物語は感情と感情のせめぎあい
6月15日(日)にnote株式会社が主催するイベントに登壇してきました。会場においでくださった皆様、オンラインで観てくださった皆様、ありがとうございました! いただいた差し入れもほんとにありがとう。
アーカイブがここから観られますのでぜひ。アマチュアのうちは、そして新人のうちは、いろんな作家さんの仕事のやり方を観ておくといいですよ。そのなかから自分のスタイルを見つけていくのがいいと思います。
聞き手になってくださったのは文芸評論家の三宅香帆さん。さまざまな賞を受賞した『なぜ働いていると読めなくなるのか』の著者である。『「好き」を言語化する技術』など、書く技術についての本も出されている。前説で会場を盛り上げくれ、適切なタイミングで質問を入れてくれ、タイムキーパーまでこなしてくれて、おかげで登壇に慣れていない私でもなんとか最後まで話し切ることができました。聞き手がスーパーすぎる。感謝感謝です。
イベントをふりかえったnoteも書いてくださいました。途中まで無料で読めますが、有料部分もおもしろいのでぜひ。
(三宅さんの有料マガジンの購読者になるのもおすすめです。創作のヒントになる記事がコーヒーを一杯飲むくらいの課金でたくさん読めるよ〜)
イベントの様子はnoteさんが記事にしてくださいました。
イベント後にnoteのみなさんと乾杯もさせていただき、noteのオフィスの空気も吸ってきました。この記事のサムネイル写真はそのときのものです。
当日に答えきれなかった質問も多いので、とくに多かった質問については、ここで回答させていただければと思います。居酒屋で聞いてるくらいの感覚で読んでいただければさいわいです。
創作活動の原点は?
私は競争社会でサバイブできる子になれという父の願い通りの育ち方をしたのではないかと思います。女の子の細やかな感性を発揮する物語が苦手だった私にとって競争社会はシンプルで快適な居場所でした。
小学生のころは朝ご飯を食べながら朝日新聞をひらいて、投書論の肩書き論争を読んでいました。定年退職したのだから投書するときの肩書きは「無職」でいいという派と、どうしても「元役員」と書きたい派と。老いても人とは負けたくないものなんだなと考えながらトーストを食べていました。競争というゲームにはのらないというポーズをしている人もまた、負けたくないからそうしているのだということをその投書欄から学びました。
文章を褒められることが多かったので、早稲田大学第一文学部文芸コースに入ったものの気づいたのは「書くことがない」ということでした。出版業界の収入格差についての解説を講義で受けたこともあり、トップに君臨しない限り低年収になってしまう作家より、そこまでしなくても高年収が得られる編集者になった方がいいのでは、と思っていたら、就職氷河期にぶつかりました。
創作活動の原点があるとしたらそこかもしれません。
新卒採用を(社会を根底から破壊してしまう規模で)しないことによって、大人たちは終身雇用制にしがみつきました。なのにこれは真の競争だと言い張った。そこで私はまた戻ってきたのです。たとえどんなに愚かなことをしても人とは負けたくないものなのだということに。
それと生活のために書いています。お金が欲しいというのもりっぱな創作の動機です。
小説のテーマはどう決めますか
誤解されがちなのですが、社会的に意義があるから、という理由でテーマは選んでないです。そこに物語が生まれるかどうかです。
SNSで違う意見の人に「モヤモヤした」といってる人がいますよね。私の場合テーマはそこに埋まっています。つまり人の感情を動かすものはなにかということです。物語を作るのは感情だからです。
たとえば『対岸の家事』では専業主婦とワーママが屋上でむかいあっているシーンです。相反する感情がそこにはあります。専業主婦に育てられた自分とワーママとして生きる自分がせめぎあっている。
だったらこの三宅さんの記事にあるように、その両者を疲れきるまでせめぎあわせようと思いたちます。そこにはまだ書かれていない感情があるはずなので。読者が読みたいのはそれです。テーマそのものではないです。
情報収集はどうしていますか
ビジネス書を読みます。技術同人誌も読みます。経済労働学の論文も読みます。働いている人たちのSNSも定点観測しています。
難しいのは経験情報です。たとえば管理職は今からやろうとしてもできないので、地域活動や学校活動の長を引き受けてマネジメントの経験もしてみたりします。「経験してないことでも想像して書けるのが小説家」だって小説家はよく言いますよね。でもそれって経験がない人たちのポジショントークではないでしょうか?
