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「過飽和社会2 燃やされた御殿」(8)これは現代におけるピカレスクロマンであり、ハードボイルド小説である。

第8話 投稿

月曜、午前5時45分。
投稿予約した時刻が、部屋の壁掛け時計とぴたりと重なった。

俺はディスプレイの前でじっと見ていた。
投稿ボタンはすでに押されている。
この瞬間、何もしていない俺の代わりに、スマホが語ってくれる。

法は満たしている。
記録は渡した。
でも、語らせるのは、俺の手元に残されたこのスマホだ。

Xのトレンドに、動画タイトルが上がるまで、12分かかった。

《ブルーシートの王》
#河川敷炎上事件
#スマホが告発した夜
#記録は燃えない

SNS上の反応は、最初は懐疑的だった。

「また作りもんだろこれ」
「ホラ系かフェイク動画?」
「でも、これスマホの端末情報ついてるぞ……」

動画には、意図的に端末情報を組み込んでおいた。
製造番号、機種名、撮影ログ。
どこから見ても「このスマホから投稿された」ように見えるように。

俺は語らない。
俺という存在は、投稿者として存在しない。

スマホが語ったことにする。
スマホが、自らを焼いた世界を、最期に語った。
その設定に、視聴者のほうが勝手に引き込まれていく。

「これ……本人が死ぬ直前に録ったのか?」
「怖い。いや、ほんとにこういうことあるんだな」
「笑ってる高校生が、いちばん怖い」

コメントは加速する。
フォロワーの少ないアカウントから始まった投稿が、
誰かのリポストを起点に一気に拡散された。

「これ、ガチじゃね……」
「制服、モザイクかかってねぇ……」
「場所、ここだよな?俺、見たことある」
「これ、どうせすぐ消される。保存しとけ」

保存される。拡散される。
コピーされる。共有される。
記録が、火のように伝染する。

炎は、再び燃え始めていた。

俺は部屋の隅でスマホを見つめていた。
静かだ。
投稿後は、何の通知も来ないように設定してある。
コメントも、いいねも、再生数も、すべてシャットアウト。

このスマホにとっては、
これが最後の「言葉」だった。

それでいい。

再生された回数がどれだけあろうと、
コメントがどれだけ増えようと、
俺はなにひとつ、応答しない。

これは、あの人の――
ブルーシート御殿でラーメンをくれたおじさんの、
「ありがとね」に返す、たったひとつの方法だった。

記録は、燃えない。
燃やされたくなかった。

だから俺は、
「燃える前に、記録を放った」。

➡第9話 波紋