「過飽和社会2 燃やされた御殿」(8)これは現代におけるピカレスクロマンであり、ハードボイルド小説である。
第8話 投稿
月曜、午前5時45分。
投稿予約した時刻が、部屋の壁掛け時計とぴたりと重なった。
俺はディスプレイの前でじっと見ていた。
投稿ボタンはすでに押されている。
この瞬間、何もしていない俺の代わりに、スマホが語ってくれる。
法は満たしている。
記録は渡した。
でも、語らせるのは、俺の手元に残されたこのスマホだ。
◆
Xのトレンドに、動画タイトルが上がるまで、12分かかった。
《ブルーシートの王》
#河川敷炎上事件
#スマホが告発した夜
#記録は燃えない
SNS上の反応は、最初は懐疑的だった。
「また作りもんだろこれ」
「ホラ系かフェイク動画?」
「でも、これスマホの端末情報ついてるぞ……」
動画には、意図的に端末情報を組み込んでおいた。
製造番号、機種名、撮影ログ。
どこから見ても「このスマホから投稿された」ように見えるように。
俺は語らない。
俺という存在は、投稿者として存在しない。
スマホが語ったことにする。
スマホが、自らを焼いた世界を、最期に語った。
その設定に、視聴者のほうが勝手に引き込まれていく。
「これ……本人が死ぬ直前に録ったのか?」
「怖い。いや、ほんとにこういうことあるんだな」
「笑ってる高校生が、いちばん怖い」
コメントは加速する。
フォロワーの少ないアカウントから始まった投稿が、
誰かのリポストを起点に一気に拡散された。
「これ、ガチじゃね……」
「制服、モザイクかかってねぇ……」
「場所、ここだよな?俺、見たことある」
「これ、どうせすぐ消される。保存しとけ」
保存される。拡散される。
コピーされる。共有される。
記録が、火のように伝染する。
炎は、再び燃え始めていた。
◆
俺は部屋の隅でスマホを見つめていた。
静かだ。
投稿後は、何の通知も来ないように設定してある。
コメントも、いいねも、再生数も、すべてシャットアウト。
このスマホにとっては、
これが最後の「言葉」だった。
それでいい。
再生された回数がどれだけあろうと、
コメントがどれだけ増えようと、
俺はなにひとつ、応答しない。
これは、あの人の――
ブルーシート御殿でラーメンをくれたおじさんの、
「ありがとね」に返す、たったひとつの方法だった。
記録は、燃えない。
燃やされたくなかった。
だから俺は、
「燃える前に、記録を放った」。
