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新規SaaSエンタープライズ商談、機能ではなく「定着化」で競合に勝て


私は長年、外資系IT企業5社で、ERP、SCM、SaaSの法人営業に携わってきました。

今回書くのは、私が外資系IT企業で長年実践してきた体験ではなく、退職後、元同僚や当時のお客様、現在支援している企業の経営者とあらためて話す中で、

「あのとき、こうしておけばよかった」

と、気づいたことです。

それは、製品の持つValue、機能や価格だけではなく、もっと「定着化」を前面に出して提案していれば、勝てた案件、そして契約後もうまくいった案件があったのでは、という思いと、
なぜ、当時は気づかなかったんだろう、という反省を含めてです。


当時、私たちは常に多くのベンダーと競合していました。

どう勝つか
どう差別化するか
どのようなValueを提示するか
導入によって、顧客の業務がどう変わるのか

顧客の予算や競合の提案を想定しながら、提案書を作り、プレゼンを重ねていました。

もちろん、それは今でも重要です。

しかし、どれほど価値のある提案をしても、導入したSaaSが現場で使われず、組織に浸透せず、他部署にも展開されなければ、

そのValueは

「絵に描いた餅」

でしかありません。

そして、もう一つ重要な事実があります。

当時、私たちのSaaSを契約してくれた顧客の多くも、それ以前に何らかのパッケージソフトやSaaSを利用していました。

ということは、私たちが競合製品から顧客を奪ったのと同じように、自社のSaaSも、使われなければ別の製品に置き換えられてしまう、ということになります。

オンプレミス型のシステムは、初期投資が大きく、簡単にはリプレイスできませんでした。

📌 オンプレミス(On-Premises)

企業がサーバーやシステムを自社内に設置・保有して運用する形態
クラウドやSaaSが普及する以前は、一般的だった。

しかし、SaaSは多くの場合、年単位、あるいは数年単位で契約を見直されます。

期待したほど使われていない
現場に浸透していない
導入効果が見えない

そう判断されれば、契約を更新されず、別のSaaSに乗り換えられます。
では、営業は契約前の段階で、何を提案しておくべきだったのか。

よくよく考えてみれば、新規で獲得したSaaS契約も、翌年更新されるSaaS契約も、年間売上への貢献という点では同じです。

であれば、新規契約の獲得にかける工数や時間と同じだけの労力を、契約後の「定着化」にかけても良いのではないか

なので、いまさらながらではありますが、元同僚や友人、かつてのお客様に話を聞きながら、定着化について考えたことを、この記事にまとめたいと思います。



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提案内容は、20年前と変わっていなかった



先週、お盆で少し時間に余裕があったので、昔の資料を整理していました。
その中から、2000年代初頭に私が使っていた提案資料が出てきました。
20年以上前の提案書です。

懐かしいなと思いながら見ていたのですが、途中で少し驚きました。

今の、SaaS提案書と、驚くほど変わっていなかったからです。

経営課題をどう解決できるのか
業務はどう変わるのか
どんな効果があるのか
どんな機能があるのか
サポート体制はどうなっているのか


もちろん、言葉や見せ方は変わっています。

でも、提案の骨格そのものは、20年以上経った今もそれほど変わっていませんでした。
考えてみれば、不思議な話です。

2000年代初頭にはスマートフォンもなく、社外から会社のシステムにアクセスすることも、今ほど当たり前ではありませんでした。

ZoomやTeamsでのオンライン会議もありません。

この20年で仕事のやり方も営業のスタイルも大きく変わり、システムもオンプレミスからクラウド、そしてSaaSへと変わりました。

ところが、営業提案の中心にあるものは、ほとんど変わっていません。

それは、「Value=価値をどう伝えるか」です。

この製品を入れると何が良くなるのか
どんな課題を解決できるのか
業務がどう変わるのか
どれだけ効率化できるのか
競合より何が優れているのか

営業はValueを提示し、競合との差を説明する。
顧客はそのValueを評価して、ベンダーを選ぶ。
これは、今も昔も基本的に変わっていません。


エンタープライズセールスの基本原則も、20年前からほとんど変わっていない


提案書だけではないな、と思いました。
エンタープライズセールスの基本的な考え方も、それほど変わっていません。
MEDDICのようなフレームワークで考えても、

📌 MEDDIC(メディック)
BtoBの大型・複雑商談で、案件の確度を見極めるための営業フレームワーク
選定指標、決裁者、意思決定基準・プロセス、課題、Championなどを確認する。