ここからは余談ですが、取材で「私は経験ないけど子育てしてる人の気持ちは想像できます!」って言われることがあります。でも話してみるとずれているので「違いますよ」と訂正すると「私の想像からずれているあなたの方が間違っている」みたいなことを言われます。えー???
「他者に対して想像力がない」と責められがちな時代だからか、その努力を過信してしまうんでしょうね。小説家も「想像力が武器」って言われるから「その能力が俺にはあるんだぞ!」と言いたいのかも。
あと想像って、主観によって容易にねじまげられてしまうものでもあります。私はそこまで自分を信用してないので、できるかぎり経験はしてみるようにしています。
どうしてそんなタイムリーに社会問題を描けるの?
平凡な人間として全力で生きていると、社会問題のほうからタイムリーに巻きこみにやってきます。巻き込まれたいわけではないんだけど……。
社会を知るために数年だけ就職してみるのもいいかもですが、「見えた!」と持ちかえった問題が、大多数の会社員からしたら「ああ、入社したばかりのやつがよくいうやつ」ってなってしまう可能性も高い。会社員を定年までやる覚悟で、資本主義で生き残るために、本気でコミットしている人たちのほうが社会を見ていると思います。
なんでもいいのでとにかく本気でコミットし続けることが大事ではないでしょうか。
業界人と飲むとか、アクティビストでかたまるとか、ゆるふわに仕事をするとか、そういうのは社会問題をキャッチするところから遠いです。
エンタメ小説を書こうとしていますが、どこに力を入れれば良いですか?
ページをめくらせることに力を入れるべきだと思います。
講談社の名前は「講談」からきていますが、小屋に入って聞いてもらえる落語と違って、講談は道を歩いている人の足を止めさせられなければだめだと聞いたことがあります。エンタメもそれと同じです。ページを開いた瞬間とんでもなく面白くてページをめくればめぐるほど面白くなっていく。最後まで読ませることができないならエンタメではないです。
書き上げた後に、読み直して書き直したりするか
何回も、何十回も、読み直すし、書き直します。
書いた記憶をいったん失って、読者モニターとなって原稿を読んで「本当に面白いか?」を検証します。また余計なところをばっさり削ることもあります。『わたし、定時で帰ります。』は原稿用紙100枚書いてから75枚くらいまで圧縮しています。そうして生まれるのがテンポというやつです。脱稿できたとしてもこれではとても売れないと思い、全ボツにすることもあります。
本物の編集者さんに見せて「ここがわからなかった」など指摘をされたらやはり直します。一生懸命書いたのに!と心が暴れたり、納得いかないと思ったりすることもありますが「ここで引っかかったってことはなんらかのバグがあるのだろう」とバグを探します。
最後にゲラを読んでノンストップで読めたか、どれくらいのスピードで読めたかをチェックします。詰まってしまうところがあるなら微調整をします。
物語を書くときに大切なもの
強靭な心です。心をとにかく酷使するので。
一日にどれだけ書くか
もっとも速く書けていたのは出産前後です。仕事を失いたくない気持ちから、原稿用紙40枚を2日で書いていました。シッターに1時間1700円払って書いていたときは、70枚を14時間(1日2時間×7日間)で書いたりしていました。その頃書いていた二作品がどちらもドラマ化していますが、その代償は大きく、30代の時点でごっそり白髪になりました。
ただ作品によってものすごくゆっくりとしか書けないものもあります。『対岸の家事』は5年かかりました。でもそうして時間がかかった作品のほうが生命力が強いというか、いつまでも重版される傾向にあると思います。
本一冊にどれくらいかかるか
執筆の工数は物語の設定によって変わってきます。登場人物が多いと工数はそれだけかかります。三谷幸喜は既知の関係より初対面の関係のほうが工数かかると書いていました。オフィス小説でも、一部署だけ考えればいい場合と会社全体を考えないといけない場合があります。後者の方が工数がふくらみます。だから会社がいくつも出てくる池井戸潤はすごいんですよ。
