも付箋に書いて貼っていくんです。さらに、編集者に「この話でいきます」ということを伝える必要があるため、付箋で書いたことをプロットにまとめます。

——本編を書きはじめる前に、全話分の構成を決めてから書きますか?
朱野 はい。連載の場合は1話を書いたらもう戻れないですから。たとえば、小説内に仕事のプロジェクトが登場する場合、1話の段階でそのプロジェクトの予算も決まっていなければなりません。
ただ、これには賛否両論あって。プロットをつくり込むと、何回も同じ話を書くことになるから、つまらなくなって本編を書く気が起きなくなる人もいるんですよ。でも、私の場合は、プロットをガチガチにつくっておいて、あとは書くだけの作業にしたほうが、小説を書きながら遊び心が生まれるんです。
たぶんそれは私が真面目人間で、最初からふざけられない性格であることと関係しているかと。なので私みたいな人は、プロットで真面目に書き尽くしてから執筆に入ると、結構ふざけたこともとり入れながら、小説を書き進められるのではないか、と思います。
質疑応答
——ここからは、視聴者のみなさんから寄せられた質問にお答えいただきます。
質問1.朱野さんは、「お仕事作家」ではなく「労働作家」と呼ばれたいとおっしゃっていると思いますが、作家としての姿勢や書き方において、この2つにはどのような違いがあるのでしょうか。
朱野 自分のことを「労働作家」だと思ったほうが、あらゆる仕事を貫く共通のテーマを探しやすい、と感じています。お仕事ものは、題材となった職業の方が一番喜んで読んでくれるものです。それは素敵なことですが、読者が限られてしまう側面もあります。
それよりも、その職業特有のテーマではなく、さまざまな職業の方が「あるある」と思ってくれることを意識して書きたい。そうした「すべての労働に共通するテーマ」を掘り下げたいという想いから、「労働作家」と呼んでほしいと思っています。
質問2.世の中の「おもしろい」と自分の「おもしろい」をどのように擦り合わせていますか?
朱野 あまりそこの感覚は、世間と合わせなくてもいいのかなと思います。両方見つつも、最終的には自分の「おもしろい」という感覚は大切にすべきかと。
三宅 世の中で流行っているものが自分の好みと違うこともありますよね。「おもしろい」という自分の感覚は忘れずに、作品をつくる上では、編集者や読者、売り場が求めるものを意識するということですかね。
質問3.具体的な執筆のスタイルを教えてください。1日に何文字、何ページ書くなど、決めていることはありますか?もしくは、筆が進むときに書き上げるスタイルですか?
朱野 難しいですね。小説家って具体的な「工数」を出すのが大変なんです。というのは、小説のテーマによって工数が全然違って、しかも、それが事前にわかりにくいからです。三谷幸喜さんもエッセイのなかで、「登場人物が増えるほど大変になる」と書かれていて、まさにその通りだなと。ですので、この質問に答えるとすると、あまり決まったスタイルはなく、とにかく「締切に合わせて工数を設定すること」に尽きるのかなと思いました。
質問4.最後の質問です。書いている最中、「これは本当におもしろいのだろうか?」と不安になったとき、どのようにモチベーションを回復させますか?
朱野 モチベーションは回復しないですね。おもしろくなくても最後までやる、というのが大事だと思います。不思議なことに、書いているときは「おもしろくないな」と思っていたところが、書き終わってみると一番おもしろかったりするんですよ。
逆に、「すごくおもしろい」と思いながら書いたところは、読者からするとつまらなかったりして。なので、おもしろくないと感じても、最後までがんばって書き切るしかないと思います。
あとはモチベーションが下がったときは、よく宮﨑駿監督のドキュメンタリーを観ます。「宮﨑駿監督でも面倒くさいって言いながら描いているんだからしょうがない」と思うようにしていますね(笑)
三宅 いいですね。確かに私も、やる気がなくなったときに宮﨑駿監督の本を読みます。読んでいくうちに、やる気が出てきますよね。みなさんにもおすすめです。
——本日はありがとうございました。

▼イベント登壇者のお二人が、振り返り記事を書いてくださいました。イベントをより深く理解していただけるような内容になっていますので、ぜひご覧ください。
▼イベントのくわしい内容が気になる方は、動画のアーカイブをご覧ください。
登壇者プロフィール
文芸評論家
三宅香帆さん

京都市立芸術大学非常勤講師。1994年高知県生まれ。京都大学人間・環境学研究科博士後期課程中退。リクルート社を経て独立。主に文芸評論、社会批評などの分野で幅広く活動。著書『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』『「好き」を言語化する技術』等多数。
小説家
朱野帰子さん

1979年生まれ。2009年『マタタビ潔子の猫魂』(MF文庫ダ・ヴィンチ)で第4回ダ・ヴィンチ文学賞を受賞しデビュー。既刊に、『わたし、定時で帰ります。』(新潮社)、『駅物語』(講談社文庫)など多数。2025年4月には『対岸の家事』(講談社文庫)がTBSでドラマ化され多くの共感を呼んでいる。
創作大賞2025について
あらゆるジャンルの作品を対象にした、日本最大級の創作コンテストです。部門は全12部門、2025年は38メディアが審査に加わり、各メディアでの書籍化、連載化、映像化などを目指します。2025年7月22日(火)まで、noteもしくはTalesでエントリーが可能です。くわしくは、下記のスケジュールや特設サイトをご覧ください。
創作大賞のスケジュール

応募受付期間: 4月22日(火)11:00 〜 7月22日(火)23:59
読者応援期間: 4月22日(火)11:00 〜 7月31日(木)23:59
中間発表: 9月中旬
最終結果発表 & 授賞式: 10月下旬
text by 渡邊敏恵