誰が意思決定するのか
何を基準に判断するのか
顧客の課題は何か
社内で、自社を推してくれるChampionは、誰なのか

こうしたことは、20年前も今も変わりません。
会社の中の力学も同じです。

営業部門が賛成し、情シスが慎重になり、現場から反対意見が出る。


その中で、誰かが「この製品でいきましょう」と社内を動かさなければ、大型案件は前に進みません。

テクノロジーは変わっても、人や組織の意思決定は、それほど変わっていないのだと思います。

だから今でも、エンタープライズ営業ではChampionを作ることが重要です。

では、そのChampionをどうやってこちらに向かせるのか。
私は、ここが以前と変わってきているのではないかと思います。


📌 Champion(チャンピオン)
顧客企業の中で、自社製品の導入を社内で強く推進してくれ、かつ組織で影響力のある人物、関係者を説得し、商談を前に進める重要な存在


昔はネームバリュー、今はValue、では次は何か


2000年代初頭のIT業界では、ベンダーのネームバリューそのものが大きな安心材料でした

大手ベンダー  
有名で実績がある製品
大企業での導入実績
世界的なマーケットシェア

社内で説明する側にとっても、

「この会社なら大丈夫です」
「他社でも、広く使われています」

と言いやすい。
ある意味、Champion自身のリスクを下げてくれていたのです。

その後、Value Sellingが重視されるようになり、
「有名だから、実績があるから、契約しても安心です。」
ではなく、

「御社に、こういうValueをもたらします」

という提案が当たり前になりました。

そして、今ではほぼすべてのSaaSベンダーが、Valueを語ります。

課題解決
業務効率化
コスト削減
ROI
導入事例

それ自体は正しいです。
私自身も、現役時代ずっとやってきました。

ただ、製品を取り巻く環境は20年前とはまったく違います。

当時を思い出してみれば、ERP、人事給与、財務会計、販売管理、生産管理など、どの会社でもある業務(Must Have)のシステムが中心でした。

一方でCRMやBI、グループウェアなどは、今ほど一般的ではなく、比較的IT投資に積極的な、大企業が導入する「Nice to Have」の領域でした。

📌 Must have
なくては困る、絶対必要なもの
システムでいれば、会計システムや給与システム等

📌 Nice to have
あれば便利でも、なくても代わりがきくもの
システムでいれば、効率化ツール(ワークフローやグループウエア等)

なので、Nice to haveの外資ベンダーは、それほど数が多くなかったです。

今はどうでしょうか

CRM、HRテック、DWH、SFA、BI、MA、AIなど、数えきれないほどのSaaSがありますし、これらを提案する、日系のSaaSスタートアップも数多く起業しています。

