「過飽和社会2 燃やされた御殿」(7)これは現代におけるピカレスクロマンであり、ハードボイルド小説である。
第7話 炎上装置
夜の部屋、明かりをつけず、モニターの光だけが壁を照らしている。
俺は、沈黙の中で映像編集を続けていた。
冒頭に挿入する文字。
どこかの企業CMのように、簡潔で説明的に。
「この映像は、あるスマホから自動投稿されたものです。
所有者不明、音声・映像の加工なし。
編集・加工・証言者なし。」
誰が投稿したか。誰が見たか。
それは一切語られない。
ただ、スマホだけが語る。
この世界における、最も冷静な目撃者。
◆
映像の本編は、時系列を崩した。
笑顔の制服姿 → 自転車で走る姿 → アルミ缶を蹴る →
火の手 → 笑い声 → 御殿が燃え上がる
そしてラストカット。
画面は静止し、ただ黒い背景に白文字だけが浮かぶ。
「火は、記憶を消さない。
記録は、燃えない。」
ナレーションはない。
BGMもつけない。
音はすべて、現場音だけ。
風の音、炎の音、笑い声、破裂音、沈黙。
それだけで、十分だった。
◆
映像の圧縮とエンコードを終えたあと、投稿の下準備を始める。
YouTube用のアカウントは、名前も写真もない完全な捨てアカウント。
ログインに使う端末はそのスマホ。
Wi-Fiは近所のフリースポット。
動画投稿後は、アカウントを削除する設定にする。
SNSでも同様。
TikTok、X(旧Twitter)、Instagram――
投稿予約ツールを使い、指定した時刻に一斉投稿されるよう組んでおく。
動画へのリンク、同じタイトル、《ブルーシートの王》。
同じ文面。
「ある日、燃えた。
それだけの話。
でも、忘れるには、早すぎた。」
IPも端末IDも、すべて分散させる。
俺が誰なのか、絶対にわからないようにする。
そして最後に、もっとも重要な細工。
投稿主が“おじさん自身”であるように見せかけるトリック。
スマホの端末情報を動画の中にさりげなく挿入。
機種名、撮影日時、機能ログ――
「あのスマホからしかありえない」ように細工する。
スマホが、自らの最後を“見せた”という形にする。
つまり、これは――
遺言だ。
◆
投稿予約の日時をセットする。
月曜、午前5時45分。
誰もが仕事に向かう前、スマホを手に取り、最初に見る時間帯。
朝の沈黙のなか、最初にこの炎が放たれる。
画面に表示される「投稿予約完了」の文字。
俺は、ようやく手を離した。
マウスを置き、手袋を外し、深く息を吐いた。
もう、あとは俺じゃない。
この記録が、自分で走る。
自分で燃える。
俺はただ、最初の観察者だった。
最初の目撃者であり、誰よりも黙っていた一人だ。
これでいい。
この街が何も語らなくても、
このスマホが、すべてを語る。