ベストセラーになった小説を「どれだけ工数かかるな?」と意識して読んでみるといいと思います。。締め切り(=納期)に余裕がないときは工数を省ける設定にすることが私もあります。
ちなみに優秀な編集者は工数を読むのが上手いです。
日常にいそうなキャラのつくりかた
いつでも人間を見ています。気になる人物を見かけると研究してしてしまいます。特定の人物というよりはそういうタイプの人物群で見ます。そしてそのことについてずっと語っています。それを聞かされるのが私の友人たちです。みんなうんざりしていると思います。
クソリプしてきた人のタイムラインも見に行きます。プロフィールを見て、タイムラインも半年とか数年遡ってどんな人なのかを見ます。私の何がその人にそのような反応をさせたのかを探ります。そのうちだんだん愛しくなってきます。「会社行きたくないな」とつぶやいていると「そっか」と思うし、「おなかがいたい」とつぶやいていると「大丈夫?」と思います。
気持ち悪いやつだってことに気づかれたのか、さいきんクソリプをされなくなりました。
登場人物の名前をどう考えるか
小説って絵がないので、名前にイメージをつけるしかないんです。
うろ覚えで恐縮ですが、山崎豊子さんのエッセイのどれかに『白い巨塔』の財前にはお金にこだわりそうなイメージの漢字を使っていると書いてありました。Zなど濁点が入っていると強そうだし悪そうなんですよね。財前には2つもZが入ってるのでつよつよわるわるです。そういえば『半沢直樹』にもZが入っている。アンチヒーロー感があります。
平凡な苗字だと忘れられてしまうし、珍しすぎると読み方を忘れられてしまうし(ルビは一回しかつかない)ので、難しい。
そう、読者ってすぐ忘れちゃうんです。苗字は覚えてても名前は忘れちゃうとかよくあります。だからたまに主人公に「どういうことだ、石黒良久」などとフルネームで呼ぶシーンを作って、思い出してもらったりしています。石黒にもGが入ってますね。
ちなみに私のペンネームにはRが入っています。Rが入っている名前は印象に残りやすいらしいと聞いてそうしました
経験したことのない仕事を取材するときの心がけ
取材された人が「時間の無駄だったな」と思わないようにすることが大事だと思います。仕事について最低限のことを調べ、それをもとに作ったプロットを見せて「こういう展開にしたいのですが現実にありえますか?」と聞くのが一番いいのではないでしょうか? 取材者の目的が見えないまま、場当たり的な質問に答えるのはストレスが大きいです。
西村京太郎さんと対談したときには「死体をどこに隠したらいいと思いますか、と車掌さんに聞いてしまう」とおっしゃっていました。聞かれた車掌さんは楽しかっただろうなと思います。
地の文をわかりやすくするには?/豊かにするには?
私もいろいろやってみたのですが、他人の言葉から借りてきても意味はないという結論に達しました。自分の言葉として獲得したものをああでもないこうでもないとはめているうちに、その人らしさが出るのだと思います。
さっきも書いたけれど、書き上がった原稿を20パーセントくらい削ってみることもおすすめします。わかりやすくせざるを得なくなります。
わた定のスピンオフふうにちょっとやってみましょうか。喧嘩が起きそうな空気を出したいだけのシーンです。
「あのさ、これは怒ってるわけじゃないんだけど」と晃太郎が不満げに言った。
「すでに怒ってる感じするけど」と結衣は晃太郎を見る。
「Amazon頼んだときは、きたらすぐに段ボールからだして、その段ボールをすぐ片付けてほしいんだけど」
不機嫌な声で言う晃太郎をちらりと見て、結衣は言った。
「すぐやってるけど」
「すぐ?」晃太郎の眉間に皺が寄る。「一週間たってからやるのをすぐとは言わないだろ」
結衣は大きくため息をついてから立ち上がる。
「今からやるからもううるさく言わないで」
でも、晃太郎の言うとおりに動くのはしゃくだとも思う。
どうです? まどろっこしくないですか?