これら、一つ一つは便利ですが、その多くはなくてもとりあえず仕事はできます。

つまり、Nice to Have型のSaaSが、20年前とは比較にならないほど増えたんです。

そして、どの会社も同じようにValueを説明する。
機能差も、オンプレミス時代より短期間で縮まる。
SaaSは、常に最新バージョンをすべての顧客が使えますからね

だから私は、これからのSaaS営業には、別の差別化軸が必要だと思っています。

それが、「定着化」です。

機能で差別化するのではなく、

「導入した後、本当に使われ続けるところまで支援できます」

ということ自体をValueにする。




Championが本当に怖いのは、導入後です


前回にも書きましたが、実際にあった話です。

あるお客様で、SaaS製品の採用を推進してくれたのは、DX推進室長でした。

経営課題の解決と海外展開という目的を達成するために、経営層への根回しはもちろん、既存の仕組みを変えたくない現場部門も、粘り強く説得してくれました。

契約直後は、お互いに戦友のような気持ちになり、祝杯を挙げたのを覚えています。

あの瞬間は、間違いなく成功でした。

しかし、プロジェクトが始まってしばらくすると、当初想定していた機能が思うように使えない。
現場の意見を聞いてカスタマイズを重ねると、費用がどんどん膨らんでいく。

そのDX推進室長は、やがて異動になりました。
そして、このSaaS製品はチャーン(解約)になりました。

📌 チャーン(Churn)
顧客がSaaSなどの契約を解約・更新停止すること
一般に「解約」とほぼ同じ意味で使われる。



良い製品を選んだかどうかではありません。
経営層を説得し、現場を説得し、契約までこぎつけたChampionの努力そのものが、報われなかったのです。

大型プロジェクトでは、製品選定は「Champion」や「Coach」自身の社内評価にも関わります。

📌 Coach(コーチ)

顧客企業の中で、営業に社内事情や意思決定の進め方などを教えてくれる協力者
Championほどの影響力や推進力を持たない場合もあるが、営業にとっては、重要なカウンターパートになってくれる人物


言葉を選ばずに言えば、
「サラリーマン生命」
にすら関わることがあります。

営業は、受注すれば成功です。
しかし顧客のChampionは、「発注した瞬間からリスクを背負います。」



だから、「定着化」そのものを提案する


もし私が今、顧客側でSaaSを選ぶとしたら、機能比較だけではベンダーを決めないと思います。

むしろ、こう聞きたい。

「1年後も社員が使い続けるために、何をしてくれますか」
「新しい社員が入ったら、使うために何をしてくれますか」
「管理職が替わっても、使われるようにしてくれますか」
「使っていないユーザーをどう見つけて、使うようにしてくれますか」
「Excelに戻り始めたら、どうしたらいいですか」

導入直後は、比較的うまくいきます。
プロジェクトもトレーニングもあり、
社内にも「新しいシステムを使おう」という空気があります。

問題は、半年後、1年後です。

新しい社員が入る
組織変更がある
担当者が異動する
マネージャーが替わる
別のプロジェクトが始まる

そこで、少しずつ使われ方が崩れていきます。

新任マネージャーが、
「前の会社ではこうしていた」
とExcelを持ち込み、気づけばSaaSを契約しているのに業務はExcelで回っている。

それでも、サブスクリプション費用は変わりません。
だから、定期的に利用状況を見る。
新入社員や新任管理職には、再度トレーニングする。

業務や組織が変われば、運用ルールも変える。
そして小さな成功やROIを社内で共有する。

単なる、
「導入後もカスタマーサクセスがサポートします」
ではありません。

使われなくなる理由を、先回りして潰す仕組み
そのものを提案する必要があります。

競合が、

「当社なら20%業務効率が上がります」
「この機能があります」
「ROIはこれだけです」
「この会社でも導入されています」

と説明している。

その横で、自社だけが、

「御社で、このシステムが1年後も使われ続けるところまで、
一緒に設計します」

と言う。

これは、単なるCSではありません。

Championに対する、リスクヘッジの提案です。


まとめ:機能ではなく「定着化」で勝て


MEDDICでは、Championを見つけることが重要だと言われます。
でも、「Championは誰か」を探すだけでは、勝ちようがないと思うんです。

もっと重要なのは、

「どうやって、その人に自社SaaSを推させるのか」

です。

Nice to Have型のSaaSがこれだけ増えた今、Championが最も困るのは、買った後に使われないことです。

だからこそ、

「使われ続けるところまで、責任を持つ」

という定着化の提案が、Championをこちら側に引き寄せる武器になる。

機能で差別化するな、定着化で勝て!

営業が、本当にChampionの味方になるのであれば、契約を取るところまでではなく、Championが社内で成功するところまで考える必要があります。

その製品が半年後も、1年後も、組織や人が変わっても使われ続ける。
そしてChampionやCoachが、

「この製品を選んでよかった」

と社内で評価される。

私はそれこそが、これからのSaaSエンタープライズ営業における、大きな差別化要因になると思っています。





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