「〜と言った」などの地の文が多すぎます。「眉間に皺が寄る」などの演出も過多です。地の文を読んでいるあいだに前のセリフを忘れそう。
ここから20パーセントくらい削っていきましょう。まず地の文を減らします。地の文がなくても、晃太郎が不機嫌であることや、結衣がため息をつきたい気持ちであることを、セリフの中にこめていきましょう。
「怒ってるわけじゃないんだけど」
すでに声が怒ってるじゃんと思いながら「何」と晃太郎を見た。
「Amazonが届いてすぐ段ボールを片付けないのはなんで?」
「すぐやってますけど」
「一週間たってからやるのが、すぐ?」
「……はい、やるって」結衣はわざとゆっくり立ち上がる。
どうでしょう?
舞台となる会社/職場の事業内容や雰囲気を伝えるには?
いい質問ですね。そこ、もっとも大事です。
そういえば、スティーブン・キングの「書くということ」に、J・K・ローリングは情報の出し方がうまいと書いてありました。たしかに未知の世界に案内しつつ、あれだけの数の登場人物を渋滞させることなく紹介してのけるのはすごい。学校のカリキュラムについてはハーマオイニーが、魔法界についてはロンが、実はいろいろ解説してくれているんですよね。
昭和の企業小説には必ず「情報通の俺」キャラが出てきます。主人公との間に情報差をつくることで「知らないのか」という説明シーンが作れるからです。ただし説明シーンだと気づかれてしまうと興がさめてしまうので、「情報通の俺」を強烈なキャラクターにするなどして読者の気をそらし、「ムカつくけどおもしろいやつだ」と思っている間に説明シーンが終わってた、となるようにしましょう。
ちなみに「情報通の俺」役がうまい俳優さんとして『金融腐食列島 呪縛』の椎名桔平、『半沢直樹』の及川光博、『ミセン』のピョン・ヨハンがいます。『対岸の家事』でも中谷達也というキャラクターが、現代社会において専業主婦がどう見られているかを説明する役を負っていて、ディーン・フジオカさんが演じてくださいました。
司馬遼太郎のように物語の途中で著者が登場して解説をはじめてしまうパターンもあります。初期の『スラムダンク』もそうでした。『鬼滅の刃』では単行本のおまけページに本編に入りきらなかったキャラの設定をずらずら書いてて「こんなことが許されるのか!」と思いました。
難しいのは、主人公がすでに管理職で、すでに情報通である場合です。こういうパターンがうまいのは池井戸潤です。主人公にひたすら会社への悪態をつかせることで「あーそういう会社」と読者にわからせていくという。
企業小説や企業ドラマをみるたびに「説明役はだれか」をチェックしてみるといいと思います。
嫌な人物でも断罪しないで書くには
私の小説に出てくる人物はだいたい私の分身なので、そもそも嫌なやつだと思っていないし、だから断罪もできないのです。『対岸の家事』の中谷達也というキャラクターもドラマ放送中はずっと「嫌なやつだ」と言われていましたが、私からしたら「不器用だけどいいやつじゃないかー!」でした。
社会問題を物語に取り入れるとき気をつけること
私以上にこの問題を考えたやつはいないとなるまで考えることです。そうじゃないのにすぐ「社会に問う」をやりがちな人をあまり信用してないです。
本当に面白いのかと不安になったときのモチベーションの回復方法
イベントでちゃんと回答できなかったので、もう一回考えてみたのですが……。やはりモチベーションがなくても書くしかないですよね。書きかけの面白い小説より、書き終わった面白くない小説の方が編集者は喜びます。とにかく手を動かすしかない。よいキーボードを買いましょう!よいキーボードは目の前にあるだけで打ちたくなります。
持っていきたい方向へつなげるエピソードが浮かばないときどうするか
ここまで書いたものをストーリーの鉄板の型にはめてみてください。たぶんなにかが足りないはずです。大塚英志さんの『ストーリーメーカー 創作のための物語論』を読んでみるのもおすすめです。
書きたいことと業界のトレンドとのバランスを考えていますか?
トレンドってトレンドになった瞬間にもう古いです。かといってトレンドの先を行きすぎても理解されない。そもそも思い通りのタイミングで刊行できるとも限らない。私は書くのが遅いですし……。
あと刊行されてすぐ読んでもらえるわけではないんですよ。単行本刊行から三年たって文庫になることが多いですが、そこではじめて出会う読者もいます。ブックオフに流れていってそこで出会う読者もいます。
なので、プロットを詰めて詰めて、トレンドに左右されない、普遍的な人間の感情を見つけにいっているのだと思います。
